H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。
第38話 二柱の神
禍津九頭龍獄はエビスサブローによって破壊され、混沌の樹海のセフィロトの樹もまた、比良坂兄妹により地上からすべて消失した。
しかし、ヤマヒトはすでに禍津九頭龍獄のコアである淡路島をその身に取り込んでおり、山人の体を捨て九頭龍人と化していた。
彼は自らをマガツヤマヒトと名乗り、サードからエイスまでのすべてのバベルを破壊した。
世界からすべてのセフィロトの樹とすべてのバベル、そして、日本列島が消え、三日が過ぎた。
彼は日に日に、その魂に刻まれた宿命を忘れつつあった。
彼の行動理念からは、山人の末裔としての責務はすでになかったが、もはや数百回も輪廻転生を繰り返しそのたびに失敗し続け、今度こそはと固く決意していた109回目の裏切りさえもどうでもよくなりかけていた。
目の前に存在するものすべてを破壊しなければ気がすまない。
破壊衝動だけが彼を突き動かし、彼自体がもはや大量破壊殺戮兵器であった。
たった三日でいくつ国が滅びただろう。
情報が錯綜し、もはやどれが真実を伝えているかわからない。
アメノトリフネでは、女王アイリの人格が消滅し、アイコはまるで天岩戸に閉じ籠ったアマテラスのようにまるで出てくる気配がなかった。その代わりに、新たな人格が次々と生まれていた。
アイカ、アイト 、アイス、アイナ、アイネ、アイム、アイラ、、、毎日、あるいは数時間で、あるいは数分で、新たな人格たちが代わる代わる現れる。主人格であるアイコが閉じ籠っている以上、それはしかたのないことだった。女王アイリもいない。統率者となる者がおらず、それぞれの人格が、自覚しているか無自覚なのかはわからないが、主人格になりたがっているのだ。
それは、別人格たちの産声だった。
摂政棗弘幸ならば、女王アイリがいなくなってしまったアメノトリフネをまかせられる。誰もがそう思った。
しかし、そんな状況下にあるというのに、アメノトリフネのどこにも棗はいなかった。
棗のカミシロもまた格納庫になく、彼は置き手紙すら残さず、アメノトリフネを出ていってしまった。
彼が何を考えて、何をしようとしているのか、誰にもわからなかったし、彼が戻ってくる保証もまたどこにもなかった。
唯一、おそらくそうだろうとわかったのは、ヒサヒトがその情事を目撃してしまった、棗と性的な関係を持つ女性、旗本慧子も彼と行動を共にしているであろうということだけだった。
彼女も八十三式を扱え、カミシロを持つ存在だったが、彼女も彼女のカミシロもまた、行方がわからなくなっていたからだ。
アメノトリフネには今、艦長を務められる人材はひとりもいなかった。
問題はそれだけではなかったからだ。
経験が圧倒的に不足しているとはいえ、真王となるはずのヒサヒトならば、アメノトリフネの艦長をまかせられるし、彼の経験不足は他の者たちで補えばよかった。
反対する者もいなかったろう。
だが、ヒサヒトもまた、それどころではなかった。
問題となっていたのは、ヒサヒトのカミシロだ。
イチカワアユカの体に憑依する、ー本人は一時的に体を借りているだけらしいがー、イザナギ神の力を借り、ヒサヒトはカミシロを作ることに成功した。
その姿は、究極召喚した父、すなわちスサノオ神にとてもよく似ていた。
しかし、そのカミシロに降臨した神の存在にイザナミは激怒した。
なぜ、貴様がそこにいる!?
