H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。
第60話 会いたい人
ジャック改め自称ホワイトジャック・エビスサブローは、
「まただ」
先程までその存在を感じることのできなかった、この世界のエビスサブローの存在が、この世界に現れたのを感じ取った。
彼と同じ名前、同じ顔をしてはいるが、つぎはぎの顔をした、彼が「ブラックジャック」と勝手に呼んでいる男だ。
だから、彼は自らを「ホワイトジャック」と名乗るようになった。
「上位レイヤー世界とやらから帰ってきたか……」
ホワイトジャックは、聖人が率いる千のコスモの会の巨大戦艦「混沌の方舟」の自室から、彼のデウスエクスマキナがある格納庫へと急いだ。
「サブロー? どうかしたの?」
カグヤから通信が入った。
「どうしても会ってみたい相手がいる。
無事にこの世界に帰還したのを感じた。
だから、一度会ってこようかなと思ってね」
「誰? この世界に帰還ってどういう意味? どこの女?」
カグヤは、とても嫉妬深い女だった。
そのくせ、サブローという男がいながら、ミカドを千年以上キープしたままなのだからたちが悪い。
彼女は今では月の民であるから、かつてのように様々な男たちから求婚されたりはしていないが、─月ではもしかしたらまだ続いているのかもしれない─、男友達は多く、逆に女友達はひとりもいない。
この星にも、月にも。
サブローからの愛だけではたりず、ミカドやその他大勢の男たちから愛されたい、チヤホヤされたい。
所謂、よくいる、女が嫌いな女だった。
彼女は自分以外のすべての女が嫌いだった。
特に聖母のことを大変嫌っていた。
聖母もまたしかり。
ふたりを見ていると、サブローは、これが同族嫌悪か、と思った。
「こちら側の世界の私だ」
だからサブローは、いや自称ホワイトジャックは、事実ではあるが、彼女のご機嫌を損ねない言い回しで答える。
「この世界にもあなたがいるの?」
「ああ、しかも、おそらく父や母と再会していて、あなたは月に帰ったまま」
答えながら、カグヤはこの世界の月のかぐや姫とも仲良くなれないだろうなと思った。
「そう、あなたとは別の人生を歩んだのね」
「父や母のことを知りたい。会えるなら会わせてほしい
「あなたは、わたしを選んだことを後悔しているの?」
「後悔はしていない。
わたしにとって、あなたはかけがえのない存在だ
だが、知りたいのだ。会えるのなら会いたいのだ。
なぜわたしを棄てたのか、その理由を知りたいのだ。
神話にある通りの理由だとしたら、斬って捨てるつもりでいる」
「ついていってもいいかしら?」
「どうして?」
「こちら側のあなたはわたしをえらばなかったわけでしょう?
わたしを選ばず、あなたを捨てた親を選んだ。
あなたは、わたしを選び、あなたを棄てた親を選ばなかった。
どちらのあなたも、きっと正しい選択をした。
でも、あなたは親を忘れられないでいる。許せないでいる。
おなじように、こちら側のあなたはきっと、わたしをわすれられないでいるはず……
わたしを選んでくれなかったこの世界のあなたに、わたしはとても興味があるの」
彼女はこの世界のサブローからもちやほやされたいのか。そう思うと、寂しく、悲しく、とてもむなしい気持ちになる。
「それに、あなたが心配。
あなたがわたしを捨てて、親のところにいっ」
「それだけは絶対にない。
わたしはあなたを愛している」
「ありがとう。
でも、それでも、やっぱりついていきたい。
あなたといっしょにいたい」
彼女の本心は千年以上わからないままだった。
「わかった。
ならば、ともに行こう。
格納庫で待っている」
自称ホワイトジャックは、デウスエクスマキナ・マークスリー・ヴィシュヌに搭乗すると、マークテン・サティに乗り込むカグヤに声をかけた。
「カグヤ、あなたを選ばなかったこの世界の私は不幸だと、私は思う」
「わたしは、この世界のあなたにえらばれなかった、この世界のわたしをかわいそうに思うわ」
うふふ、あはは、と、ふたりは笑い合い、
『愛してる』
と、同時に言った。
本当に愛されているかどうか、わからないまま……
「あ、見て見て、クシナダ!
