少女ギロチン

雨野美哉(あめの みかな)

事件編 プロローグ すべてはあの子の死体から

少女は気がつくと不眠症になっていた気がする。

リストカットもいつから始めたのかもう覚えていないし、精神科のお医者様にお薬を処方してもらいに行くようになったのはいつ頃からだったろうか。

学校にいつから行かなくなってしまったのか、その理由さえもわからない。いじめられていたような気もするし、誰かをいじめていたような気もする。

どちらでもないような気もした。その行かなくなった学校は、要先生のいる学校だったろうか、フリースクールだったろうか、要先生とは誰だったろうか。

要先生。

昼休みにはいつも、立ち入り禁止の学校の屋上から誰かを探しているように見えた。少女は廊下の窓から屋上の先生を見つけたとき、先生が探している子はきっとわたしなんだわと思った。

その瞬間から先生を好きになってしまって、ううん、前からずっと好きだった気がするけどよく覚えてはいなかった。

要先生について少女が思い出せるのはそれだけだ。

先生はどんな顔だったっけ。背は高かった?

若かった? 何もわからない。


フリースクールに通い始めた頃に、出会い系で知り合った男の子がいたような気がする。

とても優しくて、会ってみたらちょっと髪型が変だけどそれなりで、大学生で、住んでいるところも確かそんなに遠くじゃなかった。

だけどそれくらいの子はフリースクールにもいたから、その子と結局つきあったんだっけ。

おとなっぽい格好をして高校生だと偽って、ロリ服が欲しくてアルバイトをはじめたラーメン屋のオヤジに犯されてしまったような気もする。

メル友の大学生とは確かママが寝たんだ。

ゴスロリの服を着るようになったのはいつだろう。

リストカットを覚える前から?

覚えてから?

インターネットで見たゴスロリちゃんの半分はみんなリストカットの写真を公開していたのを見て、わたしだけじゃないんだってほっとしたことがあるような、ないような。アニメのコスプレとゴスロリを同じものみたいに並べてるネットアイドルに脅迫メールを送りつけたこともあったっけ。

いつからこんなに物忘れが激しくなってしまったんだろう?

ひょっとしてわたしは狂ってしまっていて、本当は醜い老婆で、心だけは少女のままモラトリアムを過ごしていたりして。

ロリ服のお店でたまにおばあちゃんを見たことがあったけど、あれは店の鏡か何かに映ったわたしだったりして。お孫さんのためじゃなくてわたしのために買ってたとしたら笑える。

西暦はとっくに2056年とかで、ひょっとしたらもう平成じゃないのかもしれない。

そんなまんがみたいな話あるわけないか、と少女は思う。

今朝見た部屋のカレンダーは1999年の6月で、黄ばんだり埃がつもったりはしていなかったから。

少女は笑いながら、わたしはどうしてごろりと転がっているのだろう、と思った。

体の感覚がまるでないくせに、妙に首のあたりが熱い。

ドッヂボールに首はないけど、あれに生まれかわってしまったとしたら、こんなどこまでも転がっていけてしまうような奇妙な感覚なんだろうか。

目の前に首のないゴスロリちゃんの死体が転がっているのも少女には不思議でならなかった。

だってその子は少女が着ていたのとまったく同じメタモルフォーゼのお洋服を着ていたから。

どうしてあの子は首がないんだろう。

切り口はとてもきれいで、鋭利な、いまどき珍しいけどギロチンみたいなもので、切られたかのように見えた。

血溜まりが少女の頬を濡らしていた。リストカットのときに何度も嗅いだ鉄錆のようなにおい。
少女はいつだって、手首を縦には切らなかった。

死にたかったわけじゃなかった?

ただなんとなく、病んでいる自分が誇らしかった?

でも本当にお医者様には境界性人格障害だって言われてた。

ちゃんと病んでることはカルテが証明してくれるのに、どうしてあんなことしたんだろう。

痛いだけなのに。

切って血や肉を見たときあんなに安心したのはどうして?

わからない。

少女にはもう何もわからなかった。

だけど気づいたことがある。

あの首のないゴスロリちゃんは少女の体だということ。

ごろりごろりと転がるうちに少女はゴスロリちゃんのめくれてしまったスカートの中を見た。

下着を身につけてはいなかった。

少女にとってロリ服はとても神聖なものだったから、いつも裸の上に着ていた。そんな着方をする子を少女は知らない。

あのゴスロリちゃんはわたしだ。

だけどどうしてわたしは首だけになってしまっているんだろう。

少女はもはや頭だけになってしまった全身を、髪を引っ張られて持ち上げられてしまうのを感じた。

大きな男の人の手だ。

誰の手だろう。

要先生?
メル友だった大学生?
フリースクールの男の子?
ラーメン屋のオヤジ?

その誰の手でもない気がした。

そんなことを考えていると、燃えるゴミ専用と書かれた、大きな透明なビニール袋に少女は入れられてしまった。

せっかく首だけになってしまったんだから、どこまでも転がっていけたらいいのに。

と、大塚愛子という名のその少女は最期にそう思った。


          

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