《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。

執筆用bot E-021番 

エピローグ

 ご主人さまは、帰ってきませんでした。


 帝都は歓喜の声につつまれていました。ホウロ王国軍の進撃を止めることに成功したそうです。きっとご主人さまが活躍したのだと思います。あの人が凄い魔術師だってことは、傍で見ていたワッチがイチバンよくわかっています。いえ。それはワッチのおごりかもしれません。ご主人さまのことをイチバン良くわかっているのは、ワッチだと思いたいだけなのかもしれません。


 帝国魔術師部隊も戻って来ました。ですが、ご主人さまは屋敷に戻っては来ませんでした。


 何か用事があるのだろうか。そう思って数日待ってみました。ヤッパリ帰ってくることはありませんでした。大きな屋敷でひとりで過ごすのは、とても寂しいことです。特に夜は悪夢にうなされてしまいます。奴隷として酷使されていた過去は、そう容易くワッチを解放してはくれませんでした。


 生活に不便はありませんでした。ご主人さまがお金を残してくださっていました。毎朝やってくる商人から、食べ物を買うことは出来ました。ワッチはエルフですから、主人の命令でやって来たのだろうと勘違いしてくれるのでしょう。淡々と食べ物を売ってくださいます。


 ですが、外で買った料理は、ご主人さまの料理の足元にもおよびません。ただ生きていくためだけに、カラッポのカラダに食べ物を入れている。そんな感じです。ご主人さまの作ってくれる料理が恋しくなります。


 ご主人さまに、何かあったのではないか……という不安が、ワッチのなかに沸騰してきました。その不安は初日からあったのです。ですが、きっと大丈夫だろうという気持ちのほうが勝っていました。不安のほうが勝ったのは、帝国魔術師が帰ってきてから3日目のことでした。


 帝国魔術師たちは戻ってきた。帝都もお祭り騒ぎ。なのに、この屋敷はヒッソリと静まり返っている。まるで主を失ってしまったかのように。ご主人さまに何かあったのかもしれない。


 意を決してその日、城へ向かうことにしました。ルスブンという女性に聞けば、何かわかるかもしれない。そう思いました。屋敷を出るさいには、エルフの奴隷禁止を約束した皇帝陛下の誓約書を持って行くことにしました。大切なものですから、片時でも手放したくありませんでした。これはエルフたちを救うカギなのです。


 普段、商人から食べ物を買うことはあっても、ひとりで城の近くまで来るのは滅多にないことです。エルフを蔑む周囲の視線が怖くてたまりませんでした。オゾマシイ過去が、ワッチのことを呑み込もうとするかのようです。ですが、ご主人さまの安否を知るために足を進めることにしました。 


 ストリートを進んでいると、大きな石造りの塔が見えてきました。城門棟と言うそうです。


 城門棟の前には、ふたりの騎士が立っていました。ワッチを見下ろすと忌まわしいものを見るような目で見下ろしてきます。恐怖にワッチはブルッとカラダを震わせました。ネロ・テイル帝国魔術師長に会いたい。そう訴えました。騎士の人たちは困惑したような顔を見合わせていました。


「関係者以外に教えるわけにはいかない」
 と、断られてしまいました。


 ワッチはすでに城の関係者になっているような気もするのですが、今の私の置かれた状況を上手く説明できる自信はありませんでした。その日は、すごすごと屋敷に戻ることにしました。


 ワッチの不安が間違いであることを祈りました。もしかするとご主人さまは、先の戦いで死んでしまったのではないか。そのうち奴隷商人がやって来て、ワッチのことをこの屋敷から連れ出してしまうのではないか。ワッチは恐怖にふるえてベッドにもぐりました。


 その翌日、もう一度、城門棟に行くと。見覚えのある白銀の後ろ姿を見つけました。ルスブンという女性でした。


「待ってください」
 と声をかけると、ルスブンさんは振り返ってくれました。


「あの……」
 と、ワッチの素性を説明することにしました。


「あぁ。ネロ師匠の飼っている奴隷か」
 と、ルスブンさんは蔑むように言いました。


 ワッチはご主人さまから奴隷として飼われているという実感はまるでありませんでした。ご主人さまは、私を家族のように扱ってくださいました。ですので、そんな言い方をされたことにすこし傷つきました。そしてルスブンさんが、わざとワッチのことを見下すような物言いをしているのだとわかりました。こういうのを、勘が働いた、と言うのでしょう。


「ご主人さまはどこにいらっしゃるのでしょうか?」


「ネロ師匠ならベッドで寝込んでいる。先の戦いで魔力を使いすぎたのだ」


「ご、御無事なのですか?」


「当たり前だ。あの御方をなんだと思っている。そのうちに目を覚ますはずだ」


 それを聞いたワッチは、安心してその場に崩れ落ちてしまいました。


「ご主人さまに、お会いしたいのですが」


「やめておけ。今はまだ気を失っておられる。お前なんかが行っても迷惑になるだけだ」


 あえてワッチの傷つくような言葉を選んでいるのだとわかりました。それでもルスブンさんの言葉は間違っていなかったので、ワッチは言い返すことが出来ませんでした。ご主人さまはワッチに良くしてくれました。美味しいご飯を作ってくださいましたし、服も買ってくださいました。ですが、ワッチは甘やかされてばかりで、何も返すものがないのです。


「それでもワッチは……」


「ネロ師匠が甘やかしてくれるから、離れられないか。ほかの主人なら、優しく扱ってはくれないものな」


「ワッチは、ご主人さまのことが心配なのです!」


 ご主人さまが優しくしてくれるからという理由だけで、ワッチはご主人さまを好いているわけではありません。
 自分なんかが、あの人を好きになるのは分不相応だという気持ちもあります。それでも、元気なお姿をもう一度、お目にかかりたいと思うのです。


「エルフが1人前に人を好きになるか。あの人を支えてやれるだけのチカラもないくせに。あの人に支えてもらうためには、支えてやれるだけのチカラが必要なのだ。お前にそんなチカラもないくせに」


 つまりこの人は、自分こそがご主人さまにふさわしい女だと言いたいのでしょう。ある意味では私のことを、奴隷ではなく、女として見ているのだと気づきました。


「おいおい。目覚めてすぐに女同士のケンカはよしてくれよ」
 声が割り込みました。


 城門棟の向こう。
 黒髪に黒目。ヒョロリとした姿が、さらに痩せ細ったご主人さまが立っていました。朝日に照らされたご主人さまの姿は酷く儚げでした。ルスブンさんの言葉が、私のなかで響きました。支えられているだけではダメなのだ。いつかワッチもこの人を支えられるだけの魔術師になりたい――という気持ちがこみあげてきたのです。


「もうよろしいのですか。ネロ師匠」
 と、ルスブンさんがあわててご主人さまに駆け寄りました。


「もう回復した。すこし寝過ぎたぐらいだ。心配かけて悪かったな」


 ご主人さまは、ワッチのもとに歩み寄ってきました。
 そして、その手でワッチの頭をナでてくれました。ワッチの頭に向かってくる手が、暴力だけではないと教えてくれた手です。


「ただいま」

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