H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。
第62話 エビスサブロー伝⑥ その感情の名は
格納庫に向かって走りながら、エビスサブローは零式強化外骨格・ヒルコ 黄泉之百式を身にまとった。
格納庫から、そのままカタパルトデッキに向かい、青空にその身を投げる。
「舞い降りろ、カミシロのカナヤマビコ!」
サブローのカミシロ・カナヤマビコは、アメノトリフネの格納庫にはなかった。
黄泉の国から降臨したカナヤマビコの神の子宮にサブローは吸い込まれる。
カミシロは究極召喚とは異なり、神は器となるヒトガタ=カミシロに、その力を与えるだけだが、カナヤマビコが不安そうにしているのがサブローにはわかった。心配してくれているのだ。
「大丈夫だよ、カナヤマビコ」
サブローは優しく言う。
「あちら側の私は、私と話をしたいだけみたいだから」
それに、何を聞かれるのか、サブローには大体はわかっていた。
あちら側のサブローは、サブローの人生において、いくつかのターニングポイントになった瞬間に常に真逆の選択肢を選んできた存在だ。
だから、サブローにも聞きたいこと、知りたいことは山程あった。
自分とは違う人生を歩んだ、パラレルワールドの自分との会談など、そうそうできるものではない。
少し楽しみに思っていた。
神の子宮のモニターに、イザナミの顔が映し出された。
「相手は、妾やイザナギを知らない汝なのだろう?
妾もイザナギと共に出る。無論ヒサヒトは置いていく。
イザナギは、妾ひとりでも動かすことくらいはできる。だからな、サブロー……
戦闘になるようなことにはならないように、それだけは頼む」
イザナミはペロリと舌を出した。
その笑顔は、それまでサブローが見たこともなかった彼女の顔だった。
子として、夫とても見たことがなかった。父には見せていたのだろうか。
イザナギがヒサヒトのカミシロとして降臨してから、彼女は少しずつではあるが変わりつつあった。
エビスサブローとイザナギは、あちら側のエビスサブローが指定した場所に向かった。
「確か、このあたりには何もなかったはず……」
そこは海が広がっているだけで、高い建築物も何もなかった。
海の真上の空中で、機体同士の通信での会談は、味気ない。
そう思ったふたりは海面に二機のカミシロを横たわらせ、強化外骨格を解除して、イザナギの胸部に座った。
イザナミは、真っ白なワンピースに、麦わら帽子を被っていた。
黄泉の国の女王にはまるで見えず、サブローの目には、彼女はいつもよりきれいに見えた。
「化粧と言うものを莉乃に習ったのだが、似合うか?」
莉乃というのは、オペレーターの細川のことだろう。いつの間にそこまで仲良くなっていたのだろう。
「化粧? イザナミ様が?」
「おかしいか?」
「これから会う相手は私ですよ?」
「だが、妾の知らぬサブローじゃ。
初対面だ。
綺麗な母だと思われたい」
「その体はカオスヒューマンのものだというのに?」
「イチカワアユカじゃ。名前くらい覚えてやれ。
アユカもきっと初対面の男にきれいにみられたいじゃろう。
最近はシャンプーやトリートメントにも気を使っておる。もちろん、化粧水や乳液もだぞ。
髪型だって、黄泉の国の女王なのに、なんと姫カットじゃ」
イザナミは変わった。
その変化は彼女自身の変化なのか、それとも、その体の本来の持ち主であるイチカワアユカの人格が彼女に影響を与えているのかはわからないが。
「イザナミ様は、変わりましたね」
「きっとヒサヒトのせいじゃろうな。
あの子がいなければ、カルマは目覚めず、カグツチは受け入れられることもなく、山人の末裔や黄泉の国の我らも、高天ヶ原の神々もここまで動くことはなかっただろう。
あの子こそ、地上だけでなく黄泉の国や高天ヶ原、邪馬台国がある世界、レイヤード構造になっているこの世界すべてを統べるにふさわしい王の中の王、真王になるだろう。
妾は、あの子が妾の遠い子孫であることを、妾は誇りに思う」
サブローの中に芽生えるこの感情は一体なんだろう。
彼は常に怒っていた。だから、怒りをコントロールできるすべを覚えた。
だが、この感情はコントロールできない。
「私はカルマが目覚めたと聞かされるまで、真王になるのは自分だと思っていました」
ああ、そうか、これが嫉妬か。
男の嫉妬は女のそれより恐ろしいと聞いたことがある。
なるほど。
これは、コントロールできそうにない。
その瞬間、デウスエクスマキナ・ヴィシュヌが飛来した。
胸部のコックピットが開き、あちら側のエビスサブローが顔を覗かせる。
改めて、間近に実物を見て、本当に、同じ名前だけでなく同じ顔をしていることに驚いた。
「ひとりでくるように言ったはずだが……
君がなぜ、女の子を連れているのかはおいおい聞くとして、まずはこちらから場所を指定しておいて、待たせてすまなかった。
君に聞きたいことがたくさんありすぎて、聞くことをメモしていたら、メモをしている間に思い出すこともあったりして、こんな時間になってしまった。
すぐ、降りる」
ちょうどいいタイミングで、この感情の発散相手が現れてくれたことを、サブローは嬉しく思った。
格納庫から、そのままカタパルトデッキに向かい、青空にその身を投げる。
「舞い降りろ、カミシロのカナヤマビコ!」
サブローのカミシロ・カナヤマビコは、アメノトリフネの格納庫にはなかった。
黄泉の国から降臨したカナヤマビコの神の子宮にサブローは吸い込まれる。
カミシロは究極召喚とは異なり、神は器となるヒトガタ=カミシロに、その力を与えるだけだが、カナヤマビコが不安そうにしているのがサブローにはわかった。心配してくれているのだ。
「大丈夫だよ、カナヤマビコ」
サブローは優しく言う。
「あちら側の私は、私と話をしたいだけみたいだから」
それに、何を聞かれるのか、サブローには大体はわかっていた。
あちら側のサブローは、サブローの人生において、いくつかのターニングポイントになった瞬間に常に真逆の選択肢を選んできた存在だ。
だから、サブローにも聞きたいこと、知りたいことは山程あった。
自分とは違う人生を歩んだ、パラレルワールドの自分との会談など、そうそうできるものではない。
少し楽しみに思っていた。
神の子宮のモニターに、イザナミの顔が映し出された。
「相手は、妾やイザナギを知らない汝なのだろう?
