100メートル先の景色

一姫こころ

陸上部(部員と新入生)

ホームルームも終了したが、ほぼ全員が部活に所属しているこのクラスでは午後からの部活動に備えて教室で昼ご飯を食べる。俺は弁当を持ってきていないし何も食べない。お腹は空いたがすぐ帰るつもりだから平気だ。そこへ俺の様子に気づいた要と紫音がやってきた。
要「康二、弁当持ってきてないんか?」
紫音「康二には今朝部活に来るように伝えたから用意してなかったかー。すまん。」
「大丈夫!」
(いいんよ♪いいんよ♪全然気にしないで♪)
要「俺の分けてやるよ」
「いいよ。要は今からガチで体動かすんだからちゃんと食べないと!」
要「気にすんな、多めに持ってきたから」
「ほんと大丈夫だから!」
(気持ちだけありがたく受け取っておくよ)
その時教室のドアが
ガラガラっと開いた。
要「あ!すずちゃん!」
「え!?」
鈴音「おにいちゃーん!弁当持ってきたよー!」
「は?なんで?」
要「あ、昨日の部活終わりにすずちゃんに会ったから今日の事言ってたんやったわ!」
「マジか!」
紫音「お前肝心な事忘れるなよ!」
要「すまん!完全に忘れてた」
 要は笑っている。
紫音「すずちゃん、こっちおいで!」
鈴音「こんちわ!」「こんちわ!」
 このクラスにサッカー部の先輩がいるらしくあいさつしながら俺の前までやってきた。
鈴音「はい、おにいちゃん!」
 可愛らしい弁当が入った布の袋を差し出して
鈴音「朝渡すの忘れてたー。すずーおっちょこちょいだから、、、」
 と困った顔で言う。
(なんだ?その声と話し方、朝と全然違うじゃん。)
要「全然!いいよ!」
紫音「ありがとうね、助かったよ」
(なぜお前らが言う?)
鈴音「うん!」
 そこへすずと同じ女子サッカー部の先輩であり俺たち3人と小学校の頃からの腐れ縁の女子の親友の高岡紗里が絡んできた。
紗里「すずちゃんご苦労様ー、頼んない兄貴を持つと大変だねぇ」
鈴音「ほんまそれやわ」
紫音「紗里お前どうせ弁当のおかずパクリにきたんやろ?」
紗里「アホか!ちゃうわ」
 こいつも口が悪いのである。
要「康二良かったな!ちゃんとすずちゃんにお礼言えよ!」
「お、おう…ありがと…」
鈴音「うん!おにいちゃん、昼から頑張ってね!ではではバイバーイ!」
(女とは表の顔と裏の顔があるのは知ってるけど、ここまでハッキリしてるとは…恐ろしや…)
要、紫音「ご苦労様!」
鈴音は「失礼します」「失礼します」と先輩たちに挨拶をして教室から出て行った。
要、紫音「できた子だ!!」
ふたりは感心している様子。
 俺は
(余計な事する子だ!)
そう思いながら袋から弁当箱を取り出した。フタを開けるとハンバーグ2つににアスパラベーコンと卵焼きが入っている。紗里はハンバーグを箸でつかむと
紗里「もーらい!」
「あっ…!」
 一瞬のことだった。
紗里「康二ママのハンバーグってほんと美味しいもんねー」
 とぶつぶつ言いながら自分の席の方へと歩いて行った。
(この弁当のメインのおかずじゃねーかよ)
紫音「結局あいつ取るんやん」
 予定外の昼ご飯は家庭的な普通の弁当だった。こんな弁当食べたのは久しぶりで正直美味しかった。
(俺が作ったらもっと色んな工夫をして…)
って考えたが今はそれどころではない事に気づき、それから更衣室で着替えてグランドの集合場所に俺たち3人は向かった。要と紫音はカッコいい陸上部のお揃いのジャージ姿、俺は体操服だ。だがそんな事は別に気にならない。
(なんとか上手いこと言い訳して早く帰ろ)
その事の方が気になるからだ。考えながら集合場所へ着いた。
 集合場所にはすでに1年生が全員集まっている様子だ。2年生は1年生に何やら指示したり、白線を引いたりメジャーで距離を測って印をしたりと部活の用意で忙しそうである。要と紫音も手伝いに俺から離れて行った。3年生は10分遅く集合になっているようでまだ来ていないようだ。するとひとりの男子1年生が俺に近づいてきた。ボウズ頭で身長は180センチはあるだろう。
1年生男子「あんた姫野だろ?」
「は?」
(何でこいつタメ語?)
