闇を抱えた勇者は世界を救う為に全てを飲み殺す~完結済み~

青篝

深慈の優しさ

今回に限っては、
シイラは何も悪くない。
影の勇者が邪悪な存在だと
世に知らしめた、
先代の影の勇者が悪いのだ。
俺はシイラに顔を上げさせて、
お前が謝るなと首を横に振る。

「お前は悪くないし、
謝る必要もない。
ただ、このままお前を返す理由もない」

出来るだけ優しい声音で、
俺はシイラに言う。
俺の言いたいことが
理解出来なかったのか、
シイラは首を傾げて
俺の言葉の続きを促す。

「このままお前を返せば、
90%の確率でお前は殺される」

回りくどい言い方にならぬよう、
あえて直球でそう言った。
シイラは一瞬動揺を見せたが、
そんなこと分かってると
言わんばかりに唇を噛んだ。
そのシイラに追い討ちを
かけるように俺は続ける。

「大事な任務は果たせず、
部下も全滅して、
お前は武器さえ失っている。
たとえ王の娘であっても、
これだけの失態を犯せば
処刑する理由には十分だ。
それに、こんな重大な任務に
娘を行かせる辺り、
お前の親はお前のことなんて――」

「やめて!それ以上言わないで!」

俺が言い終わる前に、
シイラは言葉を遮った。
耳を手で塞ぎ、
ガタガタと体を震わせる。

「そんなの…分かってる……から…」

ポツリ、と一つの水滴が床に落ちた。
一滴、二滴と続け様に床を濡らし、
シイラの嗚咽が
部屋に聞こえ始めた。
俺は無言で財布という形の
アイテム袋から見事な装飾の箱を出し、
手刀で真っ二つに叩き割る。
中からは、何も出てこなかった。

「明らかに軽過ぎる。
お前が何の抵抗もしなかったから、
まさかなとは思ったが」

シイラは捨てられたのだ。
空っぽの箱を持たせ、
危険な任務を強制した。
魔物使いに操られていた男も
王の差し金だろう。
道中で襲わせて、
部下共々殺させる手筈だったはずだ。
仮にシイラ達が男を倒し、
箱をハンダ連邦国に届けても、
空っぽの箱を渡されれば
戦争の意思表示と受け取られ、
その場でシイラは殺されただろう。
シイラの部下も、
そこまで理解した上で
シイラについて行き、
シイラの手で殺される道を選んだ。

「私は…私、は……」

いまだ泣きじゃくるシイラに
差し出せる布類は俺にはない。
親に見捨てられ、
自らの手をも汚し、
ただ殺されるだけの運命しか
待ち受けていないシイラに、
俺が出来ること――。

「――フッ」

思わず、笑みが零れた。
俺はいつからこんなに
人に優しくなってしまったのか。
今から自分でしようと
思っていることは、
間違いなくシイラの救いになる。
本当に、いつからだろうか。
勇者になった時?違う。
地下牢に入れられた時?違う。
ミシリディアに会った時?違う。
チュニに名前をつけた時?違う。
男を倒した時?違う。
――生まれた時からよ。
と、母の声が聞こえた気がした。
母さん、父さん、愛咲。
俺、この世界でやっていけるかな。
いや、ダメでもやってみるよ。
だから、応援しててくれ。

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