H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。

雨野美哉(あめの みかな)

第49話 月が綺麗ですね

「未確認飛行物体が4機接近!」

アメノトリフネのブリッジで、オペレーターの細川莉乃(ほそかわ りの)が叫ぶ。

「いずれも、人型の機動兵器です!」

「よりによって、こんなときに来るか。
教会か新たな勢力かわからないが、厄介にもほどがある」

莉乃の恋人の空地航あきち こうは、彼女のそばの床に座って手作りのチーズケーキを手づかみで食べていた。
食べ終わると、まず舌打ちをし、そのあと指をなめながら、八十三式をその身にまとう。

「こちら、空地航、整備班聞こえるか?」

インカムで格納庫の整備班に連絡を入れた。

「聞こえます。なんです? そんなにあわてて」

「艦内放送を聞いていなかったのか?」

「館内放送?」

「あ、航くん、それ、まだしてないから」

莉乃が航の腕を引っ張り言った。

「え?」

「ブリッジのみんなに伝えただけ」

「……そうか。
すまない、艦内放送はまだだったらしい」

「ですよね」

「正体不明の人型機動兵器が4機接近中だ! すぐに出撃したいが、可能か?」

「えっと、どちらさまでしたっけ?」

「空地航。
八十三式強化外骨格の名は色欲、
カミシロはイハツノチビコ」

「おーい、正体不明の人型機動兵器が4機も接近中らしいぞー」

整備班のノリは軽かった。ヒップホップの音楽が流れているのが聞こえる。なんだっけ、この曲……あぁ、確か、「公開処刑」。

「空地って人がすぐ出るって言ってるけど、イハツ、、、イハツなんでした?」

「イハツノチビコだ!」

「ダイハツノチビッ子ってカミシロ、整備終わってる?」

「イハツノチビコだ!」

「ダイハツノチビッ子? どれだよ、それ。
似たような名前のやつばっかりで、どれがどれだかわかんねえよ」

「もういい!」

空地航は、無線を放り投げるとブリッジを飛び出し、格納庫へと向かっていく。


細川莉乃は、やっぱり彼じゃなくヒサヒト様の方が良かったな、と思いながら艦内放送を入れた。
ヒサヒト様があんなにかっこよくなるなんて、夢にも思わなかった。
だけど、他に選択肢がなかったわけじゃないのに、わたしの手作りのチーズケーキを手づかみで食べるような男を選んだわたしは本当に男を見る目がない、莉乃はそう思いため息をついた。

ブリッジの全員がくすくすと笑う。

「莉乃、心の声が艦内放送でだだもれ」



四機のアンノウン、未確認飛行物体の正体は、無論デウスエクスマキナであり、そのパイロットは、聖人と聖母、サンジェルマンと旗本慧子だ。
彼らがアメノトリフネを襲撃したとき、アメノトリフネはあまりに手薄過ぎたと言える。

ヒサヒトもイザナミもおらず、女王アイリの人格が消失した後のアイコは多重人格化し、ヤマヒトも棗も不在。
艦長をつとめられる者がいなかった。

もちろん、ダイドウカズキやミヤザキ、アサクラことキュロ・ヒゥトカもいない。
覚えているだろうか? 彼のことを。
実はキュロという名前も、彼が発症していた深刻な中二病的な真名であり、本名ではなかった。本当はタカヒト様ということを今さらながら付け加えておこう。

イザナミがいないということは、その肉体の本来の持ち主であるカオスヒューマンのイチカワアユカの不在を意味する。

八十三式を使いこなせ、なおかつカミシロを持つものは限られていた。
かつてセカンドバベルを内部から攻略する作戦が立案された際、攻略班が作戦に失敗した際に外部からの破壊を試みる破壊班が棗により組織されていたが、七人いたメンバーのうち、旗本慧子はすでに行方不明であり、カミシロを扱えるのは残りのあと六人とカオスヒューマンのツバイニジカだけだった。

一番に、カタパルトデッキから飛び出したのは、ツバイニジカのクシナダだった。


「たった4機でしょ? ニジカひとりで全然余裕だし!」

クシナダは、機動性に優れ、他のカミシロの追随を許さないほどの速度と機動兵器とは思えない軽やかな身のこなしを誇る一方で装甲はあまりに薄かった。敵の攻撃力・火力次第では一撃で撃墜されることもありえるほどに。
それを補うために、機体の周りをさまざまな月の形をした28の自動防衛攻撃レーザー兵器「月が綺麗ですね」を新たに装備していた。
これにより、攻撃、防御、速度に優れた機体へと進化していた。
その、武器の名称としては不釣り合いな言葉は、かつて夏目漱石がアイラブユーの日本語訳として考えた言葉であり、棗弘幸のニジカへの最後の贈り物だった。

続いてカタパルトデッキから飛び出したのは、富嶽サトシ(ふがく さとし)のオホヤビコと、秋月レンジ(あきつき れんじ)のオホコトオシヲだった。
彼らは出撃後三分も持たずに、たった一機のアンノウンに2機同時に機体を一刀両断され爆発した。
海面に落下したふたりは、浮かび上がり、ため息を同時につく。
八十三式がただの強化外骨格でなく、カミシロのパイロットスーツとして、機体の爆発にも耐えられるような仕様でなかったなら、ふたりの命はすでになかっただろう。

続いて、甲斐千尋かい ちひろ、富田紘子とみた ひろこ、宮沢渉みやざわ わたるが、それぞれのカミシロであるイハスヒメ、オホトヒワケ、アメノフキオで出撃し、空地航のイハツノチビコが出撃したのは、最後のことだった。

しかし、それからさらに三分後には、クシナダ以外のカミシロは、すべて撃墜されていた。


「さすがのニジカも、これはちょっと負けちゃうかも」

機体自体に大きな、圧倒的な戦力差があるというのに、一対四という状況では、さすがのニジカももう笑ってはいられなかった。



アメノトリフネの医務室で眠るアイコの中で、アイコに代わり主人格となり、さらに他の人格すべてを統率する、新たな人格が目覚めなければ、おそらくアメノトリフネは大破していたことだろう。

アイコの中に目覚めた新たな人格は、目覚めた瞬間にアメノトリフネとその関係者すべてをその場から上位レイヤー世界へと転移させた。
大破による爆発を偽装までさせて。

アメノトリフネほど巨大な戦艦の転移は、周囲に甚大な被害をもたらした。
オーストラリア大陸を消滅させ、星の地軸の歪め、形さえも変えた。


アメノトリフネがたどり着いた場所もまた、邪馬台国であった。

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