1年生男子「もう陸上やめたんちゃうの?何でここにいる?」
「さぁ?何でだろ?」
(うわっ、なんか面倒くせーこいつ)
1年生男子「何とぼけてんの?」
(面倒くさいので無視しとこ)
俺は相手にせず無視する事に決めた。すると
1年生男子「何とか言えや!コラっ!」
とさらに近寄ってくる。その様子に気づいた要が走ってきた。
要「こらこら1年!何してんのお前?」
すると1年生はくるっと俺に背を向け
1年生男子「何でも無いっす…」
と言い離れて他の1年生の元へ寄って行った。
要「康二どうした?何か言われたんか?」
「いや、別に…」
要「そっか…年上に文句言ってきたらガツンと言ってかまへんからな!」
「あぁ、分かった」
(ガツンと言うのも面倒くさいけどな…)
そこへ2年生女子の同じクラスのくららと美穂がやってきた。
くらら「1年生集合かけるよー」
要「おう!よろしく!」
 そしてふたりは声を揃えて大きな声で
くらら、美穂「1年生こっちに集合してー!」
 一斉に1年生がこちらに集まってくる。2年生も数人集まってきた。
要「今年って何人入るの?」
美穂「19人とマネージャーが2人だよ」
くらら「マネージャーの子らは2年のマネージャーが連れてくると言ってたよ」
要「じゃあ先輩達が集まるまで待っとくんやね?」
美穂「そうなるね」
そんなやりとりをしている横で俺はどこに居ればいいのか迷っていた。すると
要「康二は俺らと一緒に居たらいいよ」
「お、おう…」
(居づらいじゃん)
くらら「姫野くん入部したの?」
「い、いや…そう言う訳では…」
(ほらほら、さっそく誤解してんじゃん)
要「康二は一応見学って事で」
くらら「なーんだ、そっかぁ」
 何となく誤解は解けた。でも歓迎されない視線がふたつさっきから感じている。さっきの1年生がずっとガン見してきているのと、同じクラスの翔太からもチラチラとこちらを睨んでるのも感じる。
(やっぱ来るんじゃなかった…)
 そこへ
くらら「あ、キャプテンが来たよ」
 俺と同じくらいの身長のキャプテンがやってきた。日焼けで真っ黒になっていて筋肉もムキムキですごいガタイだ。初めて見る顔だ。だが元の高校生の俺は面識がある。
要「こんちわーっす」
くらら、美穂「こんにちわー」
「こんにちわ」
俺を見たキャプテンは
キャプテン「お!来たか!」
「は、はい」
キャプテン「入るか!」
「え!?」
(おいおい、唐突に強引だな)
要「姫野は見学って事で連れて来ました」
要がすかさずフォローに入る。
キャプテン「…そうだな」
(要ナイス!)
そして3年生達がやってきた。
要「ちゃーす」
くらら「こんにちわー」
他の後輩たち「こんちわー」「こんにちわ」「こんちわー」
 一斉にあいさつが飛び交う。
3年の男前先輩「お!今年も集まってるねぇ」
要「あ、大和先輩ちゃーす」
大和先輩「おう!初々しいねぇ」
キャプテン「3年全員来たか?」
大和先輩「萌(もえ)以外は全員来たぞー」
キャプテン「萌?あいつ何してんの?」
大和先輩「可愛いマネージャーが入ったって聞いて、    見てくるって言って行ったきり帰ってこないから放って来た」
キャプテン「なんだと!あのバカ…」
 またか、と言うような口調だ。
大和先輩「マネージャーは練習前の用意の説明とかあるようだから先に始めといたら?」
キャプテン「そうだな」
 そして2、3歩前に出て
キャプテン「全員集まったかー?集まったならこちらに注目してくれー!」
 ざわざわしていたのが一瞬で静まり全員がキャプテンを注目した。
キャプテン「えー!1年生達!陸上部へようこそ!自分はキャプテンを勤めている山崎清二(やまざきせいじ)だ。まず自己紹介から始めたいと思う。最初は副キャプテンの紹介だ」
 大和先輩と細い小柄な3年生女子が一歩ずつ前に出る。
大和先輩「副キャプテンの日ノ本大和(ひのもとやまと)っす。可愛い後輩たちようこそ!」
女の先輩「同じく副キャプテンの松田真理子(まつだまり)です。長距離を主に担当してます。よろしくお願いします。」
大和先輩「あ!俺は短距離ねー」
キャプテン「次は1年生…えーと、右から順番に名前と得意種目を言ってくれ!」
 そして指をいちばん右の女の子を指して
キャプテン「はい!君から」
1年生女子「はい!香川遙(かがわはるか)と申します。短距離と幅跳びが得意です。よろしくお願いします。」
キャプテン「拍手ー!」
 パチパチパチパチ…
(あ、次はあの生意気な奴だ)
