H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。

雨野美哉(あめの みかな)

第58話 テトラグラマトン

ヒサヒトはついに、本当に神人合一を果たし、真王となる資格を手に入れた。

これまでヒサヒトは神人合一を果たしたと言われても、あまりというか全くといっていいほどに、自覚がなかった。
本来の体だけのときと、カグツチ神からの借り物のかりそめの体のときと、神人合一したはずの体が、精神が、魂が、皆が言うほど変わった気がしなかったからだ。
変わったのは、強化外骨格だけ……
自分は何も変わっていない。
ただ王族にうまれたから、それだけの理由で、皆や神たちも力をかしてくれた。
だから、これまではなんとかやってくることができた。ただ、それだけ。
数多くの人々の犠牲の上に、自分は生かされているだけ。
自分が真王になど、なれるはずがない。真王がどんな王なのかすらヒサヒトにはわからないのだ。
そんな自分を情けなく思っていた。

真の神人合一を果たした今、ヒサヒトは全身にみなぎる力を感じていた。
しかし、肉体だけが先に成長し、心がまだ全然おいついていない、と感じていた。
ヤマヒトといっしょにスカイツリーのてっぺんに登ったあのはじまりの日のまま。ガキのまま。バカ王子のまま。
いや、さすがにもうバカ王子じゃねえし! 最初からバカ王子じゃないから!

この世界には、ヒサヒトの大切な人がたくさんいる。
この世界には、ヒサヒトを大切に思ってくれる人がたくさんいる。
世界とかよりも、ヒサヒトはその人たちを守りたかった。たぶん、その人たちを守ることが世界を守ることに繋がる。
だから、世界なんかおまけだ。

ヒサヒトは、ただただ、もっと強い大人になりたいと思った。


山人の末裔であるヤマヒトは、

「もう私はこれに頼るのをやめます」

と、銃口が八股にわかれた大蛇丸を、ヒサヒトに手渡した。

「もう八十三式には頼りません。私はあくまでも山人の末裔として戦います」

大蛇丸を受け取ったヒサヒトの手の中で、八股の拳銃は液体金属にもどり、ヒサヒトの体の中に入っていった。
それは幼いヒサヒトを守るため、ヒサヒトの血液(=ヒヒイロカネ)から作られたものだった。

「これで、ヒサヒト様の強化外骨格はさらなる力を得ることにもなるでしょう」

ヒサヒトのカグツチ業が、オロチを迎えいれるのを、彼は感じた。
オロチは、ヒサヒトの二百五十五式に吸収され、カグツチ業は、三百三十八式強化外骨格・カグツチオロチノカルマへと進化した。カグツチ・業の第二形態である。
三種の強化外骨格から出来ていることから、後に「歴史の空白の三種の神器」となる。
名前が長くてよびづらいからと、ヒサヒトから「トリニティ」とよばれるようになるものも、後の世では三種の神器として奉られるのだ。



同時刻、バチカン市国にある国立デュルケーム研究所では、ついに聖人のためのデウスエクスマキナが完成していた。

教会が信じる神は唯一神であったから、マークゼロからマークトゥエルブまでは、ヒンドゥー教の神、ブラフマーやアートマン、ヴィシュヌ、シヴァ、シヴァの妻であるパールバティーらの名前が与えられていた。シヴァの別名が与えられているのは、機体の色や装備こそ異なるが、マークツーの量産型にあたる。
シヴァにはキング・トランプが、その妻パールバティーらにはクイーンであるアリス・T・テレスや、カグヤ、旗本慧子が、そしてそれ以外の者たちは各々が好きな機体を選んだ。
一度撃墜された機体だからと、誰もがヴィシュヌを避けるなか、エビスサブローだけが、私にはシヴァに次ぐ力を持つこの機体の力が必要だといい、それを選んだ。

使徒の欠番を埋めるべく、新たにこの世界の不老不死の存在である天津祝人(あまつ のりと)、禍津祝斗(まがつ のりと)、不老不死の秘薬を飲まされた教皇の3人が使徒となり、十三人となった。

これで、準備はあらかた整った。

あとは聖人が、デウスエクスマキナに父の名を与え、父を降臨させるだけ。
それには、儀式めいたものは必要なく、父の名を与えた時点で父は降臨した。

聖人がデウスエクスマキナ・テトラグラマトンのコックピットに乗り込むと、唯一無二にして絶対的な存在の神は、神の子を拒絶した。

「さすがは、父さんだ。ぼくなんかに操縦されたくないらしい」

聖人はコックピットから弾き出され、コンクリートの床にしたたかに背中をぶつけたが、何事もなかったように立ち上がると嬉しそうにそう言った。

しかし、それは、聖人には想定内のことだった。
だから、聖人の肉体となった棗弘幸という男の八十三式極・全一やカミシロ・オホワタツミをいつでも扱えるようにすでに準備はしてあった。


この子は、あの頃と何も変わっていない。
聖母は聖人を見て思った。
2000年前と、何も。
自分は常に正しく、常に完璧。
他人のことを、母であるわたしのことも、神である父ですら、チェスの駒くらいにしか思っていない。
わたしが育て方を間違えたのだろうか?
夫の留守中に、男を連れ込んだのがいけなかったのだろうか?
だけど、あの夫は、すべてにおいて、わたしを満足させてくれなかった。
天使が舞い降りてきた、このお腹の子は神の子だというわたしの嘘に、嘘だと知りつつ生涯つきあってくれた。
やさしい夫だった。
なぜわたしは、そんなやさしい人を裏切るような真似をしたのだろう。
それは、やっぱり、わたしは彼では満足できなかったから。
きっとわたしは、どんなに富を得ても、どんなに愛されても、満足することができないのだ。まるでクラインの壺。

嘘に嘘をかさねて、この子を神の子として育てた結果、あれから2000年もの長いときを経た今も、世界を、人々を苦しめている。

わたしは、どうすればよかったのだろう?
これからどうすればいいのだろう?

気づくと、聖母は涙を流していた。


テトラグラマトンはパイロット不在のまま自ら動き出す。

「それでいい。好きなだけ暴れるんだ、父さん」

テトラグラマトンは、研究所を破壊して外に出る。
空に浮かぶと、まるで挨拶代わりとでもいうかのように、



ノアの時代と変わらぬ規模、あるいはそれ以上の、大洪水を引き起こした。

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