H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。

雨野美哉(あめの みかな)

第05話 集う、セカンドバベル攻略班

「これより、セカンドバベル攻略作戦を開始する!」

アンダーグラウンドの中央広場でヤマヒトが声高に声を上げた。
広場には、アンダーグラウンド中の民が集まっていた。

「攻略班のメンバーは、八十三式強化外骨格を扱える者だけでの編成になる。
メンバーには、すでに召集令状が届いているが、皆に聖書以来バベルの塔を登らんとする勇敢な戦士を紹介したい!
名前を呼ばれたものは速やかに、起立をし、皆に自らの八十三式強化外骨格を見せてやってくれ」

そして、ヤマヒトは一人目の名を告げる。

「ダイドウカズキ!」

「はいはーい」

ヤマヒトに名前を呼ばれた少年は、明るく手をふり、立ち上がる。

「ずいぶんと軽い奴だな……」

棗がため息をつきながらそういうと、

「14,5歳の少年だ。そんなものだろう」

諦めたように、ヤマヒトは言った。この年頃の少年の扱いはヒサヒトで慣れていた。

「ぼくの八十三式は、こんな感じでーす」

宇宙柄に歯車が印象的な、まるでレジンの作品のように美しい鎧だった。世が世ならインスタ映えという言葉がふさわしい。

「ちなみに武器は、これ、ジャックナイフ!
短いでしょ。リーチが短いと闘いづらいと思うよね!?
でもこれもヒヒイロカネだから、こんなふうに伸縮自在なんだよねー」

ジャックナイフが伸び、ずぶりという音とぎゃっという悲鳴が聞こえた。

「あ、ごめん、三人くらい串刺しにしちゃった」

悪びれた様子もなく言う。

「す、すぐに応急処置を!」

本当にこんな少年に攻略班を任せて大丈夫だろうか、ヤマヒトは思った。


「次、ミヤザキ!」

ミヤザキと呼ばれた男は返事もせず、よぼよぼと立ち上がる。
白い髭をたくわえた、恰幅のいい老人の首筋には、かつて首を吊ったのか黒ずんだ縄のあとがある。

「ふん!」

老人が気合いを入れると、彼の体を八十三式が覆う。
彼の八十三式は、幼いこどもが初めて描いたような原色だけで構成されるものだった。
顔を覆うマスクはネズミの顔そのものであり、身体部分はネズミの他に幾つもの動物をかけあわせたかのような、キマイラのような強化外骨格。

「八十三式は、装着者のイメージを脳から電気信号として体内のヒヒイロカネに伝えられ具現化するが……
こんなおぞましいものを生み出す人間がいるとはな」

棗が、ヤマヒトに言った。


「さすが、昭和の女児連続誘拐殺人犯さんは八十三式もやっばいすね〜」

先ほどの少年、ダイドウカズキが、ミヤザキをからかう。

「私が食べていたのは人魚の血を遠からず引くこどもたちだけだ。ロリータコンプレックスと間違えないでほしいな」

「あー、だから絞首刑に三分間も耐えられたんだ」

「私は不老ではないが、不死だからね。
本物の人魚の肉に出会えていれば、こんなに年をとらずにすんだ」

「死刑が執行されたとして、死んでないのに死んだことにされて釈放されたんだよねー? ザ・死なない男。カックイー!
でもさー、そのあとあんた、日本を代表するアニメ映画監督になってたけど、幼女愛丸出しで日本三大ロリコンにかぞえられてたよねー」

「なんだと、他の二人は誰だ?」

「手塚と、あと、だれだっけ?」

「そこ、結構だいじなところだぞ。富野か、庵野か」

「たぶん、富野ー」

「まさか昭和最後の殺人鬼があの有名なアニメ監督だったとはね」

くくく、と楽しそうに摂政棗弘幸は笑う。

「お主の偽史倭人伝に新たな真実が書き加えられたようだな……」

隣で友人が笑うのを尻目に、ヤマヒトはそういったが、やはりあの少年には注意が必要だ。

「ダイドウカズキ!」

ヤマヒトは声をあらげる。

「君たちはこれからセカンドバベル攻略班として、共に戦ってもらわなければならならない。仲間をからかうような真似はやめろ」

「へーい」

相変わらずの返事。反省の色はない。ヤマヒトは諦めた。


「さてと、次はぼくかな……」

名前を呼ばれる前に、青年が立ち上がる。

「君は?」

「キュロ・ヒゥトカ」

「そうか、君があの」

かつて、南北に朝廷が別たれた際、この国の王族はふたつに別れた。
高天ヶ原の神々の血を色濃く継ぐヒサヒトやアイコの先祖と、処刑された三日後に息を吹き返し、数人の使者を連れて来訪した聖人の血を色濃く受け継ぐ……

