H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。
第64話 エビスサブロー伝⑦
エビスサブローは、両手両脚が義手義足である。
それは、こちら側・あちら側を問わず、ふたりのサブローに共通した身体的特徴だ。
その義手義足は、こちら側では後にすべての強化外骨格のプロトタイプとなるため、零式と呼ばれているが、あちら側ではサブローのためだけに作られたもので終わっており、名前はない。
しかし、どちらの義手義足もヒヒイロカネで作られており、そして、サブローの意思、脳からの微弱な電気信号により、自由自在に形状を変化させられる。
こちら側のサブローは、強化外骨格を持つが、あちら側のサブローは持たず、あちら側のサブローは不老不死であるが、こちら側のサブローは不老不死ではない。
以上が、顔と体のつぎはぎの有無以外の、ふたりのサブロー、ホワイトジャックとブラックジャックの身体的特徴である。
こちら側のサブロー、ブラックジャックは、右手を三枚刃の日本刀に変化させると、あちら側のサブロー、ホワイトジャックに斬りかかった。
ホワイトジャックは、両手を日本刀へ変化させ、それを受け止め、所謂鍔迫り合いの形になった。
お互いに力押しで相手の刀を払い除けようとしながら、
「私は、君と、この世界における、私とはまったく異なる人生を歩んできた君と、ただ話をしたいだけ、聞きたいことがあるだけで、敵意はないと言ったはずだが?」
ホワイトジャックは言う。
「ほんの少し前までそのつもりだった。
君の問いに私が答え、私の問いに君が答える。
同じヒルコでありながら、同じエビスサブローでありながら、まったく異なる人生を歩んできた私たちは、互いを知ることによって、エビスサブローという存在の持つ可能性を知り、さらなる可能性を見いだせると」
「ならば、なぜ、私に斬りかかる!?」
「気が変わったからだ。
君は不老不死なんだろう?
私は今、自分が抱いている感情を抑えきれないでいる。
だから、思いきり、いたぶらせてもらう。
君が不老不死である代わりに、私には黄泉之百式がある」
ブラックジャックは黄泉之百式ヒルコを身にまとう。
その衝撃で、鍔迫り合いの状態にあったホワイトジャックは弾き飛ばされた。
その衝撃は着地しても尚続き、ホワイトジャックは両手の日本刀をイザナギの装甲に突き刺して、なんとか海面への落下を防いだ。
「その漆黒の鎧が、噂の強化外骨格というわけか。つぎはぎの顔だけでなく、本当に君はブラックジャックだな」
「君が私に尋ねたいことに、私はすべて答えよう。君を切り刻みながらでよければ、……だがね!」
ブラックジャックの三枚刃の日本刀が、ホワイトジャックの左肩を貫いた。
そのまま、右の脇腹へと、体を真っ二つにしてもよかったが、それでは回復に時間がかかり、面白くない。
上半身から質問攻めにあうだけだ。
だから、すぐに引き抜いた。
肩にあいた三ヶ所の穴から鮮血が噴き出す。
白い装束が、噴き出した血であっという間に赤く染まった。
「ホワイトジャックじゃなくてレッドジャックになってしまったな」
「レッドジャックと名乗るくらいなら、レッドクリフがいい」
「ジャックじゃなくなってるぞ」
痛みはあるのだろうが、その傷はすぐに癒えていく。
白い装束は赤く染まったままだが、血液もすぐに補充され、ホワイトジャック改めレッドクリフは、戦闘態勢に戻った。
「便利だな、不老不死の体は」
「君もあの霊薬を飲めばよかったのだよ」
「私には必要ないと思ったのだ。飲まなくても、この通り年を取らずに、1000年以上生きてこられた」
そう言われて、レッドクリフははじめて自分は最初から不老の存在であり、不死を得ただけだと気づいた。
だが、それで十分だった。
攻撃は最大の防御だというが、不死の体を得た自分だからこその戦い方がある。
レッドクリフは防御を捨て、攻撃だけに集中した。
再びつばぜり合いとなったとき、
「最初の質問だ」
レッドクリフは言った。
「なんだ?」
「そこにいる少女は誰だ?」
ふたりの戦いをつらそうな表情で見つめる、白いワンピース姿の少女のことがずっと気になっていた。
ブラックジャックの恋人か妻だろうか? かわいい女の子だと思った。