また海から飛び出てる建物があるよ!」
ツバイニジカの駆るクシナダは、紀元前3000年以来、5000年ぶりに再び起きた大洪水に沈んだ世界の空を、氷の上を滑るように飛んでいた。
ニジカが、そしてクシナダが見た風景、その座標は、アメノトリフネへと転送され、音波やドローンによる世界地図の作成に一役かっていた。
「ねぇ、クシナダ、世界ってひろいね。
どこまでも続いてて……あ、それは、星が丸いからだっけ?」
「あれ? まだ、お昼なのにお月様が出てる。
ねぇ、知ってる?
クシナダの武器は、『月が綺麗ですね』っていうんだって。武器なのに変な名前だよね。
月は毎日形が変わるの。その全部の形がクシナダのまわりをずっとぐるぐるまわってて、クシナダとニジカを守ってくれる。
ニジカの大好きな棗がくれたの
棗、どこにいっちゃったんだろ……会いたいな……」
クシナダは、正体不明の機動兵器二機の接近をニジカに伝える。
それは、自称ホワイトジャックのデウスエクスマキナ・マークスリー・ヴィシュヌと、カグヤのマークテン・サティだった。
「あ、敵だ。見たことないのと、あるのがいる。
こいつらすごく強かったね。
でも、大丈夫だよ、クシナダ。
棗がくれた28個の月が、勝手に動いてくれるから。
クシナダとニジカを守ってくれるし、たった二機ならやっつけてくれる。
だから、今は月を見てよう?
あそこには、うさぎがたくさん餅つきをしてて、かぐや姫っていうお姫さまがいるんだって。
きっとおもちの大食い選手権をしてるんだよ
ねぇ、クシナダ、月って本当に綺麗だね」
自称ホワイトジャックとカグヤは、一機のカミシロを目視で確認できる距離で機体を停め、真昼に浮かんだ月をただただ見つめるその機体を観察していた。
「あの子、わたしたちにきづいていないのかしら。ずっと月をみてるわ」
「いや、たぶん気づいてる。
どうやら、あの機体のまわりをまわっているのは、私の機体の武器と同じようなもののようだ」
「自律防御と自律攻撃を行うわけね」
「だから、私たちに気づいていても、月を眺めていられるんだろう」
「よっぽど月が好きなのね。
機体といっしょに月を見上げて、その機体は様々な形の月にまもられていて。
きっといい子だわ」
カグヤには、なぜかその機体の中にいるのが、まだ幼い女の子だとわかった。
そして、その女の子には会いたい人がいるということも。
月を見るたびにその子は会いたい人を思い出すことも。
なぜ、カグヤにそれがわかるのか。
月の民だからだろうか?
人の月にまつわる大切な記憶や想いを感じる力がいつのまにか身に付いていたとでも?
たぶん、そうじゃない。
きっと彼女の想いが強すぎて、だだもれになっているだけだ。
感受性の豊かな者であれば感じとれてしまうほどに。
「これは、なんだ?
