H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。
第26話 黄泉の国のヒサヒト②
黄泉の国の女王イザナミは、かつてイザナギの妻として数多くの神を産んだ。
最初の子ヒルコ神は五体不満足で、イザナギとイザナミはそのこどもを蓮の葉で作った舟に乗せ川に流した。
ヒルコは蛭子と書き、エビスとも読める。漫画家なのかタレントなのかわからないあのおじさんと同じ漢字同じ読み方だ。
ヒルコは川を流れているところを人に拾われ、エビスサブローという名を与えられてエビス神となったという説があるが、真偽は定かではない。
イザナミは、イザナギの妻として、その後も数多くの神を産んだ。
妻としての最後の子カグツチを産んだ際に、イザナミは下腹部に大火傷を負い死んでいる。
カグツチはイザナギによってその場で殺され、イザナギは黄泉の国までイザナミを追いかけた。
しかし、私が良いというまで決して振り返らないように、というイザナミとの約束をイザナギは破り、醜くただれたイザナミを姿を見て逃げ出してしまう。
このときに、イザナミは「毎日百人の人間の命を奪う」といい、イザナギは「ならば私は毎日千人の人間を生む」と答えている。
二柱の神の言葉は、人にかけられた呪いだ。
人には寿命と、必ず死ぬ運命が与えられた。同時に人は日々増え続け、いずれ爆発的な人口増加により破滅を迎える運命をも与えられた。
以来、イザナミは女王として黄泉の国に君臨する。
イザナミの傍らには、アンダーグラウンドの女王アイコにとっての摂政棗弘幸のように、機械仕掛けの手足の男が常にいる。
「ずいぶんとお早いお帰りですね」
機械仕掛けの手足の男にそう言われたヒサヒトは、
「しばらく来るつもりはなかったんだけどね」
と笑った。
まさか一番信じていた家臣、いや、彼は家臣ではあったが、それ以上にヒサヒトの友人であった、一番信じていた友人に裏切られ殺されるなど、想像もしていなかった。
「イザナミさんが俺を待ってるって、外にいるあのうるさい双子に言われてきたんだけど」
ヒサヒトがそう言うと、機械仕掛けの手足の男はため息をついた。
「違うの? お呼びでない感じ?」
「イザナミさまなら、すでにアメノトリフネの中にいらっしゃいます。
あのふたりにはちゃんと教えたつもりだったのですが」
その言葉にヒサヒトは驚きを隠せなかった。
「アメノトリフネに? イザナミさんが?」
「ええ、あくまで御霊だけですが。御身は宮殿の奥に。
イザナミさまはアメノトリフネにいるある少女の体を借り、黄泉の国の女王自ら地上での戦に参加されるおつもりです」
「なんでまたそんなこと?」
「イザナギ神とあいまみえる日が近いようです。それがどういった形になるかは、私にはわかりかねますが」
「いやな予感しかしないね」
「ええ、まったくです。
それに、どうやらそれ以上の神格を持つ神々も何やら様子がおかしい」
「てことは、俺を呼び出したのはあんた?」
「そうです。 イザナミ様よりあなたに渡すよう頼まれているものがございましたので」
つまり、イザナミさんは近々俺が死ぬことを知っていたというわけか。まったく人が悪いと、ヒサヒトは思う。
「あなたは、招かれざる客にカルマを奪われましたね?」
「なんでもご存知なんだ?」
「黄泉の国からは地上の森羅万象すべてを知ることができますから。
しかしあなたは、この地でヨモツヘグリを口にされた。だからカルマを奪われても招かれざる客を打ち倒すことができました」
あの戦いの中で目覚めたヒサヒトの新たな力、機動召喚はヨモツヘグリを食べたおかげだったというわけだ。
「今後もあの力はあなたのものです。
ですが、カルマの代わりになるものが、あなたには必要でしょう?」
「そうでもないけど」
「いえ、これは自主規制と言うべきでしょうか。込み入った大人の事情がそこにはあるのですよ」
「なにそれ?」
「主人公がフルチンで戦っていたら、視聴者からクレームが来るでしょう?
