H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。

雨野美哉(あめの みかな)

第01話 業(カルマ)

「ミカエルさん! ガブリエルさん! ラファエルさん! ウリエルさん!
今日もおつとめごくろうさまです!」

かつて、スカイツリーと呼ばれた、高さ634メートルの巨大な電波塔の先端に立つ少年は、セカンドバベルのまわりを浮遊する四大天使に向かって敬礼をした。
見様見真似でしているのが一目でわかる、腕の角度から何もかもがなってない敬礼だった。

「って感じ? かな?
でも、なんで天使って、みんななんとかエルって名前なんだろ……
知ってる? ヤマヒト」

少年は、自分のすぐ下で、片足だけで塔にぶら下がる大男に声をかける。

「エルが苗字なんじゃないですか?
ほら、外人は苗字と名前がこの国とは逆でしょう?」

「天使って外人なの!?」

「日本人じゃないと思いますよ」

ヤマヒトと呼ばれた男は、片足でぶらさがったまま腹筋をするように顔をあげて言った。

「なるほど、一理ある……
さすが、この国の先住民族、『山人(さんじん)』の末裔だね。
高天ヶ原(たかまがはら)の神々の血を引いてるわけでもないのに、この混沌の瘴気の中でも体が裏返らないし、視界を邪魔されない」

「おほめにあずかり、光栄ですよヒサヒト様」

「びっくりするくらい光栄じゃなさそうな顔してるんですけど!?」

「朝早くたたき起こされて、お父上のところへ連れていくよう言われたかと思えば、そのお父上を足蹴にして塔のてっぺんに上りたがる……
そんなバカ王子の付き人の身にもなっていただきたいものです」

その塔には、巨大な剣を手にした巨人が串刺しになっていた。
巨人は、腹部を塔が貫いており、両膝をつき、地面に突き刺さった剣に半身をもたれかけさせ、腕は何かをつかもうとするように伸ばされていた。

「ほんとに、こいつが俺の親父なの?
どうみても、壁を壊して入ってきた、首の後ろが弱点の巨人さんにしか見えないんだけど」

例のかっこいい装備一式があったなら、思わず弱点を切り付けたくなる光景だった。
でもなぁ、あれってワイヤーアクションだしなぁ。運動神経、俺あんまりよくないんだよなぁ。

ヒサヒトは不謹慎にもそんなことを思う。


「究極召喚。
高天ヶ原の神々の血を引く王族の方のみが、その御身(おんみ)と御霊(みたま)を差し出し、高天ヶ原の神と一体化することができるのです。
こちらは、まごうことなくヒサヒト様のお父上であり、スサノオ神でもあられます」

「そして、あの剣が、この国の三種の神器のひとつ、草薙の剣だろ。
もう聞き飽きて耳にたこができた」

「では、草薙の剣の別名は?」

「あ、あめの、なんとか、の……」

「アメノムラクモノツルギです。
どうやらまだ耳にたこはできてないようですね」



すべては、ラグナロクの日に起こった。

日本海と太平洋の両方で、いつ起こるかわからない有事に備え常時待機していたイージス艦のレーダーは、すでにハッキングされており、カオスシードミサイルをすべて見逃してしまった。

そのため、カオスシードミサイルはそのすべてが日本の主要都市に直撃した。

ミサイルの爆発だけでも甚大な被害であったというのに、同時に先端のカオスシードから孵化したカオスたちによる殺戮がすぐに始まった。

自衛隊が各駐屯地から出動するころには、すでに主要都市はすべて壊滅していた。

それは無理もないことだった。先の大戦で沖縄での本土決戦を経験していたが、首都をはじめとする主要都市で本土決戦が行われることなど、訓練として想定はしていても、実際にそんなことが起きるなどとは誰も考えていなかった。