あの機体の中にいる少女から流れ込んできているのか?」
ほら、サブローも感じてる。
少女が会いたい人は、カグヤにとってもサブローにとっても顔見知りの男だった。
ふたりとも、本来の彼のことはよく知らない。
知り合って間もなく、彼は東京の地下、アンダーグラウンドへの潜入の任務についたからだ。
今はその体を聖人に奪われてしまったその男の名前は、棗弘幸。
カグヤは、カミシロの通信網に割り込み、今は聖人だが、その体は棗弘幸のものである写真と、混沌の方舟の位置を示す座標だけを送った。
すると、カミシロは、カグヤやサブローの目の前を通りすぎ、まっすぐ混沌の方舟に向かっていった。
「会えるといいわね、彼に」
そう言うカグヤに、
「会えないとわかっていて、君は残酷なことをするね」
サブローは言った。
幼い女の子ですら、彼女にとっては敵なのだ。
「ひどい言い方。
わたしたちは戦闘を回避できたし、あの子もあの機体も聖人にたどり着く前に混沌の方舟に墜とされる。
わたしは、とてもいいことをしたのよ」
「まただ」
先程までその存在を感じることのできなかった、この世界のエビスサブローの存在が、この世界に現れたのを感じ取った。
彼と同じ名前、同じ顔をしてはいるが、つぎはぎの顔をした、彼が「ブラックジャック」と勝手に呼んでいる男だ。
だから、彼は自らを「ホワイトジャック」と名乗るようになった。
「上位レイヤー世界とやらから帰ってきたか……」
ホワイトジャックは、聖人が率いる千のコスモの会の巨大戦艦「混沌の方舟」の自室から、彼のデウスエクスマキナがある格納庫へと急いだ。
「サブロー? どうかしたの?」
カグヤから通信が入った。
「どうしても会ってみたい相手がいる。
無事にこの世界に帰還したのを感じた。
だから、一度会ってこようかなと思ってね」
「誰? この世界に帰還ってどういう意味? どこの女?」
カグヤは、とても嫉妬深い女だった。
そのくせ、サブローという男がいながら、ミカドを千年以上キープしたままなのだからたちが悪い。
彼女は今では月の民であるから、かつてのように様々な男たちから求婚されたりはしていないが、─月ではもしかしたらまだ続いているのかもしれない─、男友達は多く、逆に女友達はひとりもいない。
この星にも、月にも。
サブローからの愛だけではたりず、ミカドやその他大勢の男たちから愛されたい、チヤホヤされたい。
所謂、よくいる、女が嫌いな女だった。
彼女は自分以外のすべての女が嫌いだった。
特に聖母のことを大変嫌っていた。
聖母もまたしかり。
ふたりを見ていると、サブローは、これが同族嫌悪か、と思った。
「こちら側の世界の私だ」
だからサブローは、いや自称ホワイトジャックは、事実ではあるが、彼女のご機嫌を損ねない言い回しで答える。
「この世界にもあなたがいるの?」
「ああ、しかも、おそらく父や母と再会していて、あなたは月に帰ったまま」
答えながら、カグヤはこの世界の月のかぐや姫とも仲良くなれないだろうなと思った。
「そう、あなたとは別の人生を歩んだのね」
「父や母のことを知りたい。会えるなら会わせてほしい
「あなたは、わたしを選んだことを後悔しているの?」
「後悔はしていない。
わたしにとって、あなたはかけがえのない存在だ
だが、知りたいのだ。会えるのなら会いたいのだ。
なぜわたしを棄てたのか、その理由を知りたいのだ。
神話にある通りの理由だとしたら、斬って捨てるつもりでいる」
「ついていってもいいかしら?」
「どうして?」
「こちら側のあなたはわたしをえらばなかったわけでしょう?
わたしを選ばず、あなたを捨てた親を選んだ。
あなたは、わたしを選び、あなたを棄てた親を選ばなかった。
どちらのあなたも、きっと正しい選択をした。
でも、あなたは親を忘れられないでいる。許せないでいる。
おなじように、こちら側のあなたはきっと、わたしをわすれられないでいるはず……
わたしを選んでくれなかったこの世界のあなたに、わたしはとても興味があるの」
彼女はこの世界のサブローからもちやほやされたいのか。そう思うと、寂しく、悲しく、とてもむなしい気持ちになる。
「それに、あなたが心配。
あなたがわたしを捨てて、親のところにいっ」
「それだけは絶対にない。
わたしはあなたを愛している」
「ありがとう。
でも、それでも、やっぱりついていきたい。
あなたといっしょにいたい」
彼女の本心は千年以上わからないままだった。
「わかった。
ならば、ともに行こう。
格納庫で待っている」
自称ホワイトジャックは、デウスエクスマキナ・マークスリー・ヴィシュヌに搭乗すると、マークテン・サティに乗り込むカグヤに声をかけた。
「カグヤ、あなたを選ばなかったこの世界の私は不幸だと、私は思う」
「わたしは、この世界のあなたにえらばれなかった、この世界のわたしをかわいそうに思うわ」
うふふ、あはは、と、ふたりは笑い合い、
『愛してる』
と、同時に言った。
本当に愛されているかどうか、わからないまま……
「あ、見て見て、クシナダ!