少女は麦わら帽子が飛ばないように手でおさえていた。
「肉体は借り物だが、そこに宿る魂は黄泉の国の女王。
私の母であり、私の主であり、今は私の妻でもある。
イザナミ神だ」
だから、ブラックジャックの回答にレッドクリフは動揺を隠せなかった。
「そうか、あなたが……」
会いたかった、という言葉を、レッドクリフは飲み込んだ。
あれ? ……妻って言った? 今……
「え? え? 母上が、君の妻……? いや、あなた様の、その……奥様、なんですか?」
急に敬語になるレッドクリフに、
「そうじゃ、妾は今ではサブローの妻じゃ。
サブローとの間には子もいる。日本神話には語られてはおらぬが、ヨモツとコヨミという、かわいい双子だ」
イザナミは答えた。
「妾は、汝がなぜかブラックジャックと呼ぶ、このサブローの母でしかない。汝の母ではない。
別の世界から来た汝にとって、汝の母と同じ名を持つ神に過ぎない。
それでも構わないというのなら、妾もまた汝の質問に答えよう」
しかし、その顔は、母の顔だった。
「それから、我が夫、サブローよ。
黄泉の国の女王イザナミの名において、今後一切、あちら側のサブローへの攻撃を禁ずる」
そして、その顔は、妻としての顔ではなく、黄泉の国の女王の顔だった。
「なぜです?」
だから、ブラックジャック……いい加減おふざけはやめよう、エビスサブローは、憤慨した、
「わからぬか、愚か者め。
汝はヒサヒトへの嫉妬を、このサブローにぶつけているだけであろう?」
「なんでもお見通しというわけか……」
「汝が真王になりたいのならば、なれるものなら、なればよいと、妾は思う。
だが、ヒサヒトへのその嫉妬は、ヒサヒトにぶつけろ。
今はただ、ともに、あちら側のサブローの問いに答えられるだけ答えたい。彼の歩んできた人生について知りたい」
「そんな許可を頂いてしまったら、私は本当にヒサヒトを殺しますよ」
「かまわぬ。汝にヒサヒトが殺せるというのならな」
「わかりました。
私は今後一切、この男を傷つけるような真似はしないと、お約束致します」
エビスサブローは黄泉之百式を解き、右手の三枚刃の日本刀も元通りにもどした。
そして、その場にあぐらをかいて座ると、吹っ切れたような表情で、
「はじめまして」
と、もうひとりの自分に声をかけた。
もうひとりの自分もまた、両手の日本刀を元通りに戻すと、笑顔で右手を差し出してきた。
サブローはその手を握る。
その瞬間、ふたりのエビスサブローは、ひとりになった。
それは、こちら側・あちら側を問わず、ふたりのサブローに共通した身体的特徴だ。
その義手義足は、こちら側では後にすべての強化外骨格のプロトタイプとなるため、零式と呼ばれているが、あちら側ではサブローのためだけに作られたもので終わっており、名前はない。
しかし、どちらの義手義足もヒヒイロカネで作られており、そして、サブローの意思、脳からの微弱な電気信号により、自由自在に形状を変化させられる。
こちら側のサブローは、強化外骨格を持つが、あちら側のサブローは持たず、あちら側のサブローは不老不死であるが、こちら側のサブローは不老不死ではない。
以上が、顔と体のつぎはぎの有無以外の、ふたりのサブロー、ホワイトジャックとブラックジャックの身体的特徴である。
こちら側のサブロー、ブラックジャックは、右手を三枚刃の日本刀に変化させると、あちら側のサブロー、ホワイトジャックに斬りかかった。
ホワイトジャックは、両手を日本刀へ変化させ、それを受け止め、所謂鍔迫り合いの形になった。
お互いに力押しで相手の刀を払い除けようとしながら、
「私は、君と、この世界における、私とはまったく異なる人生を歩んできた君と、ただ話をしたいだけ、聞きたいことがあるだけで、敵意はないと言ったはずだが?」
ホワイトジャックは言う。
「ほんの少し前までそのつもりだった。
君の問いに私が答え、私の問いに君が答える。
同じヒルコでありながら、同じエビスサブローでありながら、まったく異なる人生を歩んできた私たちは、互いを知ることによって、エビスサブローという存在の持つ可能性を知り、さらなる可能性を見いだせると」
「ならば、なぜ、私に斬りかかる!?」
「気が変わったからだ。
君は不老不死なんだろう?
