H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。

雨野美哉(あめの みかな)

第78話 正体

6カ国連合軍全艦隊一斉射撃の勢いはすさまじく、テトラグラマトンは各艦が人型機動兵器を出すまでもなく、陥落した。



「やった、やりましたよ!ヒサヒト様!!」



神の子宮のモニターに映る瑞希に、



「すぐに、全艦隊に主砲その他諸々のチャージが必要なものをチャージさせてくれ」



ヒサヒトは叫んだ。



「一斉射撃のあとに出撃予定だった人型機動兵器のパイロットは、そのまま待機させて」



アイコが続く。



「どうしたんです? ヒサヒト様」



「前に話したろ?

テトラグラマトンは前座に過ぎない。

すぐに、造化三神がくる」





「それは、そんなにおそろしいものなのですか?

え……なんだ、これ? 何が起こってる?」



モニターから瑞希の姿が消えた。

ボイスオンリーという表示に切り替わる。



「6カ国連合軍全艦隊、ならびに人型機動兵器全機の自爆プログラムが起動しました!」



邪馬台国軍・総母艦ヒミコのオペレーターらしき声がそう告げる。



「自爆プログラム?

そんなもの、ヒミコにもイヨにも積んだ覚えは……」



瑞希の乗る総母艦ヒミコは、邪馬台国の初代女王の名前がつけられていた。

邪馬台国軍のすべての戦艦には、歴代女王の名前がつけられている。



「五か国とも同じ回答です。

自爆プログラムを搭載していないはずの戦艦や機体まで自爆プログラムが作動していると……」



それは、物理学上ありえないことであり、神の所業として思えないものであった。



「なんてことだ……

自爆までの時間は?」



「残り46秒、45、44、43……」



そして、残された時間はあまりに少なすぎた。



「自爆プログラムの解除を40秒以内にできるか?」



「無理ですね……

解除までのファイアーウォールが56億7000万存在します。

この艦のコンピュータではそれだけのファイアーウォールの解除に丸1年はかかります」



残された時間に対し、それは絶望的な数の壁だった。





「瑞希!? 返事をしてくれ!

そっちで今、一体何が起こってる!?」



映像こそ映し出されていないものの、通信はまだつながっている。



「6カ国連合軍の全艦隊が、あと30秒で自爆します……

人型機動兵器も含め、我々すべてが……」



残り30秒の命だった。



「なんでそんなことに……」



「わかりません……」



「どうにもならないのか?」



「はい……他の5か国からも同様の回答がきています」



「……脱出は?」



「不可能です……時間があまりにもなさすぎる」



「嘘だろ……?

お前なら、姉さんをまかせられるって思ってたのに……」



ヒサヒトは無意識に本音をもらしていた。

悪態をついてこそいたが、瑞希のことを認めていた。



「私もそのつもりでした。

女王様のそばで、あのお方に私の生涯のすべてを捧げようと……

いえ、それだけじゃありません。

私は、二つにわかたれた世界をひとつに戻す方法を探すつもりでした。

ヒサヒト様が、女王様にいつでも会えるように。

そして、女王様が、ヒサヒト様にいつでも会えるように……

あのお方の笑顔が私は好きでした。あの方がいつも笑顔でいられるように、私は……」



「もういい、瑞希。時間がない。俺とじゃなくて姉さんと回線を繋げ」



「繋ぎたいです……

でも、無理なんです……」



「世界が違うから、か……」



「はい……」



彼らを巻き込んではいけなかった。ヒサヒトは思った。



「アメノトリフネは、イザナギは、大丈夫ですか?」



「こっちは何の問題もない」



「そうですか……それはよかった。

残り十秒を切りました……

不思議ですね……あと何秒かで、私は死ぬというのに、全く実感がないのです」



「瑞希……」



「もっと時間があったなら、したいことやできたことがあったかもしれま」







ヒサヒトとアイコの目の前で、6カ国連合軍の全艦隊が爆発した。







「なにこれ……?

わたしたちがしたことは、してきたことは、まちがいだったの?

ねぇ、教えて、ヒサヒト」



「まちがってなんかないよ……間違っているはずがない。

俺たちはやれるだけのことをした。してきた。

でも、相手は想像してた以上の奴らみたいだ……」



「造化三神の仕業なの……?」



それ以外には考えられなかった。

もう、ヒサヒトたちには、他に敵はいないはずだ。



「その三柱の神は何者?」



「イザナミさんも名前しか知らないみたいだった」



「倒せるの? わたしたちに」



わからない。わからなかった。

どこにいるのかも、どこから攻撃をしかけてくるのかもわからない相手と、どう戦えばいいのだろう。



三柱のうち、一柱は特別な存在のようだった。

残りの二柱は、対になる存在……



ヒサヒトが知る限り、そんなものは、ひとつしかなかった。

しかし、それは、絶対にそんなことがあってはならないものだった。



けれど、他に可能性があるものが、ヒサヒトの知る限りひとつも存在しないのも事実だった。





「アイコちゃん、アメノトリフネ・ツクヨミをイザナギからパージするよ」



「どういうこと?」



「ごめん。造化三神はずっと俺のそばにいたみたいだ」



「質問の答えになってないわ、ヒサヒト」







「草薙の剣が、造化三神なんだよ」







アイコは絶句した。



「ひとつは、本物。そして残りのふたつは、対のレプリカ。

でも、レプリカでも俺にしか扱えない。

その時点でおかしいと気づかなきゃいけなかったのかな……」



スカイツリーにヤマヒトと共に登った、あのはじまりの日からずっと、草薙の剣はいつもヒサヒトの傍らにあった。



「じゃあ、エビスサブローや棗、あの女の子は?」



「たぶん三人とも、魂が死んだ不老不死の身体を造化三神が遠隔操作しているだけ。

造化三神を演じる役割をあたえられた操り人形……」



「草薙の剣は? いま、どこ?」



「三本ともアメノトリフネのブリッジの中だよ」



モニターから這い出てきた真の真王が身動きとれないよう、ヒサヒトは三本の草薙の剣を真の真王に突き刺し、ブリッジの床にはりつけにしていた。



アイコはアメノトリフネのブリッジと回線を繋ごうとするが、繋がらない。



「無駄だよ。たぶん、皆、すでに殺されている」



イザナミでさえも…………







真の真王タカヒトは、床から壁、天井までが血に染まったアメノトリフネのブリッジで、ヒサヒトを待っていた。

右手に本物の草薙の剣を、ふたつにさけた左腕で二本のレプリカを握り、



「もう八十三式も、カミシロも、必要ない。

どちらが真王にふさわしいか、答えはすでに出ている」





答えはすでに出ていたが、真の真王は、ヒサヒトを殺したくてたまらなかった。

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