イザナミはヒサヒトのカミシロに向かって激昂した。
よくも、おめおめと妾の前に姿を現せられるものだな、イザナギ
あろうことか、ヒサヒトのカミシロに降臨したのは、イザナミ神だった。
まもなく造化三神が動く。
おそらくイザナギも動くであろう。
イザナギとは妾が決着をつける。
ほんの数日前にイザナミがそう言ったばかりだった。
しかし、その矢先に、いまだに憎み恨み妬み嫉み、許すことができないでいる、かつて愛した男に、その男のために作り出したわけではなかったとはいえ、イザナミは現世での肉体を与えてしまった。
しかし、カミシロに降臨したイザナギは、イザナミの問いに答えない。答えることができない。
カミシロは、漢字では神代と書く。
『神』話時『代』から存在し、同時に『神』の依『代』であることを意味するが、究極召喚のように召喚者が身も心も捧げ、神そのものを顕現させるのではなく、神は力だけを純粋に人に貸す機動兵器であり、そこには神の御霊はない。
イザナミもそれを知っていたはずだったが、神も頭に血が上ると冷静な判断ができなくなるようだ。
イザナミは、自らの強化外骨格をアユカの身体にまとい、返事をしないイザナギに攻撃をしかけた。
その強化外骨格は、ヒサヒトのかつてのカルマや現在のカグツチと同じように、イザナミにしか操ることのできないものであった。
黄泉之術式強化外骨格・マガツヒ。
ヒサヒトは慌てて、百式強化外骨格・カグツチを身にまとい、イザナミの攻撃を受け止めた。
まさか、カグツチでの実戦のはじめての相手がイザナミになるとは思いもよらなかった。
ヒサヒトはカグツチを身にまといながら、同時に先の開闢戦争末期に身につけた機動召喚を駆使して、イザナミと戦う他なかった。
なぜ、ヒサヒトのカミシロにイザナギ神が降臨したのか。
イザナギがヒサヒトのそばにイザナミがいることを知った上で、そうせざるをえないと判断したからだと、ヒサヒトにはわかっていた。
間もなく動き出すという造化三神や十三評議会、そしてマガツヤマヒトと戦い、ヒサヒトが今度こそ天地開闢をなすために、ヒサヒトと、そしてイザナミと手を組む他ないと。
物言わぬ、言えぬ、イザナギの代わりに、ヒサヒトは決してイザナギもイザナミも傷つけることのないように、防御に徹し、同時にイザナギの身をかばうことに徹した。
カミシロはヒヒイロカネで作られてはいるが、搭乗者がいなければおそろしいまでに脆いのだ。
おそらくイザナミの黄泉之術式の力なら一撃でイザナギは破壊されてしまう。
力を貸しているだけとはいえ、カミシロが破壊されれば、イザナギは死ぬ。
「ええい、なぜ、その男をかばう、ヒサヒト!」
三日三晩互いに眠ることも休むこともなく、ひとりはただ防御に徹し、ひとりはただ攻撃を繰り出し続け、これまでで最大最強の一撃が繰り出された瞬間、
「だって、イザナギさんは、今でもイザナミさんの大事な人だろ!?」
最大最強の一撃は、すんでのところで止まった。
「イザナミさんは、今でもイザナギさんが好きなんだろ? 愛してるんだろ?」
そう、
だから、
だからこそ、
憎くて憎くてたまらない。
「イザナギさんも、同じだよ、きっと」
「そんなわけ、あるわけなかろう。妾はとうに嫌われておる」
「だったら、俺のカミシロには来てくれなかったはずだ。
イザナギさんは、イザナミさんに殺されるかもしれないのを覚悟して、俺のカミシロに来たはずだ。
じゃなかったら、イザナギさんは」
「もう、よい、わかった、ヒサヒト。
どうやら妾が間違っていたようじゃ。
すまなかったな、ヒサヒト」
イザナミの瞳から涙があふれ、こぼれる。
「そして、ごめんなさい、あなた」
その瞬間、ヒサヒトとイザナミは、カミシロ・イザナギの中へ取り込まれた。
そこは神の子宮だった。
神の子宮は、ふたつ横にならんでおり、隣を見ると、イザナミが取り込まれていた。
イザナミは、何が起こったのかわからず、ただただ呆然としていた。
「イザナミさん?」
ヒサヒトが声をかけると、イザナミはまた涙をこぼした。
な、俺の言った通りだったろ?
