H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。

雨野美哉(あめの みかな)

第67話 真王という概念

真王という概念を生み出した概念灰音は、ヒサヒトを真王と認めた。

真王の誕生は、アメノトリフネのありとあらゆるリミッターを解除した。
リミッターがかけられていることさえ、クルー全員は知らなかったが、艦内のありとあらゆるモニターに、

「真王の誕生を確認。
本艦はこれより、すべての機能のリミッターを解除する」

と、表示され、皆はじめてリミッターの存在を知った。

神のために作られたとばかり、皆が、イザナミでさえも思い込んでいた戦艦は、真王のための戦艦だったのだ。
全長1キロメートル以上ある戦艦でありながら、人型への変形が可能となり、戦艦でありながらカミシロ・イザナギ専用の強化ユニットとしての運用が可能となった。
変形の際、アメノトリフネ内部は無重力状態となり、乗員に怪我人をだすことはない。

これでテトラグラマトンと戦える。

人型の超大型機動兵器に変形するか、ヒサヒトとイザナミのカミシロ・イザナギの強化ユニットとするかは、まだ決まってはいなかったが、どちらか一方しか選択肢がないわけではない。
おそらく、臨機応変な対応で二通りの変形を使い分けるということになるだろう。



概念灰音はまた、輪廻転生という概念を、この世界から、レイヤード構造のすべての世界から、なかったことにした。

それにより、イスカリオテのユダの魂に聖人がかけた呪いはとけ、ヤマヒトは108回の輪廻転生と109回の裏切りの宿命から解放された。

ヤマヒトは、

「皆さんはテトラグラマトンに向かってください。
聖人との決着は私がつけます」

ひとりで戦う覚悟を決めていた。

「勝算はあるのか?
相手は不老不死の肉体に、棗の八十三式強化外骨格 極・全一(ぜんいつ)とカミシロ・オホワタツミを持つ聖人だぞ。
それに、旧十三評議会の生き残りがいる。さらに新たに三人、人員が補填されている。サブローの話では全員が不老不死であり、デウスエクスマキナを操る」

イザナミが問い、ヤマヒトは美しい弾丸をいくつか取り出し、見せた。
それは、ステンドグラスで作られたような、本当に美しい弾丸だった。

「それは?」

「私にかけられた呪いについて、いつだったか、棗に相談をしたことがあるのです。
不老不死の肉体を持つ人間を殺すことは不可能。だが、私たちはそれでも彼らを殺さなければならない。では、どうやって殺すのか、と。
棗は、肉体を殺すことが不可能なら、魂を殺せばいい、と。
そんなことは不可能だろうと思いました。
ですが、彼はすでにその方法を見つけ、作り出していたのです。
今思えば彼は不老不死である自分に嫌気がさしていたのかもしれません」

「自害するために作っていたと?」

「おそらくは。
それがこの弾丸、ソウルイーターです」

「魂を喰らう者、か」

「これを使うために特別な拳銃はいりません。
普通に弾をこめ、相手に向かって撃つだけ。
頭を狙う必要はなく、小さな傷を体のどこかにつけられさえすれば、魂を喰らい始める……

棗の体に聖人が、いや、もはや聖人と呼ぶに値しない男の魂が宿っているのは、イザナミ様や灰音さんのように、肉体を借りているだけで、棗の魂は生きているかもしれません。ですが、私は彼の魂はすでにないと思っています。
棗ほどの男が、簡単に体を奪われたりはしないはず……」

「だが、その弾丸は、魂を喰らうだけであろう?
汝一人ではあまりに多勢に無勢ではないか?」

「そんなことはありませんよ」

山人の末裔ヤマヒトは、九頭龍人アマツヤマヒトにその姿を変化させた。

「これは……ヒサヒトの三百三十八式と同等……いや、それ以上か……」

「私には八十三式もカミシロもありませんが、九頭龍の力がある。
日本という国そのものが私の力なのです」

「おそらく、天津九頭龍極とやらも、イザナギと同等かそれ以上の力なのだろうな……」

「わかった。
聖人は、汝にまかせる」

「ありがとうございます、イザナミ様」

ヤマヒトは、イザナミに礼を言うと、ヒサヒトに顔を向けた。

「ヒサヒト様、私はひとつだけ、これから私が殺す男に感謝していることがあるのですが、それが何かわかりますか?」

「……わからない。
俺にはヤマヒトはただただつらい思いをしてきたようにしか思えない」

「あなたに出会えたことです。
あなたに出会い、仕え、共に戦う、私はそのために輪廻転生を繰り返してきました」

「ヤマヒト……?」

「さようなら、ヒサヒト様。
あなたのお役に立てることが、私の喜びであり、幸せでした」

そう言って、九頭龍人アマツヤマヒトは、カタパルトデッキから飛び出した。


「あやつ、死ぬ気じゃな」

「ええ、誰がどう見ても聞いても。死亡フラグが煩悩の数を越えるくらいたってました」

「サブロー、あやつを頼めるか?
悟られぬように、ついていってやってくれ」

「とっくにそのつもりでした。
だから、母上、いや、我が妻イザナミ、」

と、サブローは初めてイザナミをそう呼び、

「ヨモツとコヨミを頼んだよ。
帰ってきたら、あの子達に、父親と母親はぼくたちだと話そう」

「お前まで不吉な旗を立てるでない」

サブローは気づいていなかった。
邪馬台国で、自分がヨモツやコヨミの父であり、母はイザナミであると、女王の従者に口を滑らせてしまっていたことを。

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