H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。

雨野美哉(あめの みかな)

第06話 決行! セカンドバベル攻略作戦

「セカンドバベルは、四大天使に守られ、さらにその配下には途方もない数の天使の軍勢がいます」

アンダーグラウンドの作戦会議室。
摂政棗弘幸が、モニターに映し出された映像を前に言う。

「つまり、外部からの侵入は不可能。
入り口と呼べるものすらありません」

「入口がないって、中には誰もいないってこと?」

ヒサヒトの問いに棗は答える。

「カオスが見張りとして配置されているくらいではないでしょうか。
何しろ、人はこの混沌の瘴気の中では生きられませんから」

なるほど、とヒサヒトは思う。

「セカンドバベルは、カオスによって滅ぼされた一億五千万人のこの国の民の死体で組み上げられています。
さらにいえば、ミサイルによって打ち込まれたカオスシードから孵化したカオスたち。
奴らは遺伝子操作され時限式の命がつきかけると、自らが組み上げた塔の一部になりはてました」

「この国を滅ぼした奴らと、民の死体がいっしょになってるってわけ?」

「そういうことです。
ですが、塔の一部となった民の死体こそが、セカンドバベル攻略の鍵ともいうべき存在なのです」

「どういうこと?」

棗にいざなわれて、皆は作戦会議室を後にした。

アンダーグラウンドは、巨大な地下シェルターの中に、街が作られている。
広場があり、公園があり、物資は限られてはいるが、商店街もある。
街の中には立ち入り禁止と書かれたドアがいくつもあり、そのうちの一つを棗は開け、狭く長い階段を下りていく。
100メートルほど降りたころだろうか、六畳一間程の空間に出た。

人為的に作られたものではなく、大昔からそこにあったであろう、穴だ。

その穴の奥に、土ではない何かの外壁が存在した。

「セカンドバベルは、宇宙空間まで届くその質量に地表が耐えられず、アンダーグラウンドのかなり深くまでめりこみ、このように地中に突き刺さるような形になっています」

「これがセカンドバベル?」

「えぇ、外壁の一部です。
幸いなことにアンダーグラウンドにいる我々がこうして近づくことができる」

「うまくいえないんだけど、これって、もっと奥っていうか、なんというか」

「おっしゃりたいことは、わかります。おそらく地球のかなり中心部にまで突き刺さっているでしょう」

「太陽光だけじゃないわけか。エネルギー資源は」

「ええ、おそらくは星のコアからも」

「世界各国へのエネルギーの供給はどうなってるの?
セカンドバベルに、電線とかないよね? 地下ケーブルとか?」

「セフィロトの樹の根が、世界中にはりめぐらされ、地下ケーブルの役割を果たしています。セカンドバベルも深層部は根ばかりでしょうね」

「ふーん。で、この悲しくてくそったれなこの塔には、どって入るの?」

「ラグナロクの日に死亡し、塔の一部になった民の中には、アンダーグラウンドの民のように、少なからず高天ヶ原の神々の血を引く者がいたはず。
死体の中でも、ヒヒイロカネは生きています。
ヒヒイロカネの扱いに長けたものであれば」

「死者を冒涜するようなことはしたくない」

ヒサヒトは棗の言葉を遮り、言った。

「それ、塔の一部になってるとはいえ、死体を変形させて入り口を作るってことだろ?」

「なら、貴様はさがっていろ」

「アサクラ……」

「キュロだ。ここまできて、やらないという選択肢はない。
セカンドバベル攻略は、民の魂を救うイニシエーションだ」

「イニシ? え? 何?」

「儀式という意味です」

「なんで三音ですむのを、い、に、し、え、い、しょ、ん、七音使ったの!?」

「ヒサヒト様、アサクラ様はいわゆる中二病というやつなのですよ」

「わー、めんどくさ。絶対必殺技の名前とか考えてそう」

「う、うるさい。いいか、入り口を作るぞ」

どうやら図星だったようで、アサクラの顔は真っ赤になっていた。

「俺がやるよ。たぶん、俺がやらなきゃいけないことだとおもうから」

「ヒサヒト様……」

ヤマヒトは、ヒサヒトの言葉に胸が詰まる思いだった。

「ごめんな、守ってやれなくて。なんにもできなくて。おまけに、こんなこと」

ヒサヒトは外壁を両手で優しくなでた。

「ゆるしてくれ。ゆるしてください。
父さんも、おじさんもおばさんも、みんな、やれるだけのことやったんだよ。
俺はまだ小さくて、姉さんたちと離ればなれになってから、ふさぎこんでばかりで……
なにもできなかったどころか、なにもしようとしなかった」

ずるり、と音がして、外壁から何かがはがれ落ちた。

裸の女が二人。

まるで生きているかのように血色の良い肌をしていた。

「何が起きてる?」

ヤマヒトが裸の女に近づく。

「温かい。息をしている!」

「生きているのか!?」

棗は驚き、

「救護班を呼べ! 早く!!」

無線を使い、救護班を呼ぼうとしたが、この場所を説明するのは少々厄介だった。

「ヤマヒト、頼めるか」

「あぁ、女ふたりくらい、両腕に抱えても、これくらいの階段ならすぐだ」

両脇にかかえると、あっという間にヤマヒトは階段をかけあがっていった。


「セカンドバベルから死者を甦らせたというのか……」

アサクラは茫然と、一部始終を見つめた後で、そうつぶやいた。

「アサクラ殿、これは本来南朝の王族であるあなたが起こすべき奇跡なのでは?」

棗の問いに、アサクラは答えることができない。

「あいつは……ヒサヒトは何者なんだ……」

「この国を再興させるお方、真王となるお方ですよ」

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