少女ギロチン

雨野美哉(あめの みかな)

Last CASCADE

ずっと会いたかったんだよ、ずっと探していたんだよ、だけど君を見つけることができなくて、だから違う女の子を君の代わりに、君にしたてあげようとしたりもした、間違いだったと思うけど、悪いことをしたと思うけど、でも君にこうして会うことができたから間違ったり悪いことじゃなかったのかもしれないね、
ぼくは麻衣に語りかけていた。ずっと、ずっと。
出会えたなら話したいことがたくさんあったから。
麻衣がぼくに返事をくれることはないけれど。
麻衣の心臓はもう動いてはいないけれど。
それでもぼくは、たくさんの、たくさんの話を麻衣に聞かせた。
泣きながら。
ときに笑いながら。
怒りもした。
やっぱり泣いた。
だからぼくは手術室に招かれざる客がやってきたときも、麻衣に語りかけてその気配に気付くことはなかった。
「安田さん、たった今、少女ギロチン連続殺人の容疑者宮沢リカを逮捕したそうです」
ぼくたちではない誰かの声を聞いたぼくは振り返る。
一目で刑事だとわかった。
「そうか、要雅雪も確保したと伝えてくれ。それとなお前、病院の中くらい携帯の電源は切っておけ」
二人組の刑事は、警察手帳をぼくに見せると、安田です、戸田です、と名を名乗った。愛知県警の刑事らしい。安田と名乗った男は見るからに叩き上げといった感じで、戸田と名乗った男はキャリア組だと一目でわかった。
「要雅雪だな。未成年者略取誘拐の罪であんたに逮捕状がでてる」
「署までご同行願えますか?」
ぼくは大きく深呼吸をして、両手を彼らの前に差し出した。
「ようやく終わりましたね」
「ああ長かった。まさかこいつを逮捕することになるとは夢にも思わなかったけどな」
「張り込みが無駄にならなくてよかったじゃないですか」
「あれはどう考えても無駄だろ。こいつはカスケード使いだが少女ギロチン魔じゃなかったんだからな。警察は行方不明の桑元痲依がこいつに誘拐されていたことすら確認できなかった。逮捕できたのは全部バリとかっていう妙な名前のガキのおかげだ」
「それはそれでいいじゃないですか。事件は無事解決したってことで」
「俺にはまだやることがあるけどな」
「マユちゃん、ですか。新婚一ヶ月で幼妻に逃げられるなんて安田さんもついてないですよね」
「うるせーよ。なぁ俺、新婚さんいらっしゃいに出るつもりだったんだぜ。あの番組に出てくる新郎ってなぜか皆、片言だろ?俺ひそかにあのしゃべり方練習してたんだぜ」
一体どうしたというのだろう。
「なぜあなたたちにはカスケードがきかないんだ」
そんなはずはなかった。
「あのね、うちら警察はね、おまえが十年前にアルタ前でカスケード使ってから、専門の調査機関まで作ってカスケードについて調べ続けてたわけよ」
安田と名乗った男が、ぼくの両手首に手錠をかけた。
黒く重たい手錠だった。
「カスケードが脳内の微弱な電流、つまりあなたが『思うこと』が、あなたの体の内側から外側に漏れる、そしてそれが空気や地表を伝わって不特定多数の人間に伝染する、カスケードなんて大層な名前がついてますが、あなたの体が突然変異でただそういうふうにできているだけだということがわかったんです」
「仕組みさえわかれば対処法くらい用意できる。カスケードが電流なら絶縁すればいい。誘拐魔ひとり逮捕するのに、結構金かけちまったけどな。どうせ国民の血税だ。贅沢に使わせてもらったよ。さ、行こうか」
二人組の刑事に促され手術室を出た。まだ麻衣にさよならを言っていない。
入れ替わりにバリが手術室に入った。彼は手に袋を提げていた。
「騙しちゃって、すみません」
すれ違いざまにバリはそう言った。
「麻衣を手に入れたかったのは、あなただけじゃなかったんですよ」
ぼくもまたそのうちのひとりです、とバリは言い、手術室の扉がしまり、銀色の器に盛られた麻衣をひとつずつ袋の中に入れられていくのが見えた。
「ありがとう。あなたのおかげで、ぼくは麻衣を手に入れることができました」
二人組の刑事に連れられて病院を出ると、院内は冷房がかかっていて聞こえなかった雨音が、鮮明にぼくの耳に届いた。
悲しい雨音だな、とぼくは感じた。


          

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