ましてや、相手は人ではない。戦車でもない。

神話の神や天使、悪魔の姿をしたカオスという名の化け物だ。

壊滅状態の都市部で、自衛隊は陸と空から、無数のカオスを爆撃した。それで墜ちるカオスもいれば、傷ひとつ負わないカオスもいた。

カオスは片腕で戦車をひっくり返し、キャタピラを外しては、腕に巻き付けて戦闘機に向かって投げた。戦闘機は109の数字の場所に見事というべきか墜落した。

何が起きているのか、この国の誰もがわからなかった。時の首相は、完治したと公言していた大腸の病が再燃したという。

自衛隊では歯が立たないとわかると、宮内庁が動いた。

そして、究極召喚の準備が始まった。

究極召喚した王族は、ヒサヒトの父だけではなかった。

数日後に新王の即位を迎えるはずだったその兄も、高天ヶ原の最高神アマテラスの究極召喚を行った。

ヒサヒトの立つスカイツリーのてっぺんからは、半壊した東京タワーが見える。

古い怪獣映画のワンシーンのように、こけむした巨大な繭があるのが見える。究極召喚に失敗した王族の成れの果てだった。

王族から一般家庭に嫁いだ元王女もまた、急遽担ぎだされた。

元王女はツクヨミ神となり、戦いの果てに、今は月の衛星軌道上をぐるぐるとただまわりつづけている。


「う、うるさい。どっちかおぼえてたら充分だろ」

「しっ、あまり大きな声を出さないでください。四大天使に気づかれてしま……
どうやら、遅かったようですね」

幸い、セカンドバベルの周りを巡回する四大天使には気づかれなかったが、何百何千という数の、羽根を持ち空を飛ぶ人型のカオスの群れがどこから現れたのか、こちらに向かってきていた。

「なんだよ、あのすごい数」

「天使の軍勢と呼ばれる、下級の『カオス』で構成される部隊です」

カオスとは、カオスシードから生まれ遺伝子操作された、神や天使、悪魔の総称だ。
天使の軍勢とは、一体一体がカオスであり、四大天使もそれぞれがカオスである。

「一体一体は大したことありませんが……、あの数はちょっとまずいですね」

ヤマヒトは足を塔から離し、落下していく。

その手には、銃口が八股にわかれた拳銃のようなものが握られていた。


ーー八十三式強化外骨格、オロチを起動します。


拳銃のようなものからナビをする音声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には八股の銃口から赤い液体があふれ出す。

それはヤマヒトの体を包み込むと、大蛇の鱗を思わせる強化外骨格(パワードスーツ)におおった。

両脚と背中に装備された8つのスラスターが火を吹き、ヤマヒトは天使の軍勢の真正面に立ちふさがる。


「あまり考えたくはありませんが、私が撃ちもらしたカオスは、ヒサヒト様がよろしくお願いしますよ」

ヤマヒトはヒサヒトに二振りの剣を投げた寄越した。

「無理無理無理無理絶対に無理」

「剣術ならもう充分すぎるほど教えたでしょう。
それは、かつて伊勢神宮という場所に奉納されていた草薙の剣のレプリカです。
そしてこれが、壇之浦という場所からサルベージされた草薙の剣のレプリカ。
レプリカとはいえ、それは王家の血を引く方にしか扱うことはできません。
今日という日がヒサヒト様の初陣となるのは予想外でしたが、二本もあれば、あなたならカオスの一匹や二匹はたやすいはず」