1年生男子「俺はー、山口魁斗(やまぐちかいと)、100メートルのみ!県内では負けた事ないっす。いつでも挑戦は歓迎しますよ。ねぇ名ばかりの先輩ー」
 半分ニヤけながら挑発な態度だ。もちろん俺を見ている。
(完全にアホだこいつ)
大和先輩「元気なのはいい。だが頭が悪いな!アホなのか?」
山口魁斗「くっ…」
キャプテン「…はい!次…」
1年生男子「名前は……」「自分は……」
 次々と自己紹介が続き一通り全員の紹介が終わった。
キャプテン「えー、あとの3年と2年の名前は練習しながら覚えていってくれればいい。そして1年生は今日はウォーミングアップを入念にして100メートルのタイムを測る。今の状態のレベルとフォームを見ておきたいんだ。そしてダウンして今日は早めに上がってくれ。」
大和先輩「2列で並んで!軽く走るぞ」
くらら「1年、サッと動いてなー」
 (お、くららちゃん先輩っぽいじゃん)
と心の中で俺は思った。だが俺はこの時に帰るタイミングを失ったことをまだ知らなかった。
 紫音が俺の横にやってきた。
紫音「俺の横に並んで並走したらいいよ」
「お、おう…で、どれくらい走るの?」
紫音「2周!」
「了解ー」
ザッザッザっと全員で走り出す。
紫音「さっきのあの生意気な1年、あいつ中学の時に県大会で100メートルのチャンピオンみたいやわ。だからその前の年に優勝してるお前にライバル視してんちゃうんか」
「そっか…」
(そうなら迷惑な話だ)
紫音「態度は悪いが実力は本物ってとこやな」
「あんまり興味ないけどな」
紫音「康二のその感じがよけいに腹立ってるかもよ」
「それよりも早く帰りたい」
紫音「1年は100メートルの計測が終わったら今日の練習終わりやから、その時に一緒にまぎれて帰るんがええんちゃうか」
「そうだなぁ、100メートル走らないとダメ?」
紫音「あのキャプテンを説得できるなら…」
「うーん…無理そうだな」
紫音「だろ?」
「はぁー」
俺は深くため息をついた。
紫音「まぁ気楽に頑張れや」
(人ごとだと思いやがって…そもそも見学で来たはずなのに)
「1年に絡まれるわ走らされるわホント最悪ー」
紫音「まぁそう言うな」
 と言いながらも少し笑っている。笑っていると言うより楽しそうだ。
紫音「まぁでも俺はお前とこうして走ってるのは久しぶりやから楽しいからいいけどな!要もそう思ってるやろな」
(そっかぁ、それほど思ってくれるなら少しだけ我慢して100メートルまで走ってみるか)
紫音の言葉に温かみを感じた。
紫音「ところでお前朝からの変な標準語いい加減やめへん?」
「あ、うん」
(そっかぁ、関西弁しゃべらんと変に思われるよなーでもどうやってしゃべるんだ?)
 
走り終え身体がほぐれると次は柔軟でさらにゆっくりと負荷をかける。
松田先輩「1年生は先輩と2人1組になってねー」
 さっき自己紹介した副キャプテンの女子の先輩が優しい声で指示をする。俺は紫音とペアになっている。
紫音「お前硬いなぁ!」
(ほんとに硬い)
自分でもそう思った。俺が高校生の頃は空手をしていたからかめちゃくちゃ柔らかかったのでよけいにそう感じた。無理に前に曲げようとすると痛い。
「もっとゆっくり押してくれない?」
思わず言ってしまう。
紫音「無理ー」
紫音は楽しんでいる。
「痛い!痛い!」
(強く押しすぎだろ)
松田先輩「はい!終了ー。では交代してねー」
そうして柔軟は終了した。

そしてスタートダッシュの練習を軽く流し終えいよいよ100メートルを計測する。
(これでやっと帰れるな)
キャプテン「では100メートルを走ってもらう。長距離希望の人もフィールド競技希望の人も全員だ。一応タイムを計測するが土の上を走ってもらうので参考にするだけで、走るフォームと体のブレ具合を見させてもらう。」
松田先輩「これからのフォーム矯正の参考にもなるので普段通りに意識しないで走ってね!」
言い終わると同時くらいに俺の後方から声が聞こえてきた。
女の人「おーおー!やっとるねぇ!若者諸君!」
キャプテン「萌!遅く来て何しとる?」
女の人(萌)「ごめーん!だってーマネージャー見たかってんもーん」
(なんか聞き覚えのある声だ)
キャプテン「お前は自由か!3年としてビシッとしろよ!」
萌先輩「だってぇ…手ぇもぉ足もぉケガしてんねんもーん」
(この声は…まさか…)
俺が振り向くとそこには朝自転車で転んだ女の子が立っていた。そしてすぐに俺と目が合った。
萌先輩「ん?……お、おぉー!」
