H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。

雨野美哉(あめの みかな)

第56話 不純物

エビスサブローが、イザナミやヒサヒト、アイコたちアメノトリフネのクルーが食事を楽しむパーティー会場に着いたときには、ヒサヒトは何故か床に横たわり戦闘不能(HPが0)の状態にあり、イザナミとアイコが難しい顔をして話をしながら食事をしていた。

サブローはアイコとは確か初対面のはずだが、上座に座っていることと、イザナミと難しい話をしていることから、すぐにその女がアイコだとわかった。
同時に、それがイザナミがカオスヒューマンのイチカワアユカの体を借りているように、アイコの体を借りた何者かであると気づいた。
その何者かが、イザナミやサブローたち、神よりもはるかに上の存在であることも。

サブローは、気づいていることを悟られぬように、イザナミ様、アイコ様と声をかけた。
彼や双子が死んだと思い込んでいたイザナミが唖然として口をぽかんとあけているのを横目に、

「アイコ様、お初にお目にかかります。
黄泉の国の女王イザナミの従者、エビスサブローと申します」

と、頭を垂れた。

「それから、こちらのふたりは、私と同じイザナミの従者の比良坂ヨモツと比良坂コヨミ」

ふたりを紹介しおえると、サブローはふたりにヒサヒトの手当てを命じた。


顔は瓜二つでも、双子は持って生まれた才能に違いあった。
サブローに似たヨモツは黄泉の術式とよばれる、いわゆる魔法のようなものを扱うことができないが、百式やカミシロを使っての戦闘に長けている。
イザナミに似たコヨミは逆に黄泉の術式を得意とし、戦闘には向いていない。

コヨミは、すぐにヒサヒトが体に受けたダメージの治癒にとりかかった。
ヒサヒトがカグツチと神人合一を果たしたからだろうか。治癒には少し時間がかかりそうだった。

いや、ちがう。
ヒサヒトは神人合一を果たしていない。

コヨミは、彼の体にヒサヒトでもカグツチでもない存在、不純物とでもいうべきものが、混じっていることに気づいた。

「コヨミ、どうかした?」

「ヒサヒトの体に、ヒサヒトでもカグツチでもない何かがいるの。それが神人合一の邪魔をしてる」

「それは何?」

「わかんない」


エビスサブローなら簡単に答えが出せる問題であったが、彼はいま、それどころではなかった。

「サブローよ、生きていたなら生きているとなぜ連絡をよこさぬ。
それにそのつぎはぎの顔はなんじゃ。
親からもらった大切な体に傷をつけおって。ピアスやタトゥーならまだしも」

「ピアスやタトゥーはありだったんですか」

イザナミはこんな風であったし、

「サブローさん、あなたは私がアイコさんではないことを気づいていますね。なぜ気づかないふりをしているのです?」

サブローは、後に概念そのものであり灰音という名前だと知らされるアイコの体を借りた者から、尋問のようなことを受けていた。
概念灰音はヒサヒトの傍らにいる双子を見ると、

「なるほど、ヒサヒトさんが完全に神人合一ができていないことに気がついたのですね。時間稼ぎというわけですか」

ヒサヒトが、神人合一ができていない?
サブローはそう言われてはじめて気づいた。

「ヒサヒトさんの体には、ヒサヒトさんの本来の体とカグツチさんという神以外の不純物とも呼ぶべきものが存在します。
それを取り除かねば真の神人合一は果たせない」

ヨモツとコヨミの会話を聞けずじまいに終わっていたが、代わりに概念が教えてくれた。

「イザナミ様、何か心当たりは?」

「……ない。そんなことより妾の問いに、はよう答えよ。
そのつぎはぎの顔はなんじゃ?」

「ヒサヒトが本来の体を取り戻したのはいつですか?
不純物がまじるとしたら、そのときしかない。
九頭龍人マガツヤマヒトとの戦いを終えたあとではないですか?」

禍津九頭龍獄にヒサヒトの本来の体はあった。死体として。
それをサブローは知らなかったとはいえ、禍津九頭龍獄ごと破壊してしまった。
しかし、山人の末裔は、そのときにはもう禍津九頭龍獄とコアとの融合を果たしていた。
ヒサヒトの本来の体が存在したなら、九頭龍人にとりこまれていたとしか考えられなかった。

「そんなことは今はいい。今はそのつぎはぎの顔の話をしているのだ!」

サブローは不純物が何であるか気づき、コヨミに言う。

不純物は、日本の先住民族、山人の末裔だ。あるいは九頭龍人かもしれないが。
ヒサヒトの体の中から、そいつを追い出せ

コヨミは言われた通りに黄泉の術式を行う。
ヨモツが、彼女を後ろからだきしめる。

「お兄ちゃん?」

「ぼくには、コヨミのように黄泉の術式は使えない。けど、魔力をコヨミにあげることならできるから」

「お兄ちゃん……」

ヒサヒトの体が光り輝きはじめる。
やがて、パーティー会場が閃光に包まれたあと、皆が目を開けると、ヒサヒトの隣に山人の末裔が横たわっていた。
山人の末裔はむくりと起きあがると、


「ごぶさたしております、どうも不純物です」


と名乗った。

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