「八十三式、起動」

この国にはふたつ王族の血筋が存在する。

キュロという名の青年が強化外骨格をみにまとう。

パールホワイトの美しい鎧。
四枚の翼を持ち、ケンタウロスのような四本足。
武器は二丁のロングライフル。
翼も後ろ足も伸縮可能であり、空と陸、両方でそれぞれの伸縮可能な部位が活躍する。

「攻略班には、ヒサヒト様も参加するんだろ?」

「あ、ああ……そうだが……」

皆、そのあまりの美しさに圧倒されていた。

「セカンドバベル攻略の前に、どちらが真の王族か、千年にわたる決着をつけたい」

「まさかの展開だな」

棗が面白そうに笑う。


「どっちが本物とか、正直どっちでもいいんだけど」

さきほどからずっとアイコにあやとりの相手をさせられていたヒサヒトが言う。

「俺はヤマヒトとか、棗がやれっていうことをするだけ。
その先に父さんやおじさん、あとおばさんの仇がいるから、やるだけ。
強い方が王族なら、俺やアイコちゃんはこの国を守れなかった王子たちのこどもだし、別に本物じゃなくていいよ」

「な!? ヒサヒトさま。そんな簡単に」

「なら、ぼくがこれよりこの国の王となろう。
よいな? ヒサヒト」

「なんかむかつく。本気でやるつもりなら」

あやとりをしていたヒサヒトの姿が消える。

次の瞬間、キュロの眼前に蒼い焔をまとった八十三式強化外骨格・業がいた。

「たぶん、その真珠みたいにきれいな鎧が消し炭になるけど」


「おい、ヒサヒトさまは今、草薙の剣を持っていたか?」

棗の問いに、

「いや、草薙の剣ならそこに」

ヤマヒトが答える。

「すでに触媒を必要としていないのか」

「さすが、我が主だ」

ヤマヒトには、ヒサヒトの成長が誇らしかった。


だが、そのときにはすでに、キュロはヒサヒトに首を捕まれ、その体は宙に浮いていた。
蒼い焔が真珠のように美しい鎧に燃え移っている。

キュロは羽根を広げ離れようとしたがヒサヒトがさらに首を締め上げる。
後ろ足を広げ、四本の脚でヒサヒトを蹴り飛ばそうとしたが、左腕にはらいのけられる。


「ヒサヒト、それくらいにしておきなさい」

怒声が飛び、ヒサヒトは我に返った。

「あれ? アイコちゃん、俺、今、こいつ殺そうとしてた?」

「していましたよ」

「あ、アイコちゃんじゃない。アイリだ」

アンダーグラウンドの女王アイコには、アイコを主人格とする複数の人格が存在する。

ヒサヒトを優しくたしなめるその人格はアイリ。
アイコが少女を司る人格だとすれば、アイリは女王の人格だ。

「ごめん、名前忘れちゃったけど」

ヒサヒトはカルマを解く。
床に崩れ落ちたキュロもまた八十三式が解ける。

「キュロだ。キュロ・ヒゥトカ」

ぜいぜいと荒い呼吸で、キュロは答える。

「噛みやすそうな名前……。南北朝だっけ? どっちが北でどっちが南?」

「貴様が北だ!」

「じゃ、君は南?」

うんうんうん、とヒサヒトは何度か頷きながらその場を歩き回る。

「今日から君はアサクラくん。
呼びにくいから、アサクラくんでいいよね」

「まさか……」

「朝倉南、だろうね」

ヤマヒトも棗も失笑した。


「貴様、王族から名前を奪う気か。いつか殺してやる」

「やれるものなら」


「ヒサヒト!」

「あー、ごめんアイリ。これくらいにしとくから。
で、あとはヤマヒトと、誰が攻略班?」


「以上の五名です」

「あ、棗はこないんだ? ヤマヒトの次に強いんでしょ? 八十三式見せてもらったことないけど」


「私はここでアイコ様をお守りしますゆえ」

「ぼくらが失敗すると思ってるんだ?」

「その可能性も考えておくのが摂政の務めです」

「ま、いっか。じゃ、そろそろいこうか、みんな。
あれ?
そういえば、どうやってセカンドバベルに入るの?」


何度も説明したはずですよ、ヤマヒトはそう思い、大きくため息をついた。

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