H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。

雨野美哉(あめの みかな)

第53話 ジャック×ジャック

元十三評議会の議員で、現在は聖人の使徒「千のコスモの会」のひとりであるジャック・エビスサブローは、真夜中に聖人と聖母の寝室を訪ねていた。

聖人は無印良品の人をダメにするソファの上で、聖母から授乳(エターナルマザーズミルク)を受けている真っ最中だった。


サブローは、この世界に来てからずっと、違和感を感じていた。

彼が元いた世界と、この世界は、とてもよく似ていた。
だから、彼と同じ名前をもち、同じ顔を持つ人間(といっても、彼は神であるが)がいたとしても、それは別段おかしなことではないし、神である彼が、パラレルワールドに存在する自分自身の存在の気配に気づいたとしても、なんらおかしなことではなかった。

ジャックが感じる違和感は、どうやらこの世界の自分は、普段はこの世界にはいないようだ、というものだった。
だから、普段からその存在を感じているわけではない。
普段は別の世界にいて、この世界に用があるときだけ現れ、用を終えると帰る。
世界を越えるその瞬間がジャックに大きな違和感を与え、この世界にいる間はずっと違和感が続く。
ただ、それだけのことだ。
一度死を迎えたこともわかった。
それなのに、再びこの世界に現れた。
不老不死ではないが、よみがえりができる存在なのだろうか。

かつて、彼はカグヤと共に、残念ながらミカドも共にであったが、不老不死の霊薬を飲み、今はひとり、富士山のふもとで山の守り人として生活をしていた。
いつか、父や母に会いたいと思ってはいたが、高天ヶ原や黄泉の国がどこにあるのかなど、生まれてすぐに棄てられた彼には検討もつかなかった。
だから、カグヤが月へと帰ったあとも、彼は彼女と共にそだった榊ミヤツコの家で、ミヤツコやその妻が他界したあとも、新月の夜にだけ帰ってくるカグヤを待ちながら、榊ミヤツコのしていた、野山に混じりて竹を取りつつよろずのことに使いけり、という生活をしていた。

サブローには、まだ理解ができないでいたが、彼がいた世界では高天ヶ原や黄泉の国は、どこにあるのかさえわからなかったが、この世界では3つの世界が同じ場所に存在しているという。
上位や下位のレイヤー世界だとか、3つの世界がレイヤード構造をしているだとか、いまだによく理解できないのだが、どちらも今彼がいる世界のすぐそばに、いやまさにその場所に、見えないだけで存在するらしい。

だが、ひとつだけわかったことがあった。
この世界のエビスサブローは、自分とは全く異なる人生を歩んできた、ということだ。
もしかしたら、普段は父か母のもとにいるのではないか? だとしたらカグヤのことはどうしたのだ?

12機のデウスエクスマキナで、アメノトリフネのたった一機のカミシロを、それも九頭龍人との戦いのあとで手負いの機動兵器を、聖人の命令で襲った際、サブローはすぐそばにこちらの世界のエビスサブローがいるのを感じた。
そして、サブローは、実際にその機動兵器が、高天ヶ原か黄泉の国かはわからないが、転移したのを目の当たりにした瞬間、疑念は確信に変わった。
同時にこちらの世界のエビスサブローもまた転移をしたのを感じた。

その際、こちらの世界のエビスサブローを、サブローはモニターで黙視確認した。
カミシロに乗っていたが、一度だけそのコックピット(神の子宮)から、顔を出したのだ。
つぎはぎの顔をしていた。だが、その顔はサブローにうりふたつであった。
漆黒の闇のような黒い機体と強化外骨格。
私がジャックなら、彼はブラックジャックだ。


聖人は、サブローに授乳行為(エターナルマザーズミルク)を邪魔され、大層不機嫌であった。

「聖人よ、私はこれより、ジャックという呼び名を改め、ホワイトジャックと名乗りたいが、良いか?」

「好きにすれば?」

聖人は、どうでもよさそうに答えると、再び聖母の母乳(エターナルマザーズミルク)を、ごくごくと飲みはじめた。

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