加藤麻衣サーガ missing (2001) + monochrone (2002) + ?

雨野美哉(あめの みかな)

完結篇「インダスト・リアル」序

さっきわたしは、産業廃棄物として処理されることが最高裁判所の判決で決まったそうだ。岐阜地裁や名古屋高等裁判所の裁判官はわたしに人権を認めてくれたけれど、最高裁の裁判官はわたしには人権はない、とした。
わたしは確かにヒトだけれど、わたしの存在は裁判官によれば下級審のようにヒトイコール人であるかを論じるべき事案ではなく、ヒトが人として生まれるには手続きが必要であるとするモノクローン法六条一項を一律に適用すべしと判断したということだ。わたしはその手続きが行われなかったこどもであったから、人ではなかった。
国民総背番号OR-39592021小島雪のモノクローンであるMS-39592021小島夜子を生成する過程で、夜子の隣の試験管に偶然こぼれおちた雪の細胞のひとつがわたしだった。培養液のなかでいつのまにか三ヶ月の赤ん坊の大きさに成長したタグのないわたしに最初に気づいたのは棗という研修医で、わたしは彼のオーベンである孔雀助教授の研修室に極秘裏に移され、12歳になるまで保育カプセルの中で過ごした。保育カプセルと一言に言っても他に小学カプセル、中学カプセルと呼ばれる大きなサイズがあり、わたしは六歳までを保育カプセルで、12歳までを小学カプセルで過ごした。
ツチノショウコという名前は、忘れもしない1989年の12月6日、棗先生が大学病院を去った日に最後にわたしにくれた名だ。厚さ三十ミリのガラス越しに先生はわたしに話しかけてくれた。声は聞こえなかった。カプセルの中に外から声を届けることはスピーカーによって可能であったし、文字情報であれば培養液中の電子に電流を流すことで液中にパソコンのスクリーンのように表示することが可能だったのに、先生はそうはしなかった。先生は優しく笑って、油性のマジックでわたしに正しく見えるように名前を書いた。ツチノショウコ。
まだ見ぬわたしのふたりの姉の名は雪と夜子であり、ようするにふたりは白と黒の名を与えられていたから、わたしには赤が与えられたのだ。赤という字を分解した「土ノ小」に女の子だから子をつけてくれたのだ。その程度のことはすぐに気がつくくらいの教育は受けていた。
わたしはありがとうと言って泣いた。口や鼻から漏れた空気や目から浮かび上がった涙はすぐに培養液にとけた。
先生の胸に名札はなかった。
中学カプセルへの移送中のわたしの写真が週刊誌の記事に載った。八年前のことだ。すぐさま人権派の白装束の団体「ショウコちゃんを守る会」からの要請で、わたしはカプセルから出された。はじめて吸う研修室の空気はコロニーに充満した毒ガスのように感じた。わたしを施設へと送るか、家族のもとへと帰すか、というさまざまな肩書きの人々のさまざまな意見でまったく進展しない状況のなかで、わたしのリハビリテーションははじまり、裁判も始まった。
わたしはすぐに歩けるようになったが、裁判はすぐには終わらなかった。
わたしはモノクローン医療という極限られた世界でのみ渦中の人となり、おそらく世界の大半の人から知られることなく裁判は続いた。原告はわたしの遺伝上の父であり、被告は孔雀教授だ。棗先生が病院を去ってすぐに孔雀助教授は教授になった。そこにはたぶん何の関連性もない。
遺伝上の父はわたしを娘とは認めず、わたしはモノクローンの生成過程における産業廃棄物であり、すぐに処分するよう大学病院と孔雀教授を訴えたのだった。処分というのは勿論殺すということだ。
毎回必ず最前列で裁判を傍聴していたふたりの姉はわたしと同じ顔をしていて気持ちが悪かったけれど、それはむこうも同じだったろう。ふたりは三年前の夏から見なくなった。雪だか夜子だか一方が他方を殺して行方不明になったと孔雀教授から聞いたけれど、興味はなかった。
裁判には懐かしい顔もあった。けれど、わたしの初恋の人だった棗先生は原告側の証人だった。
裏切られた気がした。
その証言が揺るぎのない確かな証拠として判決を導いた。
最高裁の判決は、わたしにとって死刑判決と同じだった。
裁判所から帰ったわたしは、守る会からの贈り物だったロリータのセーラーや下着を脱がされ、手足を折った姿勢でビニールテープでぐるぐると巻かれて、研究室の外に捨てられた。孔雀教授はすまない、と一言だけ言って赤いフレームのめがねをくれた。このわずか数年の間に随分低下したわたしの視力を補うために誕生日にくれると約束していためがねだった。わたしの誕生日は棗先生が病院を去った日だ。だから先生はあの日わたしに名前をくれたのだ。

