やしあか動物園の妖しい日常

流川おるたな

洗濯係のアズキさん

 やしあか食堂を出て事務所に戻り、久慈さんの書類作成を手伝った。
 どんな会社の仕事内容も入社してみて違うところはあるけれど、飼育員の仕事に対してのイメージも入社前のそれと比べ変わって来ている。
 意外にも多岐に渡る仕事内容にわたしは遣り甲斐を感じていた。

 事務所での仕事を終え、夕方の給餌まで済ませてロッカルームに行き私服に着替える。

 脱いだ作業服を事務所の廊下にある作業服収集ボックスに持って行くと、後ろから女性の声が聴こえた。

「お疲れ様~紗理っち」

 初めて聞く声に少し躊躇しながら後ろを振り向くと、小柄でショートカットの似合う可愛らしい女性が笑顔で立っていた。

「お、お疲れ様です…」

「フフフ、そんなに警戒しないで良いわよ~。わたしは洗濯係をしている小豆洗いのアズキって言うの」

 あっ!いつも作業服を洗ってくれている人だ。

「初めましてアズキさん!いつも作業服を綺麗に洗ってくれてありがとうございます!」

 感謝の気持ちを込めてお礼の言葉を言うと、アズキさんの動きがピタッと止まりなぜだか目を潤ませている。

 あれっ!?なんか地雷を踏むような言葉を言ってしまったのかな…

「あの、わたし変な事を言ったかも知れませんし、何が何だか分からないけどとにかくすみません!」

 困惑してとにかく謝ってしまえ的なノリで謝ると、アズキさんの口角が上がり泣き笑いの表情に変わって、零れそうな涙を服の袖で拭いながら口を開く。

「ごめんごめん。勘違いさせちゃったよね。紗理っちが真っ直ぐな目をしてお礼の言葉を言ってくれるものだから、今までの想いもあって自然に涙が出たみたい」

 取り敢えず悪いことではなさそうだったので胸を撫でおろす。

 折角の機会だから少し突っ込んで話しを訊いてみようかな…

「もしかしたら仕事でストレスが溜まってるんじゃないですか?」

 そう言うとアズキさんは黙り込み下を向いてしまった。
 嗚呼、今度こそ地雷を踏んでしまったかも。

「若輩者のわたしが失礼なことを…」

「違うの!あなたの言う通りだったから話すかどうかを迷っていたの!」

 と言ってまた黙り込んでしまう。

 これは先走らずに相手が話し出すのを待った方が賢明かも知れないな。
 それにしても、帰る間際にこんな展開が待っていようとは…あっ!?タイムカードを押さなきゃ。

「あの、アズキさん。わたしで良ければお話しを伺いますので、タイムカードだけ押して来ますね」

「本当に良いの?」

「もちろんですよ!じゃあ押して来るので外のベンチで待っていてもらえますか?」

「分かった、待ってる…」

 こうしてわたしはタイムカードを押して、帰ろうとする久慈さんに挨拶したあと、事務所の外にあるベンチに向かった。
 

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