放送倫理委員会にもイザナミ様は目をつけられたくないと」
まるで、ヒサヒトたちの戦いが、アニメか特撮か何かのフィクションとしてテレビで流れているような台詞だった。
「そのような世界もまた、存在するということですよ」
わかったような、わからないような……困惑するヒサヒトに、機械仕掛けの手足の男は、占い師が使う水晶玉ほどの、小さな太陽のようなものを差し出した。
「これは?」
「すぐにわかります」
小さな太陽は、ヒサヒトの体の丹田に、皮膚に火傷をおわせながら、ただれさせながら、ずぶずぶくちゅくちゅと音を立て入り込んでいく。
「ちょっと、これ、俺死んでなかったら死んでるとこなんですけど!?」
自分で言いながらよくわからない台詞だなと思うが、それくらいに熱く、それくらいに痛かった。
「でしょうね。それはかつてイザナミ様の命を奪った火の神ですから」
まさか、カグツチ?
ヒサヒトがその名を口にしようとした瞬間、彼の体は八十三式強化外骨格におおわれた。
「百式強化外骨格・カグツチ。
カルマやケイローンを使いこなせたあなたなら、カグツチを使いこなせるでしょう。
そして、カグツチを丹田に取り込んだあなたは、いま、新たな命を得た」
「地上に、みんなのところに帰れるのか? ヤマヒトを止めることができるのか?」
機械仕掛けの手足の男はこくりとうなづく。
「その戦いに、私も参加せよと、イザナミ様からのお達しです」
「あんたが? 戦えるのか? その両手両足、義手に義足だろう?」
「こう見えて、そこそこやれると思いますよ。私の手足は、すべての八十三式やその百式のプロトタイプとなったものですから」
「あんた、名前は?」
「私はエビスサブロー。
イザナギとイザナミの最初の子、ヒルコです」
「まさか、捨てられたヒルコ神が、イザナミさんのそばにいるとはね」
「それから、あなたには大変残念なおしらせがひとつ」
「なんだい?」
「外にいるあのうるさい双子も、私と共に行くようにとイザナミ様から命じられております」
それはちょっとご勘弁願いたいんですけど。
ヒサヒトは、心の底から本気でそう思った。
最初の子ヒルコ神は五体不満足で、イザナギとイザナミはそのこどもを蓮の葉で作った舟に乗せ川に流した。
ヒルコは蛭子と書き、エビスとも読める。漫画家なのかタレントなのかわからないあのおじさんと同じ漢字同じ読み方だ。
ヒルコは川を流れているところを人に拾われ、エビスサブローという名を与えられてエビス神となったという説があるが、真偽は定かではない。
イザナミは、イザナギの妻として、その後も数多くの神を産んだ。
妻としての最後の子カグツチを産んだ際に、イザナミは下腹部に大火傷を負い死んでいる。
カグツチはイザナギによってその場で殺され、イザナギは黄泉の国までイザナミを追いかけた。
しかし、私が良いというまで決して振り返らないように、というイザナミとの約束をイザナギは破り、醜くただれたイザナミを姿を見て逃げ出してしまう。
このときに、イザナミは「毎日百人の人間の命を奪う」といい、イザナギは「ならば私は毎日千人の人間を生む」と答えている。
二柱の神の言葉は、人にかけられた呪いだ。
人には寿命と、必ず死ぬ運命が与えられた。同時に人は日々増え続け、いずれ爆発的な人口増加により破滅を迎える運命をも与えられた。
以来、イザナミは女王として黄泉の国に君臨する。
イザナミの傍らには、アンダーグラウンドの女王アイコにとっての摂政棗弘幸のように、機械仕掛けの手足の男が常にいる。
「ずいぶんとお早いお帰りですね」
機械仕掛けの手足の男にそう言われたヒサヒトは、
「しばらく来るつもりはなかったんだけどね」
と笑った。
まさか一番信じていた家臣、いや、彼は家臣ではあったが、それ以上にヒサヒトの友人であった、一番信じていた友人に裏切られ殺されるなど、想像もしていなかった。
「イザナミさんが俺を待ってるって、外にいるあのうるさい双子に言われてきたんだけど」
ヒサヒトがそう言うと、機械仕掛けの手足の男はため息をついた。
