H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。

雨野美哉(あめの みかな)

第12話 ダイドウカズキ、語る真実

ダイドウカズキはアサクラに語った。
自分が生まれ育った世界のことを。
ラグナロクの日が起きず、アイコの父が新王となり令和という新しい時代を迎えた世界のことを。

アサクラは、信じられないという顔をして聞いていた。
パラレルワールドという概念を知ってはいたし、ありえないことではないと思っていた。
幼い頃にドラえもんとドラゴンボールを読んだ。
ドラえもんでは過去を変えると現代も未来も変わってしまうが、ドラゴンボールは過去を変えても現代も未来も変わらない。過去を変えた時点から歴史が分岐しパラレルワールドが生まれる。
アサクラは幼いながらに、時間というもののあり方について、ドラえもんよりはドラゴンボールのほうがありえるような気がした。
だが、パラレルワールドからの来訪者に自分が出会うなど想像もしていなかった。

「レイワとは、なんと書く?」

「命令の令に、平和の和。
けっして戦争をしないってことかな。
平和こそが命令、みたいな? よくわかんないけど」

ダイドウカズキは話を続ける。

「同時に漢字こそ違うけれど、『れい』は『ぜろ』、『わ』は『まる』と表現できる。
数字にすると0と0。
これがもし0と1だったなら、コンピューターに管理される、ターミネーターやマトリックスのような世界を想像しちゃうけど、ぼくは時代をゼロからもう一度はじめようと言われてるような気がした。
そんなことは無理なんだけどね。
人種差別や奴隷制度、先進国と後進国の貧富の格差、信じる宗教の違い、それによる戦争、独裁国家や大量破壊兵器の存在、歪んだ歴史教育……
そもそも日本ていう国自体が、南京大虐殺があったのか、従軍慰安婦がいたのかさえ、国民はしらされていないんだから。
西暦だけでも二千年の歴史があって、数えきれない人たちが死んでも死にきれないような悲しみを抱えてそれぞれの時代を生きた。
その結果、世界は、人間は、とりかえしのつかない、やりなおせない、憎しみやうらみ、歪みをかかえている。
それをすべてリセットする方法があるとしたら、世界中からうまれたばかりのこどもを集めて隔離して、完全に平等な立場であり続けるロボットを教師として、人種や国でにくみ合うことのないよう、二千年の歴史を黒歴史として封印し、人類の歴史をそこからやりなおすくらいのことをしなきゃいけない。
実際にそういうことをはじめているっていう話もあるけど……

でも、ぼくはいい元号だと思った。

まあ、令和という時代を迎えた最初の日に、ぼくはこの世界に迷いこんでしまったけどね」

「帰れるのか?」

「さあ?」

「でも、ぼくにはこの世界の方が性にあってる気がする」

「君はさっき言ったな。自分は殺人鬼だと」

「ああ。アサクラさん、あなたにはぼくはいったいいくつに見える?」

「14、5歳の少年だろう?」

「見た目はね。ミヤザキのじいさんと逆なんだ、ぼくは。死ぬかわりに年をとらない。
医療少年院でいろんな実験をされた。頭の中や体の中をいじくりまわされて、ぼくは成長することも年をとることもなくなった。
ほんとは、アラフォー。
もしかしたらそのときに、あっちの世界にもあったヒヒイロカネを、血液中の鉄分とまるごと入れ換えられたのかもしれない。じゃないと、ぼくが八十三式を扱えるわけがない。
たぶん、ぼくは、令和という新しい時代に、あの世界の歴史からはじかれた。
ぼくみたいな人間は、歴史をゼロからはじめるなら、必要ないから。
だからここにいる。ここでなら、ぼくにできることは、やまほどあるみたいだから」

「君は具体的に何をした?」

「近所にすむ小学生の女の子を何人か忘れたけど殺した。首を切り落として、その子たちの通う小学校の校門に飾った。
飾ってる途中で、首がひとつたりないことに気づいて、ああ、それで確かもうひとり殺したから、たぶん八人。偶数なのは間違いないよ。ぼく、確かそれ以来だから。奇数が嫌いになったのは」

