《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。

執筆用bot E-021番 

3-3コタルディ

 翌朝――。


 ティヌには、一部屋与えていた。ベッドやクローゼットのしつらえられた部屋で、風呂やトイレも完備されている。貴族が訪れたときに、来客用として使っていた部屋だ。外で寝るから部屋など必要ないと言っていたのだが、それではオレの心が痛む。交渉のすえに部屋で寝てもらうことにした。


「ティヌ。起きてるか?」


 なかなか起きて来ないので、様子を見に行くことにした。ティヌ。いなかった。風呂場にいるのかもしれない。各部屋は半独立型になっており、風呂場にもトビラがなかった。大きな陶器の間にバスタブが鎮座している。いなかった。はたしてどこへ行ったのか……。もしかして逃げ出したのだろうか?


 もう一度寝室のほうに戻る。すすり泣きと思われる声が聞こえてきた。その声は、ベッドの下からだった。覗きこむ。ティヌが胎児のように丸まっていた。


「どうした? こんなところで」


「申し訳ありません。ベッドを貸していただいたのですが、ワッチはこっちのほうが落ちつくので」


「何か辛いことでもあったのか?」


「怖い夢を見てしまいました」


「気分が落ち着いたのならば、そろそろ出てくると良い」


 魔法で掃除をした後ではあるが、ベッドの下は衛生的に良くなさそうだ。


「はい」
 と、ティヌが這い出てきた。
 ブロンドの髪が乱れている。


「食欲のほうはどうだ?」


「昨日、たくさんいただいたので、これ以上は必要ありません。余り物のパンとか、市販の草団子を恵んでくだされば、それでけっこうですので」


「もしかして昨日の料理が、口に合わなかったかい?」


 エルフの味の好みはわからない。
 硬いパンにしても、草団子にしても、トテモじゃないが食べれるようなものではない。しかし、エルフにしてみれば大好物という可能性もある。


「いえ。そんなことはありません」
 と、ティヌは激しくかぶりを振った。


 昨晩のうちに熟成された少女の香りが、花粉のように飛散した。その香りがオレの鼻腔から、肺腑へと抉りこんできた。幼いカラダをしているが、もう女の匂いがまじっていた。夜明けの女は、どうしてこうも良い香りがするのだろうか。


「良かった。硬くなったパンのほうが、オレの料理より美味しいのかと思って、心配になったじゃないか」


「御主人さまの料理はトテモ美味しかったです。ワッチが今まで生きてきたなかで、イチバン美味しかったです」


 ティヌは称賛の言葉を必死に探すかのように、エメラルドグリーンの瞳を泳がせていた。その必死な姿に、愛くるしさを覚える。


「今度はずいぶんとホめてくれるじゃないか」
 悪い気はしない。


「ホントウです。また食べれるのならば、食べてみたいと思っています。ですが、申し訳ないですし」
 遠慮している、ということだろう。
 味覚は人間とそう差がないと思って良さそうだ。


「遠慮することはない。オレに買われたのが運の尽きだと思って、たくさん贅沢してくれれば良い」


「運の尽きだなんて、そんな……」


「残念ながら、昨晩の残り物があるからな。朝食もそれの残りだ。食欲があるならたくさん食べてくれ」


「……はい」
 ティヌの目じりには、まだ涙が残っていた。怖い夢を見ていたと言っていた。その内容をセンサクするのは、さすがに気が引ける。恐怖を思い出させることになるかもしれない。あえて尋ねるのは、やめておいた。


 食堂――。
 昨晩よりかは遠慮せずに、ティヌは食事にありついてくれた。


 朝食を終えて、馬車をつかまえて服を買いに行くことにした。都市のなかでは今日も、エルフたちが働かされている。


 ストリート沿いに、有名なブティックがあった。店前のショーケースには、貴族のドレスが飾られている。冒険者の防具などは取り扱っていない店だ。


 店前でティヌが立ち往生していた。


「どうした?」
「あの……。ワッチなんかが、このような店に入ってもよろしいのでしょうか?」
「入っちゃダメなんて決まりはなかったと思うよ。もし何か言われたら、別の店に行こうじゃないか」
「……はぁ」
 と、ティヌは曖昧に応じた。


 店に入る。
「いらっしゃいませ」
 と、品の良い男女が出迎えてくれた。オレに目を向けて品定めするような目を送ってくる。


 貴族が催すパーティなどに参加するために、オレも何度かこの店を利用したことがある。が、店員がオレの顔を覚えているのかどうかは定かではなかった。


「ティヌはどのような服が良いんだ? 好きな色とか、好みの生地とかはあるのか?」


「えっと……。ワッチはあまりファッションには詳しくないのですが、ご主人さまには黒っぽい色がお似合いになると思います。髪も目も、キレイな黒い色をしておりますし」


 オレの服を買いに来たとティヌはまだ勘違いしているらしい。誤解を解くことを忘れていた。


「そうじゃない。ティヌの好みの服を探すんだよ」


「ワッチ――ですか」
「パーティ用のドレスが数着と、普段着る服を数着ぐらい必要だろ」
「えっと……えっと……えぇ!」


 ティヌは両手で顔をおさえると、目を回していた。比喩ではない。そのエメラルドグリーンの瞳が、ホントウにぐるぐると回っていた。すこしでも贅沢させると、ティヌは過剰な反応を示す。慣れていないからだとは思うが、その反応リアクションは見ていて楽しかった。


「数着、チャントした服を持っていて損はないと思うぜ」


 もう帝国魔術師長を解任されたから、その機会があるかはわからないが、貴族のパーティにだって参加することがあるかもしれない。


「わ、ワッチはけっこうです! 服なんて、そんな……」


「でも、そのカッコウのまま出歩くわけにもいかないだろ」


 ティヌは粗悪な布の服を着ている。エルフならば珍しくはないけれど、外食なんかには連れてゆきにくい。
 なにより、憐憫を誘われる。


「わ、ワッチに衣装を買ってくださるのですか」


「だから、そう言ってるじゃないか。好きなものを数着選ぶと良い。心配はいらない。金ならあるから」


 ティヌはそれでも頑なに遠慮をした。問答のすえに、1着だけ買うことにした。緑色のコタルディにした。


「良く似合ってるよ」
 なんの打算もお世辞でもない言葉だった。ティヌは顔を真っ赤にしてうつむいていた。


「あ、ありがとう……ございます」


 オレはなにげなく、ティヌの頭をナでようとした。ティヌの頭はオレの腰の位置にある。非常にナでやすい位置にあるのだ。するとティヌはまるで亀のように、頭を引っ込めた。殴られると思ったのかもしれない。


「オレの手が怖いか?」
「い、いえ。申し訳ありません」
「また謝っている」
「あ……むぅ」
 と、ティヌは動物のような声を発した。どう応えれば良いのかわからなかったのかもしれない。

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