また海から飛び出てる建物があるよ!」
ツバイニジカの駆るクシナダは、紀元前3000年以来、5000年ぶりに再び起きた大洪水に沈んだ世界の空を、氷の上を滑るように飛んでいた。
ニジカが、そしてクシナダが見た風景、その座標は、アメノトリフネへと転送され、音波やドローンによる世界地図の作成に一役かっていた。
「ねぇ、クシナダ、世界ってひろいね。
どこまでも続いてて……あ、それは、星が丸いからだっけ?」
「あれ? まだ、お昼なのにお月様が出てる。
ねぇ、知ってる?
クシナダの武器は、『月が綺麗ですね』っていうんだって。武器なのに変な名前だよね。
月は毎日形が変わるの。その全部の形がクシナダのまわりをずっとぐるぐるまわってて、クシナダとニジカを守ってくれる。
ニジカの大好きな棗がくれたの
棗、どこにいっちゃったんだろ……会いたいな……」
クシナダは、正体不明の機動兵器二機の接近をニジカに伝える。
それは、自称ホワイトジャックのデウスエクスマキナ・マークスリー・ヴィシュヌと、カグヤのマークテン・サティだった。
「あ、敵だ。見たことないのと、あるのがいる。
こいつらすごく強かったね。
でも、大丈夫だよ、クシナダ。
棗がくれた28個の月が、勝手に動いてくれるから。
クシナダとニジカを守ってくれるし、たった二機ならやっつけてくれる。
だから、今は月を見てよう?
あそこには、うさぎがたくさん餅つきをしてて、かぐや姫っていうお姫さまがいるんだって。
きっとおもちの大食い選手権をしてるんだよ
ねぇ、クシナダ、月って本当に綺麗だね」
自称ホワイトジャックとカグヤは、一機のカミシロを目視で確認できる距離で機体を停め、真昼に浮かんだ月をただただ見つめるその機体を観察していた。
「あの子、わたしたちにきづいていないのかしら。ずっと月をみてるわ」
「いや、たぶん気づいてる。
どうやら、あの機体のまわりをまわっているのは、私の機体の武器と同じようなもののようだ」
「自律防御と自律攻撃を行うわけね」
「だから、私たちに気づいていても、月を眺めていられるんだろう」
「よっぽど月が好きなのね。
機体といっしょに月を見上げて、その機体は様々な形の月にまもられていて。
きっといい子だわ」
カグヤには、なぜかその機体の中にいるのが、まだ幼い女の子だとわかった。
そして、その女の子には会いたい人がいるということも。
月を見るたびにその子は会いたい人を思い出すことも。
なぜ、カグヤにそれがわかるのか。
月の民だからだろうか?
人の月にまつわる大切な記憶や想いを感じる力がいつのまにか身に付いていたとでも?
たぶん、そうじゃない。
きっと彼女の想いが強すぎて、だだもれになっているだけだ。
感受性の豊かな者であれば感じとれてしまうほどに。
「これは、なんだ?
あの機体の中にいる少女から流れ込んできているのか?」
ほら、サブローも感じてる。
少女が会いたい人は、カグヤにとってもサブローにとっても顔見知りの男だった。
ふたりとも、本来の彼のことはよく知らない。
知り合って間もなく、彼は東京の地下、アンダーグラウンドへの潜入の任務についたからだ。
今はその体を聖人に奪われてしまったその男の名前は、棗弘幸。
カグヤは、カミシロの通信網に割り込み、今は聖人だが、その体は棗弘幸のものである写真と、混沌の方舟の位置を示す座標だけを送った。
すると、カミシロは、カグヤやサブローの目の前を通りすぎ、まっすぐ混沌の方舟に向かっていった。
「会えるといいわね、彼に」
そう言うカグヤに、
「会えないとわかっていて、君は残酷なことをするね」
サブローは言った。
幼い女の子ですら、彼女にとっては敵なのだ。
「ひどい言い方。
わたしたちは戦闘を回避できたし、あの子もあの機体も聖人にたどり着く前に混沌の方舟に墜とされる。
わたしは、とてもいいことをしたのよ」
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