「違うの? お呼びでない感じ?」
「イザナミさまなら、すでにアメノトリフネの中にいらっしゃいます。
あのふたりにはちゃんと教えたつもりだったのですが」
その言葉にヒサヒトは驚きを隠せなかった。
「アメノトリフネに? イザナミさんが?」
「ええ、あくまで御霊だけですが。御身は宮殿の奥に。
イザナミさまはアメノトリフネにいるある少女の体を借り、黄泉の国の女王自ら地上での戦に参加されるおつもりです」
「なんでまたそんなこと?」
「イザナギ神とあいまみえる日が近いようです。それがどういった形になるかは、私にはわかりかねますが」
「いやな予感しかしないね」
「ええ、まったくです。
それに、どうやらそれ以上の神格を持つ神々も何やら様子がおかしい」
「てことは、俺を呼び出したのはあんた?」
「そうです。 イザナミ様よりあなたに渡すよう頼まれているものがございましたので」
つまり、イザナミさんは近々俺が死ぬことを知っていたというわけか。まったく人が悪いと、ヒサヒトは思う。
「あなたは、招かれざる客にカルマを奪われましたね?」
「なんでもご存知なんだ?」
「黄泉の国からは地上の森羅万象すべてを知ることができますから。
しかしあなたは、この地でヨモツヘグリを口にされた。だからカルマを奪われても招かれざる客を打ち倒すことができました」
あの戦いの中で目覚めたヒサヒトの新たな力、機動召喚はヨモツヘグリを食べたおかげだったというわけだ。
「今後もあの力はあなたのものです。
ですが、カルマの代わりになるものが、あなたには必要でしょう?」
「そうでもないけど」
「いえ、これは自主規制と言うべきでしょうか。込み入った大人の事情がそこにはあるのですよ」
「なにそれ?」
「主人公がフルチンで戦っていたら、視聴者からクレームが来るでしょう?
放送倫理委員会にもイザナミ様は目をつけられたくないと」
まるで、ヒサヒトたちの戦いが、アニメか特撮か何かのフィクションとしてテレビで流れているような台詞だった。
「そのような世界もまた、存在するということですよ」
わかったような、わからないような……困惑するヒサヒトに、機械仕掛けの手足の男は、占い師が使う水晶玉ほどの、小さな太陽のようなものを差し出した。
「これは?」
「すぐにわかります」
小さな太陽は、ヒサヒトの体の丹田に、皮膚に火傷をおわせながら、ただれさせながら、ずぶずぶくちゅくちゅと音を立て入り込んでいく。
「ちょっと、これ、俺死んでなかったら死んでるとこなんですけど!?」
自分で言いながらよくわからない台詞だなと思うが、それくらいに熱く、それくらいに痛かった。
「でしょうね。それはかつてイザナミ様の命を奪った火の神ですから」
まさか、カグツチ?
ヒサヒトがその名を口にしようとした瞬間、彼の体は八十三式強化外骨格におおわれた。
「百式強化外骨格・カグツチ。
カルマやケイローンを使いこなせたあなたなら、カグツチを使いこなせるでしょう。
そして、カグツチを丹田に取り込んだあなたは、いま、新たな命を得た」
「地上に、みんなのところに帰れるのか? ヤマヒトを止めることができるのか?」
機械仕掛けの手足の男はこくりとうなづく。
「その戦いに、私も参加せよと、イザナミ様からのお達しです」
「あんたが? 戦えるのか? その両手両足、義手に義足だろう?」
「こう見えて、そこそこやれると思いますよ。私の手足は、すべての八十三式やその百式のプロトタイプとなったものですから」
「あんた、名前は?」
「私はエビスサブロー。
イザナギとイザナミの最初の子、ヒルコです」
「まさか、捨てられたヒルコ神が、イザナミさんのそばにいるとはね」
「それから、あなたには大変残念なおしらせがひとつ」
「なんだい?」
「外にいるあのうるさい双子も、私と共に行くようにとイザナミ様から命じられております」
それはちょっとご勘弁願いたいんですけど。
ヒサヒトは、心の底から本気でそう思った。
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