とは、ヒサヒトは口が裂けても言えなかった。
そこは、神の愛に満ち満ちた場所だった。
イザナギ神からイザナミ神への愛は、いまなお広がり続ける宇宙のようにおおきかった。
「ありがとう、あなた」
イザナミはそうつぶやいた。
しかし、ヤマヒトはすでに禍津九頭龍獄のコアである淡路島をその身に取り込んでおり、山人の体を捨て九頭龍人と化していた。
彼は自らをマガツヤマヒトと名乗り、サードからエイスまでのすべてのバベルを破壊した。
世界からすべてのセフィロトの樹とすべてのバベル、そして、日本列島が消え、三日が過ぎた。
彼は日に日に、その魂に刻まれた宿命を忘れつつあった。
彼の行動理念からは、山人の末裔としての責務はすでになかったが、もはや数百回も輪廻転生を繰り返しそのたびに失敗し続け、今度こそはと固く決意していた109回目の裏切りさえもどうでもよくなりかけていた。
目の前に存在するものすべてを破壊しなければ気がすまない。
破壊衝動だけが彼を突き動かし、彼自体がもはや大量破壊殺戮兵器であった。
たった三日でいくつ国が滅びただろう。
情報が錯綜し、もはやどれが真実を伝えているかわからない。
アメノトリフネでは、女王アイリの人格が消滅し、アイコはまるで天岩戸に閉じ籠ったアマテラスのようにまるで出てくる気配がなかった。その代わりに、新たな人格が次々と生まれていた。
アイカ、アイト 、アイス、アイナ、アイネ、アイム、アイラ、、、毎日、あるいは数時間で、あるいは数分で、新たな人格たちが代わる代わる現れる。主人格であるアイコが閉じ籠っている以上、それはしかたのないことだった。女王アイリもいない。統率者となる者がおらず、それぞれの人格が、自覚しているか無自覚なのかはわからないが、主人格になりたがっているのだ。
それは、別人格たちの産声だった。
摂政棗弘幸ならば、女王アイリがいなくなってしまったアメノトリフネをまかせられる。誰もがそう思った。
しかし、そんな状況下にあるというのに、アメノトリフネのどこにも棗はいなかった。
棗のカミシロもまた格納庫になく、彼は置き手紙すら残さず、アメノトリフネを出ていってしまった。
彼が何を考えて、何をしようとしているのか、誰にもわからなかったし、彼が戻ってくる保証もまたどこにもなかった。
唯一、おそらくそうだろうとわかったのは、ヒサヒトがその情事を目撃してしまった、棗と性的な関係を持つ女性、旗本慧子も彼と行動を共にしているであろうということだけだった。
彼女も八十三式を扱え、カミシロを持つ存在だったが、彼女も彼女のカミシロもまた、行方がわからなくなっていたからだ。
アメノトリフネには今、艦長を務められる人材はひとりもいなかった。
問題はそれだけではなかったからだ。
経験が圧倒的に不足しているとはいえ、真王となるはずのヒサヒトならば、アメノトリフネの艦長をまかせられるし、彼の経験不足は他の者たちで補えばよかった。
反対する者もいなかったろう。
だが、ヒサヒトもまた、それどころではなかった。
問題となっていたのは、ヒサヒトのカミシロだ。
イチカワアユカの体に憑依する、ー本人は一時的に体を借りているだけらしいがー、イザナギ神の力を借り、ヒサヒトはカミシロを作ることに成功した。
その姿は、究極召喚した父、すなわちスサノオ神にとてもよく似ていた。
しかし、そのカミシロに降臨した神の存在にイザナミは激怒した。
なぜ、貴様がそこにいる!?
