H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。

雨野美哉(あめの みかな)

主人公が完全に空気になりつつある中で、三度目のエピローグをぼくたちは迎える。

かつて聖人は、裏切り者であるイスカリオテのユダの魂に呪いをかけた。
それは、108回の輪廻転生と、109回の主への裏切り。
その宿命をその魂に刻み、それが果たせぬ限り、輪廻の輪から解脱できない。
失敗すれば、輪廻のふりだしに戻る。
ユダの最後の転生体は、どうやら109回目に裏切るべき相手が、再び聖人であると気づいてくれたようだった。

彼は2000年前と変わらない。
どこまでも自分を楽しませてくれる。

この部屋で彼を待つべきか、それとも、2000年ぶりに会う彼を自分から迎えにいくべきか。

聖人は頭を悩ませていた。

だから、その背中で、聖母の魂を失った八尾比丘尼の肉体が、むくりと起き上がるのを、彼は気付けなかった。


八尾比丘尼・加藤麻衣の肉体に舞い降りた何者かは、かつてデウスエクスマキナの中で自らのこめかみに拳銃を向けたときと同じ動作で、拳銃を持たない右手を自らのこめかみに向けた。

「何だ、これは……手が勝手に……」

聖人もまた、同じ動作をする。
その手には、どこから現れたのか、拳銃が握られている。

「何なんだ一体……何が起こっている……」

ずしりと重い拳銃の冷たい銃口が、聖人のこめかみに自らの意思とは関係なく突きつけられ、八尾比丘尼が引き金を引く挙動をすると、聖人もまた同じ動作をした。

「やめろ……やめてくれ……」

魂を喰らう弾丸・ソウルイーターが、かつて聖人の肉体の本来の持ち主の魂を奪ったように、聖人の魂を喰らい尽くした。


倒れた聖人は、やがて八尾比丘尼と同様に、むくりと体を起こした。

「やれやれ、ここまでしなければ、現世での肉体を得ることすらままならないとは……
この体に馴染むには少し時間がかかりそうだが……不老不死の体か……悪くない……」

先ほどまで聖人の魂が宿っていた、かつて棗弘幸と呼ばれていた肉体に宿った、新たな神。
その名を、タカムスヒと言う。

「自らを概念そのものだという存在が現れるのは、想定外だった。
しかも一度、神という概念そのものを消そうと企て、イザナミはそれに従おうとした。
このような事態に陥ってしまった以上、我々自ら動くしかあるまい」

加藤麻衣の肉体に宿った新たな神の名は、カミムスヒ。

「アメノミナカは? どこだ?」

「この混沌の方舟の中にいるはず……」



かつてエビスサブローだった者もまた、聖人であり棗弘幸であった者と同様に、拳銃の銃口をこめかみに突き付け、引き金を引いていた。

そして、むくりと起き上がると、目の前にある魂を喰われた不老不死の男女の肉体に目を向けた。

「ほう……月の民の女と、王族の者の肉体か。
現世に舞い降りたばかりだというのに、これは良いものを見つけた。
もっとも、月の民などに用はないがな」

アメノミナカは、ミカドと名乗っていた者の肉体に、この物語からとうの昔に退場し、今はもう誰も覚えていないであろう者の魂を宿らせた。

それは、かつて、キュロ・ヒゥトカ、あるいはアサクラと呼ばれていた、南朝の王族の血を引きし者……

「そなたの名は、なんといったかな?」

「タカヒトと申します」

「我ら造化三神は、これより、自らを概念そのものと名乗る者、そして、テトラグラマトンを始末する。
ヒサヒトとイザナミの始末は、そなたにまかせても良いな?」

「おまかせください、アメノミナカ様」

そう言って、ニヤリと笑うタカヒトの顔は、ミカドと呼ばれていた者の顔ではなく、キュロ・ヒゥトカ(アサクラ)のものになっていた。

「ヒサヒトは、必ずぼくが始末しますよ」

そして、タカヒトは、

「また君に会えるのか。楽しみだよ、ヒサヒト」

と言った。

「だが、その前に、山人の末裔とやらを始末しておきます」

そう言って、パールホワイトの美しい八十三式を身にまとった。

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