私は今、自分が抱いている感情を抑えきれないでいる。
だから、思いきり、いたぶらせてもらう。
君が不老不死である代わりに、私には黄泉之百式がある」
ブラックジャックは黄泉之百式ヒルコを身にまとう。
その衝撃で、鍔迫り合いの状態にあったホワイトジャックは弾き飛ばされた。
その衝撃は着地しても尚続き、ホワイトジャックは両手の日本刀をイザナギの装甲に突き刺して、なんとか海面への落下を防いだ。
「その漆黒の鎧が、噂の強化外骨格というわけか。つぎはぎの顔だけでなく、本当に君はブラックジャックだな」
「君が私に尋ねたいことに、私はすべて答えよう。君を切り刻みながらでよければ、……だがね!」
ブラックジャックの三枚刃の日本刀が、ホワイトジャックの左肩を貫いた。
そのまま、右の脇腹へと、体を真っ二つにしてもよかったが、それでは回復に時間がかかり、面白くない。
上半身から質問攻めにあうだけだ。
だから、すぐに引き抜いた。
肩にあいた三ヶ所の穴から鮮血が噴き出す。
白い装束が、噴き出した血であっという間に赤く染まった。
「ホワイトジャックじゃなくてレッドジャックになってしまったな」
「レッドジャックと名乗るくらいなら、レッドクリフがいい」
「ジャックじゃなくなってるぞ」
痛みはあるのだろうが、その傷はすぐに癒えていく。
白い装束は赤く染まったままだが、血液もすぐに補充され、ホワイトジャック改めレッドクリフは、戦闘態勢に戻った。
「便利だな、不老不死の体は」
「君もあの霊薬を飲めばよかったのだよ」
「私には必要ないと思ったのだ。飲まなくても、この通り年を取らずに、1000年以上生きてこられた」
そう言われて、レッドクリフははじめて自分は最初から不老の存在であり、不死を得ただけだと気づいた。
だが、それで十分だった。
攻撃は最大の防御だというが、不死の体を得た自分だからこその戦い方がある。
レッドクリフは防御を捨て、攻撃だけに集中した。
再びつばぜり合いとなったとき、
「最初の質問だ」
レッドクリフは言った。
「なんだ?」
「そこにいる少女は誰だ?」
ふたりの戦いをつらそうな表情で見つめる、白いワンピース姿の少女のことがずっと気になっていた。
ブラックジャックの恋人か妻だろうか? かわいい女の子だと思った。
少女は麦わら帽子が飛ばないように手でおさえていた。
「肉体は借り物だが、そこに宿る魂は黄泉の国の女王。
私の母であり、私の主であり、今は私の妻でもある。
イザナミ神だ」
だから、ブラックジャックの回答にレッドクリフは動揺を隠せなかった。
「そうか、あなたが……」
会いたかった、という言葉を、レッドクリフは飲み込んだ。
あれ? ……妻って言った? 今……
「え? え? 母上が、君の妻……? いや、あなた様の、その……奥様、なんですか?」
急に敬語になるレッドクリフに、
「そうじゃ、妾は今ではサブローの妻じゃ。
サブローとの間には子もいる。日本神話には語られてはおらぬが、ヨモツとコヨミという、かわいい双子だ」
イザナミは答えた。
「妾は、汝がなぜかブラックジャックと呼ぶ、このサブローの母でしかない。汝の母ではない。
別の世界から来た汝にとって、汝の母と同じ名を持つ神に過ぎない。
それでも構わないというのなら、妾もまた汝の質問に答えよう」
しかし、その顔は、母の顔だった。
「それから、我が夫、サブローよ。
黄泉の国の女王イザナミの名において、今後一切、あちら側のサブローへの攻撃を禁ずる」
そして、その顔は、妻としての顔ではなく、黄泉の国の女王の顔だった。
「なぜです?」
だから、ブラックジャック……いい加減おふざけはやめよう、エビスサブローは、憤慨した、
「わからぬか、愚か者め。
汝はヒサヒトへの嫉妬を、このサブローにぶつけているだけであろう?」
「なんでもお見通しというわけか……」
「汝が真王になりたいのならば、なれるものなら、なればよいと、妾は思う。
だが、ヒサヒトへのその嫉妬は、ヒサヒトにぶつけろ。
今はただ、ともに、あちら側のサブローの問いに答えられるだけ答えたい。彼の歩んできた人生について知りたい」
「そんな許可を頂いてしまったら、私は本当にヒサヒトを殺しますよ」
「かまわぬ。汝にヒサヒトが殺せるというのならな」
「わかりました。
私は今後一切、この男を傷つけるような真似はしないと、お約束致します」
エビスサブローは黄泉之百式を解き、右手の三枚刃の日本刀も元通りにもどした。
そして、その場にあぐらをかいて座ると、吹っ切れたような表情で、
「はじめまして」
と、もうひとりの自分に声をかけた。
もうひとりの自分もまた、両手の日本刀を元通りに戻すと、笑顔で右手を差し出してきた。
サブローはその手を握る。
その瞬間、ふたりのエビスサブローは、ひとりになった。
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