朝のあの感じと同じ口調だ。
(普段からこんな感じなんだな)
「ど、どうも…」
萌先輩「朝はありがとね。すり傷だけですんだよ!」
「良かったです」
大和先輩「なんや、お前ら知り合いか?」
萌先輩「朝助けてくれたのはこの子だよ」
大和先輩「へぇそうなん、それでか…」
キャプテン「そっか!朝はありがとな!キャプテンとして礼を言う」
「いえ…」
萌先輩「で、陸上するのー?」
「いえ…」
萌先輩「えー!しなよー」
「そ、それは…」
(少しやってもいいかなぁ)
と正直に思った。かなり心が揺らいだがここで流されてはダメだと思い言葉を濁した。
松田先輩「えーっと」
松田先輩がやり取りを打ち消し話し始めた。
松田先輩「そろそろ始めてもいい?」
萌先輩「あー!真理子ごめんごめん、やっちゃってぇ!」
松田「では2人ずつ走ってもらうね。こちらで順番言うから並び直してね。」
と、前に出て1年ひとりずつに10番までの番号を順番に言っていく。最後に俺のところへ来て
松田先輩「姫野くんは最後に10番の子と走ってね」
「はい」
 みんなが並び直した。俺は最後なのでいちばん後ろに並んだ。あの1年の山口ってやつは5番目に走るようだ。
(別に一緒でも一緒じゃなくても大して興味は無いのだが…)
こちらをチラチラ見てるのは正直うっとおしい。
キャプテン「では1番目出ろー!」
 1年の女子2人からスタートだ。1年は男子が9人女子は10人なのでふたりずつだとちょうどいいのかも知れない。
美穂「よーい」
バーン!
(ほー火薬は使うんだ)
いよいよ始まった。
松田先輩「はい!次ー」
次の子達が準備する。そこへ俺の横を通り過ぎる時に萌先輩が声をかけてきた。
萌先輩「康二くんって言うんやねー。じゃあこうちゃんだ!がんばれー」
「へっ」
(いつの間にかこうちゃんになっとる…)
そしてご機嫌そうに離れていった。
(相変わらずいい匂いだったなぁ…って俺は変態か!)
そう思い何気に自分と一緒に走る子に目をやった。するとそこには山口がいるではないか。
(バカ1年順番変わっとる!何考えとる?)
それに気づいた松田先輩が
松田先輩「そこ!勝手に順番変わるな!」
当然そう言うだろう。でも山口は聞こえないふりをする。
松田先輩「君!聞いてるー?」
と言ったがその横で大和先輩がすぐに
大和先輩「まぁいいんじゃね?楽しそうやし!」
そこへ合流した萌先輩も
萌先輩「ふーん、面白いやーん」
完全に楽しんでる様子だ。
松田先輩「もぉ!」
っとあきらめ顔だ。この2人がそう言うならと仕方ない様子だ。しかし
(俺がよくないし!面倒くさいし!)
そこへさらに
山口「あんた、ビビってるなら正直に言ってくださいよ。そしたら手加減してやってもかまへんで」
(やっぱこいつムカつく)
「え?誰に?」
山口「大物ぶってんなよ!ポンコツが…」
(ダメだ、だんだんイライラしてきた)
「なんでもいいけど…お前…だれ?」
山口「ぐっ…調子乗りやがって…」
目の前50センチほどに寄ってきた。
山口「俺にさん付けで呼ばせてやろうか?こら」
(もぉほんとに面倒くさい)
「お前口臭いぞ」
山口「ああー?やんのかお前!」
さすがの大声に周囲のみんなは気づいた。そして要が寄ってきた。
要「コラコラ!何もめてんやぁ?」
「べぇっつにー」
要「おい!1年お前喧嘩しにきたんか?」
山口「いえ、そうじゃないっす」
(俺とは態度違うくね?)
そこへキャプテンがやってきた。
キャプテン「おい!お前ら今度もめたら帰らすぞ」
(俺は逆に帰らせてほしいけど…)
山口「ういっす」
「了解でーす」
(こんなことしてる間にあと3番目じゃん)
キャプテンと要が離れていった。すると山口は小声で話してきた。
山口「あんたには大勢の前で恥かかせてやる。2度と陸上部に来たくなくなるほどね」
「あっそ」
山口「余裕こいでるのは今のうちだからな!」
「どうでもいいけど泣くなよ!」
(俺も大人気ないな、最近こんな事で腹立てるはずないんだが…体も若くなったが精神年齢も若くなったのか?)
山口「な、なんだと!」
(なんか少しやる気が出てきた。真面目に全力で走ってみるか)
山口「俺様を知らないのを後悔させてやる」
「あっそ」
(とりあえずバカを相手してやるか)
松田先輩「はい次の子たち準備しといてねー」
 前の組がスタートラインについていた。

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