闇を抱えた勇者は世界を救う為に全てを飲み殺す~完結済み~

青篝

憂鬱の朝2

外に出ると、春らしい
温風が優しく頬を撫でる。
スズメのチュンチュンと鳴く声も
絶え間なく聞こえ、
正しく微笑ましい朝だ。
朝日が登って間もなくだが、
周辺に学生の姿は見当たらない。
正確な時間を知ろうにも、
時計も携帯も持たない俺に
時間を知る術はない。
まぁ、そんなことは
今の俺にはどうでもいいことだ。
とりあえずコンビニで
今日の昼飯を見繕う。
菓子パン2つにブラックのコーヒー、
なんとなく目に留まった
新商品のカロリーバー。
レジで会計を済ませ、
コンビニ袋を片手に
いつもの道のりを歩く。
ここから目当ての図書館までは
徒歩でおよそ30分かかる。
自転車を使えば
半分以下の時間で行けそうだが、
自転車さえ俺には面倒くさい。
徐々に明るくなってくる日差しを
長い前髪で防ぎながら、俺は歩き続けた。
スマホを見ながらでもなく、
イヤホンで音楽を聴きながらでもなく、
そうして歩いていると、
勝手に色々な景色が映る。
犬の散歩をするおじいさんや
スマホを見ながら自転車を漕ぐ
金髪のヤンキー、野良猫、
風に揺れる青々しい街路樹、
飛行機雲、用水路を泳ぐ小魚。
毎日のようにここを歩いているが、
この景色を見飽きる気がしない。
いつか終わりが来て、
今日でこの景色を見るのが
最後だったとしても、
俺は後悔なんてしないだろうが、
もし死に際に走馬灯を見れるなら、
俺はこの景色を選びたい。

「…いぬ?」

その俺の見慣れた景色の中に、
少しばかり特殊なものがいた。
やせ細った胴体と四肢、
毛は短く、まるで羽毛のように
ふわふわしていて綺麗だ。
尻尾は長めで、
三角に尖った猫耳と共に
よく記憶に残る特徴がある。
が、それ以上に印象的なのは、
毛の色合いである。
犬猫なら黒や白、茶色が
ほとんどだと思うのだが、
その生き物は緑と黄色が
入り交じった模様をしている。
その特徴でいうなら、
色鮮やかなインコのようだ。
しかし、俺は動物のことはよく知らない。
俺の知らない動物が
世界には腐るほどいるだろうし、
もしかしたら大発見の
新種の生き物かもしれない。
そんでもって、
あれが何に見えるかと
問われれば、俺は犬と答える。
だってフォルムが犬だから。
あと、スフィンクスみたいに
『伏せ』をしていたら、
それはもう犬の芸だろう?

「……飯か?」

すぐ横を通り過ぎることも
俺には容易に出来た。
しかし、俺が近づくと、
スフィンクスの構えから
弱々しく立ち上がり、
俺のレジ袋を見つめられたら、
無視するにも後味が悪い。
あくまでもそれだけだ。
別に犬に同情したとか、
俺にまだ人間味という名の
優しさが残っていたとか、
そういうのではない。
あくまでも無視した後の
後味が悪いだけだ。
俺はレジ袋から
メロンパンを取り出し、
封を開けて半分にちぎる。
2つになったメロンパンの
若干小さい方を袋に戻し、
片方をそっと地面に置いた。
何やら警戒しているようなので、
立ち上がって背を向けると、
後ろから咀嚼音が聞こえた。
俺は少しだけ歩いて振り返る。
そこにはもう、
あの生き物はいなかった。

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