妾もイザナギと共に出る。無論ヒサヒトは置いていく。
イザナギは、妾ひとりでも動かすことくらいはできる。だからな、サブロー……
戦闘になるようなことにはならないように、それだけは頼む」
イザナミはペロリと舌を出した。
その笑顔は、それまでサブローが見たこともなかった彼女の顔だった。
子として、夫とても見たことがなかった。父には見せていたのだろうか。
イザナギがヒサヒトのカミシロとして降臨してから、彼女は少しずつではあるが変わりつつあった。
エビスサブローとイザナギは、あちら側のエビスサブローが指定した場所に向かった。
「確か、このあたりには何もなかったはず……」
そこは海が広がっているだけで、高い建築物も何もなかった。
海の真上の空中で、機体同士の通信での会談は、味気ない。
そう思ったふたりは海面に二機のカミシロを横たわらせ、強化外骨格を解除して、イザナギの胸部に座った。
イザナミは、真っ白なワンピースに、麦わら帽子を被っていた。
黄泉の国の女王にはまるで見えず、サブローの目には、彼女はいつもよりきれいに見えた。
「化粧と言うものを莉乃に習ったのだが、似合うか?」
莉乃というのは、オペレーターの細川のことだろう。いつの間にそこまで仲良くなっていたのだろう。
「化粧? イザナミ様が?」
「おかしいか?」
「これから会う相手は私ですよ?」
「だが、妾の知らぬサブローじゃ。
初対面だ。
綺麗な母だと思われたい」
「その体はカオスヒューマンのものだというのに?」
「イチカワアユカじゃ。名前くらい覚えてやれ。
アユカもきっと初対面の男にきれいにみられたいじゃろう。
最近はシャンプーやトリートメントにも気を使っておる。もちろん、化粧水や乳液もだぞ。
髪型だって、黄泉の国の女王なのに、なんと姫カットじゃ」
イザナミは変わった。
その変化は彼女自身の変化なのか、それとも、その体の本来の持ち主であるイチカワアユカの人格が彼女に影響を与えているのかはわからないが。
「イザナミ様は、変わりましたね」
「きっとヒサヒトのせいじゃろうな。
あの子がいなければ、カルマは目覚めず、カグツチは受け入れられることもなく、山人の末裔や黄泉の国の我らも、高天ヶ原の神々もここまで動くことはなかっただろう。
あの子こそ、地上だけでなく黄泉の国や高天ヶ原、邪馬台国がある世界、レイヤード構造になっているこの世界すべてを統べるにふさわしい王の中の王、真王になるだろう。
妾は、あの子が妾の遠い子孫であることを、妾は誇りに思う」
サブローの中に芽生えるこの感情は一体なんだろう。
彼は常に怒っていた。だから、怒りをコントロールできるすべを覚えた。
だが、この感情はコントロールできない。
「私はカルマが目覚めたと聞かされるまで、真王になるのは自分だと思っていました」
ああ、そうか、これが嫉妬か。
男の嫉妬は女のそれより恐ろしいと聞いたことがある。
なるほど。
これは、コントロールできそうにない。
その瞬間、デウスエクスマキナ・ヴィシュヌが飛来した。
胸部のコックピットが開き、あちら側のエビスサブローが顔を覗かせる。
改めて、間近に実物を見て、本当に、同じ名前だけでなく同じ顔をしていることに驚いた。
「ひとりでくるように言ったはずだが……
君がなぜ、女の子を連れているのかはおいおい聞くとして、まずはこちらから場所を指定しておいて、待たせてすまなかった。
君に聞きたいことがたくさんありすぎて、聞くことをメモしていたら、メモをしている間に思い出すこともあったりして、こんな時間になってしまった。
すぐ、降りる」
ちょうどいいタイミングで、この感情の発散相手が現れてくれたことを、サブローは嬉しく思った。
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