ダイドウカズキは、その後、殺して寝転がせた女の子の首をどのようにして切断すると校門にうまく飾れるかを語ったが、それについては割愛する。

アサクラはそれをきいて、胃の中のものをすべて吐き出したことだけは付け加えておこう。


アサクラは、パールホワイトの八十三式をその身にまとっていないというのに、その体からは翠の温かい光がずっとあふれだしていた。
その姿は神々しく、ダイドウカズキにすら聖人の再来に思えた。

「カズキ、ぼくはこれからなにをすればいい?
ぼくになにかをさせたかったから、この力をくれたのだろう?」

「くれたのは、二千年前の聖人だよ。ぼくは、郵便配達みたいなもの」

「だが、君がいなければ、ぼくはこの力を手にすることは永遠になかった。
ありがとう」

「どういたしまして。じゃあ、ひとつだけ」


ふたりは、ヒサヒトが作ったセカンドバベルの入り口にいた。

「今のアサクラさんなら、ヒサヒト様が起こした奇跡以上の奇跡が起こせるよ」

「あれ以上の奇跡?」

「セカンドバベルの一部となった死者たちやカオス、そのすべてに再び命を与えることができると思う。
カオスヒューマンとして、一億五千万人が復活し、セカンドバベルは崩壊する」

「そんなことが……」

「あなたならできる」

「あいつは、どうやっていた? やり方がわからない」

あのときのことを、アサクラはよく覚えていなかった。ちゃんと見ていたはずだったが、ヒサヒトが起こした奇跡に、ただただ自分の無力さにうちひしがれ、記憶がごっそりと抜け落ちていた。

「ぼくにできるとは思えないけど、やり方くらいなら見せられるかな……」

ダイドウカズキは、セカンドバベルの内部防衛システムに探知されないように警戒しながら、外壁に触れた。

「ここには、死者の肉体と魂が眠ってる。語りかけるんだ。君たちのいるべき場所はここじゃないって。もどっておいでって。同時にヒヒイロカネの流れを感じて。流れを読むんじゃなくて感じるんだ」

外壁から手を離したダイドウカズキは、ためいきをついた。

「やっぱりぼくには無理みたいだ。
ヒサヒト様か、あなたにしかあんな奇跡は起こせない」

「やってみる」

アサクラは先程までダイドウカズキが手をあてていた外壁に優しく触れる。
確かに肉体と魂の存在を感じる。

「ヒヒイロカネの流れを読むのではなく、感じる……」

アサクラの体から溢れ続ける翠の光が、外壁へと向かい、優しい光が壁を包む。

そのときだ。

「あーらよっと!」

突然、ダイドウカズキがアサクラの背中を蹴り飛ばした。
壁に叩きつけられ、ふらつくアサクラに、さらにもう一撃。

アサクラには何が起きているかわからない。

ただ、セカンドバベルの奈落に落ちる瞬間に、スマートフォンを片手にしゃべるダイドウカズキの姿を見た。

「こちら、エース。
ちがうちがう、ワンピースのじゃなくて、そうそうぼくだよ。なんでワンピースのだと思うかな。
南朝の王族のアサクラ……じゃなくて、キュ、キュ、キュなんとか!
今、セカンドバベルの内部に蹴り飛ばしたから。
で、今防衛システムがキュなんとかを探知。出た出た出た、ソーラレイ! ヒャッホー!!
死体? ないよ、そんなの。生身で放り込んだんだから。
あ、ちゃんと槍は回収してる。
とりあえず、南朝の方のキュなんとかは始末したって、トランプのバカに言っといて。
あー、はいはい、キングね。キングトランプさまに、おつたえくださいな。
わかってる。うまくやるよ。
大丈夫だって。まだぼくの命は、48個も残ってるんだから」

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品