《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。

執筆用bot E-021番 

5-5ティヌの笑顔

 拝謁の間――。


 以前、解任されたときにも、この場所に連れ出された。風景は同じものだ。床に敷かれた真っ赤なカーペットも。左右に並べられた甲冑。それにミスリル鉱石で造り上げられた、白銀の玉座。


 しかし、変わっていることもある。


 今日はオレの両脇を抱える騎士がいない。そしてオレの隣にはティヌがいる。玉座に腰かけている皇帝からは、威厳が抜け落ちていた。ここ数日でずいぶんとヤツれたようだった。ファルシオンのような長大なヒゲがしなびていたし、目の下にはクマが出来ていた。


「召喚命令をあずかり参上いたしました。元帝国魔術師長のネロ・テイルです。それからこちらが、オレの付き人であるエルフのティヌです」


 ティヌはオレの背中に隠れるようなカッコウであった。


「事情はあらかた知っていると思う。この帝国の領土が、ホウロ王国軍に食い荒らされておる。ヤツらの進撃はすさまじい。砦が3つも陥落した。一直線にこの帝都を目指して侵攻している」


 地の底から響くような声も、すこし芯が細くなったように感じる。


「はい」


「ネロ・テイルを帝国魔術師長に再任させたい。お前が行けば、ホウロ王国軍を止められるか?」


「ええ」
 と、うなずく。


 皇帝陛下の目に光が戻ってきた。
「そうか。ならば――」


「しかし、オレはまだ帝国魔術師長に再任することを決めたわけではありません」


「ならば、なぜこの場に来た。それに、エルフなどを連れて」
 皇帝陛下がティヌを見る目。あきらかに汚物を見るかのような目だった。皇帝にかぎった話ではない。この世界の人は、ゴブリンの亜種であるエルフを、気色の悪い目で見る。その目に射すくめられているのか、ティヌはずっとオレの背中に隠れたままだ。


「オレが帝国魔術師長に戻る条件は2つあります」


「言ってみよ」 


「まずひとつ、こちらのエルフ。ティヌという名のエルフですが、彼女をオレの部下として働くことを許可していただきたい」


「エルフが高潔なる帝国の魔術師となるのか。まぁ良い。それでお前が戻ると言うのであれば許可しよう」


 皇帝はあまり乗り気ではないようだったが、しぶしぶ首を縦に振った。


「それからもうひとつ」


「なんだ」


「帝国全土のエルフへの待遇を改善していただきたい。以前から訴えている、エルフの奴隷制度を禁止していただきたい」


 オレが言うと、皇帝の眉間にさらに深いシワが刻まれることになった。深い、深いシワだった。
 皇帝はしばしうなっていた。
 が――。
「それは、出来ん」


「ならば、帝国魔術師長に戻るという話は断らせていただきます」
 引き返そうとした。


「ま、待て……」
 と、皇帝が追いすがるような声を発した。


「ならば、受け入れてくださいますか」


「しかし、エルフの奴隷制度を禁止するとなると、農園はどうするのだ。鉱山採掘は? それに奴隷でなくしたエルフたちの扱いはどうしろと言うのだ」


「それは追々、考えて行く必要があります。おおすじは以前から、オレが提出している上申書を吟味していただければ良いかと思います」


「奴隷がいなくなれば、この国は滅ぶぞ。そして我が帝国臣民は、ホウロ王国の奴隷にされてしまうかもしれん」


「ならば今、滅びますか? どちらにせよホウロ王国軍は、すぐ近くにまで迫っているのでしょう」


 この国が滅ぶのならば、仕方がない。名残があることと言えば、オレの育ててきた魔術師部隊ぐらいだ。ルスブンをはじめとする、魔術師たちはオレのことを慕ってくれていた……と思う。あの者たちが辛い目に合うのは心苦しい。けれど一度は解任された身だ。べつにオレが責任を感じることでもない。


「ううむっ」
 と、皇帝は苦悶するような声を発した。


「エルフの奴隷制度を禁止してくださるならば、オレは帝国魔術師長に再任いたしますよ」


 皇帝はしばし懊悩していたようだった。
 即決できないような提案を、しているという自覚はあった。だから、皇帝の返答を静かに待った。


「いや、しかし……うむ……」


「別に今、決めてもらう必要はありません。数日ぐらいなら待ちますよ」


「それはならん。すでにもうホウロ王国軍が攻めてきておる。すぐそこまで来ておるのだ。お前だけが頼りなのだ」


「ならば、ご決断ください」


「わかった。仕方ない」
 と、皇帝はうなずいた。


 もしもホウロ王国軍をオレが負い返すことが出来れば、エルフの奴隷制度を禁止する命令を帝国全土に施行するという誓約書を皇帝は書いてくれた。


「では、すぐに戦の準備をいたします」


「追い返せるか? ホウロ王国軍を」
 と、皇帝がすがるような目で見つめてくる。かつて師子王と呼ばれて、前線で指揮を執っていた男も、老いには勝てないということか。
 見ているだけでも哀れだった。


「むろん。帝国最強とうたわれた魔術師の神髄をご覧にいれてさしあげますよ」
 と、その誓約書を手にオレはティヌとともに、拝謁の場を後にしたのだった。拝謁の場を出ると、城の廊下が続いている。石造りの素っ気ない壁面だが、等間隔で高価そうな壺が並べられている。廊下に立っていた騎士が敬礼を送ってきた。オレも敬礼を返しておいた。


「緊張したのですよ。まさかワッチが、このような場所に来ることになるとは、思いもしなかったのです」
 よほど緊張していたのか、ティヌはオレにしなだれかかってきた。そのティヌのカラダを支えた。


「ティヌ」


「なんでしょう?」


「オレは戦場に行かなくちゃならない。ひとまずティヌは屋敷で留守番をしていてくれ。留守番できるか?」


 ティヌのことを部下にするとは言っても、まだまだ無力なティヌを戦場に連れて行くわけにはいかない。


「ワッチもいっしょに行きたいのですが、それは許されないのでしょうね」
「危ないからな」
「わかったのです。留守番しているのですよ」
「それから、これを持っていてくれ。この世界を救うカギは、ティヌにたくしておくことにするよ」


 皇帝陛下の誓約書を、ティヌにわたした。ティヌはそれを見つめたまま、しばらく受け取ろうとしなかった。


「どうした?」


「ご主人さまは、大丈夫なのですよね? 帰ってきてくれるのですよね」
 と、不安そうな表情で見上げてくる。


「当たり前だろ。オレは帝国最強の魔術師なんて呼ばれていたんだぜ。1ヶ月ほどブランクはあるが問題ないさ」


「屋敷で留守番しているのですよ」


「何か食べたいものでも考えておいてくれ。オレが帰ったら、それを作っていっしょに食べようぜ」


「はい、なのです」
 と、ティヌは微笑んだ。


 ハッとした。
 こんなにも明るいティヌの笑顔をはじめて見た。


 この少女はヤッパリ笑っているほうが似合っている。ようやくこの少女から笑顔を引き出すことが出来たな、と満足した。


 不思議とティヌの存在が希薄なものに見えた。もう二度と会えないのではないかという気がしたのだが、そんなはずはないと不安を一蹴した。

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