ヤマヒトは天使の軍勢に向かって、両手の手のひらを前につき出す。

両の手のひらから二本の熱線が放射され、天使の軍勢を焼き尽くす。

しかし、

「すみません、やはり撃ちもらしてしまいました」

「絶対にわざとだろ!? ごめん、朝早くたたき起こしたりして! もうしないから!」

ヒサヒトの眼前に、半身を焼かれ翼を失った天使と呼ぶには醜い姿をした人外の存在が飛来する。

「申し訳ありません。お助けしたいところなのですが、あいにく第二波が向かってきておりますので」

「嘘だろ!? 早く! さっきの!! 手からビームだしてよ!」

「出したいのはやまやまなんですが、あれは一発ずつしか撃てないものでして」

「じゃあ、なんで最初から両方とも撃っちゃうんだよ!」

「かっこいいからに決まってるじゃないですか。
まぁ、私はこっちの方が好きなんですけど。
オロチ、補助アームをすべて展開しろ」


ーー了解しました。両腕、両脚、胸部、背中、補助アームをすべて展開。
八刀流ヤマタノオロチへ。


半壊した天使は一撃で仕留めるつもりか、サーベルをヒサヒトの喉元に向かってつきだした。
ヒサヒトは二本のレプリカでそれをはじくが、大きく体がよろめく。

しまった、スカイツリーのてっぺんだ。

ヒサヒトが気づいたときには、すでに遅かった。

天使もよろめいていたが、残った翼でことなきを得ていた。

ヒサヒトはそれを落下しながら見ていた。


「世話のやけるバカ王子だ!」

補助アームを展開し八刀流で天使の軍勢と戦っていたヤマヒトが、スラスターを吹かせて、落下するヒサヒトの救出に向かおうとしたその瞬間、





奇跡が起きた。





串刺しの巨人、スサノオ神が動いたのだ。

巨大な剣にもたれかかり、ぶらんと垂れ下がっていた左手が、ヒサヒトを受け止める。


「た、助かった……」

ヒサヒトは状況の理解が追い付かないながらも、一命をとりとめたことに安堵する。


「何が起きてる……」

状況の理解が追い付かないのは、ヤマヒトもまた同じだった。


スサノオ神が、ゆっくりと体を起こす。

スカイツリーがぎちぎちと音を立てて、地面からちぎれる。

ヒサヒトは放り投げられ、慌ててスラスターをふかせたヤマヒトが彼を受け止めた。

スサノオ神は、右手で草薙の剣を握り、一閃。

半壊した天使は真っ二つに切り裂かれ、草をなぐように真後ろの天使の軍勢もまた切り裂かれた。


「これが、究極召喚した王族の力か……」

ヤマヒトが感嘆の声をあげる。

スサノオ神は、腹部に突き刺さったスカイツリーを引き抜こうとしていた。
どこかに放り投げようとでもいうのだろうか?
しかし、その途中でその巨大な体は動きを止めた。

巨大な体が塵芥となり、崩壊していく。


「父さん?」

無意識にヒサヒトは、巨人を父と呼んでいた。

受け止められた瞬間に感じた温もりは、幼い日の記憶を甦らせていた。

「いなくなっちゃうのか? 死んじゃったのか? どうなってる? 教えてくれヤマヒト」

「究極召喚は、高天ヶ原の神々に御身と御霊を差し出し、神にすべてを明け渡します。
これはスサノオ神であって、お父上ではないのです。
便宜上お父上と私が勝手に呼んでいただけなのです。
ですが、お父上はもしかしたら、この時を予測されていたのかもしれませんね。
王族が御身と御霊を差し出す代わりに、神はひとつだけ願いを叶える。
この国を守ることより、お父上はあなたを守ることを願われたのかもしれません」

「国を、民を守るのが王族のつとめだろ?」

「スサノオ神ならば国は守れると思われたのでしょう。
兄上がアマテラスの究極召喚に失敗するのも計算外だった。
本来なら妹君を担ぎ出す予定ではなかった。
国を守ることは、あなたを犠牲にする可能性がありました。
現に、宮内庁の当時の幹部は幼いあなたまでも究極召喚に担ぎ出そうとしていた。
しかし、ヒサヒト様、あなたさえ生き残ることができたなら、国は滅んでも再興できる。
お父上はきっとそうお考えだったのでしょう」


塵芥と化したスサノオ神のあとには、スカイツリーと草薙の剣が遺された。

百メートルはあったであろう神器は、1メートルほどの長さになっていた。


「それが本物の草薙の剣です。
この国の再興の要であり、あなただけが扱うことのできる最強の剣」


ヒサヒトが剣に触れようとした瞬間、天使の軍勢の生き残りが、目の前に飛来した。


「まだ生き残りがいたか!」

ヤマヒトが叫ぶ。

「俺と父さんの邪魔をするな!」

草薙の剣を手にした瞬間、ヒサヒトの体もまた、強化外骨格におおわれていた。

ヤマヒトが、その強化外骨格が発する蒼い焔に圧倒され後退りした。

ガスバーナーと同じだ。朱よりも高温の蒼い焔。


「2600年あまりの王族の歴史の中で、誰も適格者が現れなかったという……
これが、八十三式強化外骨格・業(カルマ)か」


ヒサヒトはそのことに気づいているのかいないのか、蒼い焔に焼かれる天使をぼんやりと見つめていた。

顔は仮面に覆われており、表情はうかがい知れなかったが、その挙動からは何がおきているのかわからない、そんな様子がうかがえた。

天使が燃え尽きた頃、ヒサヒトの強化外骨格は解除された。

崩れ落ちるように倒れる彼を、ヤマヒトもまた強化外骨格を解除して受け止める。

ヒサヒトは意識を失っていた。


「帰りましょう、ヒサヒト様。
アイコ様がきっと、首を長くしてお待ちです」

ヤマヒトは、そういうと、優しくヒサヒトの頭を撫でた。
まるで、父親のように。優しく。

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