イザナミはヒサヒトのカミシロに向かって激昂した。
よくも、おめおめと妾の前に姿を現せられるものだな、イザナギ
あろうことか、ヒサヒトのカミシロに降臨したのは、イザナミ神だった。
まもなく造化三神が動く。
おそらくイザナギも動くであろう。
イザナギとは妾が決着をつける。
ほんの数日前にイザナミがそう言ったばかりだった。
しかし、その矢先に、いまだに憎み恨み妬み嫉み、許すことができないでいる、かつて愛した男に、その男のために作り出したわけではなかったとはいえ、イザナミは現世での肉体を与えてしまった。
しかし、カミシロに降臨したイザナギは、イザナミの問いに答えない。答えることができない。
カミシロは、漢字では神代と書く。
『神』話時『代』から存在し、同時に『神』の依『代』であることを意味するが、究極召喚のように召喚者が身も心も捧げ、神そのものを顕現させるのではなく、神は力だけを純粋に人に貸す機動兵器であり、そこには神の御霊はない。
イザナミもそれを知っていたはずだったが、神も頭に血が上ると冷静な判断ができなくなるようだ。
イザナミは、自らの強化外骨格をアユカの身体にまとい、返事をしないイザナギに攻撃をしかけた。
その強化外骨格は、ヒサヒトのかつてのカルマや現在のカグツチと同じように、イザナミにしか操ることのできないものであった。
黄泉之術式強化外骨格・マガツヒ。
ヒサヒトは慌てて、百式強化外骨格・カグツチを身にまとい、イザナミの攻撃を受け止めた。
まさか、カグツチでの実戦のはじめての相手がイザナミになるとは思いもよらなかった。
ヒサヒトはカグツチを身にまといながら、同時に先の開闢戦争末期に身につけた機動召喚を駆使して、イザナミと戦う他なかった。
なぜ、ヒサヒトのカミシロにイザナギ神が降臨したのか。
イザナギがヒサヒトのそばにイザナミがいることを知った上で、そうせざるをえないと判断したからだと、ヒサヒトにはわかっていた。
間もなく動き出すという造化三神や十三評議会、そしてマガツヤマヒトと戦い、ヒサヒトが今度こそ天地開闢をなすために、ヒサヒトと、そしてイザナミと手を組む他ないと。
物言わぬ、言えぬ、イザナギの代わりに、ヒサヒトは決してイザナギもイザナミも傷つけることのないように、防御に徹し、同時にイザナギの身をかばうことに徹した。
カミシロはヒヒイロカネで作られてはいるが、搭乗者がいなければおそろしいまでに脆いのだ。
おそらくイザナミの黄泉之術式の力なら一撃でイザナギは破壊されてしまう。
力を貸しているだけとはいえ、カミシロが破壊されれば、イザナギは死ぬ。
「ええい、なぜ、その男をかばう、ヒサヒト!」
三日三晩互いに眠ることも休むこともなく、ひとりはただ防御に徹し、ひとりはただ攻撃を繰り出し続け、これまでで最大最強の一撃が繰り出された瞬間、
「だって、イザナギさんは、今でもイザナミさんの大事な人だろ!?」
最大最強の一撃は、すんでのところで止まった。
「イザナミさんは、今でもイザナギさんが好きなんだろ? 愛してるんだろ?」
そう、
だから、
だからこそ、
憎くて憎くてたまらない。
「イザナギさんも、同じだよ、きっと」
「そんなわけ、あるわけなかろう。妾はとうに嫌われておる」
「だったら、俺のカミシロには来てくれなかったはずだ。
イザナギさんは、イザナミさんに殺されるかもしれないのを覚悟して、俺のカミシロに来たはずだ。
じゃなかったら、イザナギさんは」
「もう、よい、わかった、ヒサヒト。
どうやら妾が間違っていたようじゃ。
すまなかったな、ヒサヒト」
イザナミの瞳から涙があふれ、こぼれる。
「そして、ごめんなさい、あなた」
その瞬間、ヒサヒトとイザナミは、カミシロ・イザナギの中へ取り込まれた。
そこは神の子宮だった。
神の子宮は、ふたつ横にならんでおり、隣を見ると、イザナミが取り込まれていた。
イザナミは、何が起こったのかわからず、ただただ呆然としていた。
「イザナミさん?」
ヒサヒトが声をかけると、イザナミはまた涙をこぼした。
な、俺の言った通りだったろ?
とは、ヒサヒトは口が裂けても言えなかった。
そこは、神の愛に満ち満ちた場所だった。
イザナギ神からイザナミ神への愛は、いまなお広がり続ける宇宙のようにおおきかった。
「ありがとう、あなた」
イザナミはそうつぶやいた。
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