わたしは待っている。
棗先生を? たぶん違う。わたしを回収にやってくる廃棄物回収用のトラックでももちろんない。
人は何かしらの意味をもって生まれてくるのだという孔雀教授の人生哲学における、わたしの存在の意味を。
そんなものはわたしの心にはない。わたしに心があるかどうかもわたしには曖昧だ。
だからそれは誰かの心の中にあるはずだった。誰かどうか、わたしのこの残された限られた時間にそれを教えて。
それと、ひとつだけ聞き忘れていたことがあった。わたしの脳はモノクローンの機械の脳であるのかヒト本来のものであるのかという問いの応え。
わたしは産業廃棄物、それはもうわかったし、それはそれでいい。
知りたいのはわたしに心はあったのかということ。



ぼくは少女の顔面を覆う半透明な白いビニールテープをそっと首までおろした。そのはずみに落ちてしまった赤いフレームのめがねを拾って、よごれをハンケチーフで拭き、少女の耳にかけてやる。少女が目を覚まさないようそっとだ。どちらにせよ、ここは土やコンクリートのかわりにおからが敷き詰められているような人工の島の産業廃棄物処理場で、劣化ウランさえ捨てられている場所だから、蒸せ返るような臭いと放射能にすぐに彼女は目を覚ますだろうけど。もうすこし寝かせてやりたい。ぼくが少女に優しくしてあげられるのは、たぶんこれが最初で最期なのだから。
ぼくの名は今は明かせない。勿論ぼくは一人称がぼくの少女ではなく少年だ。どちらかといえばそういう女の子は苦手だ。つまりぼくは待ち受け少女と呼ばれる存在ではない。では待ち受け少年か。いや、それも違う。ぼくは傍観者であり、事務職を希望していたのに神戸市の役場の新人研修でなぜかこんな世界の果てに飛ばされてしまった今では廃棄物処理員であり、そして被曝者であり、何も待ち望んでいやしない。
だからぼくがきみたちを相手におしゃべりするのはここまでだ。
ひとつつけ加えることがあるとすれば、先ほどこの島に捨てられたこの少女はすでに被曝しているということだ。
やがてぼくのように常に歯茎から血を流すようになる。それはこの島から二度と帰れないことを意味する。それがここが世界の果てと呼ばれる由縁だ。世界の果ては枝幸などでは絶対にない。
ぼくも少女ももはやここで死ぬしかないのだ。



もう一度目を覚ますことになるとは思いもしなかった。廃棄物回収用のトラックのコンテナはとても寒く、わたしはマクドナルドの安心のモノクローンパティにでもされるのだと想像していたから。あのパティは鼠とか蚯蚓とかの肉だと都市伝説は語っていたけれど、実際にはモノクローン肉だ。モノクローンフードはモノクローンをよい肉にする。しかし産業廃棄物は産業廃棄物処理場へ。なるほどここはテレビで見た第八番夢の島だ。太陽はスモッグに隠れて見えない。
わたしは産業廃棄物を四角く塗り固めたベッドに寝かされていた。布団も枕もなかったが寝心地は悪くはなかった。裸でも寒くない亜熱帯の気候らしかった。顔を覆っていたビニールテープは首までおろされていたせいで、首のまわりがやけに汗ばんで気持ちが悪かった。
遠くで大砲の折れた劣化ウラン装甲の戦車がキャタピラで廃棄物を平たく固めている。湾岸戦争以降日本が使用し続けている戦車だ。日本は半世紀以上前の国際連盟だけでなく国際連合までも無視し、侵略のための戦争を繰り返している。日本の劣化ウラン兵器をアメリカさえも恐怖していると保育カプセルの中でわたしは学習していた。あの戦車はその亡骸で、おそらくもう戦争にかり出されることはない。今の彼は廃棄物を処理する道具だが、やがて壊れて動かなくなり、そのとき劣化ウランという産業廃棄物にようやく戻れるのだろう。
わたしは体を胎児のように丸め、横を向いて左手の親指をしゃぶりながら眠るくせがあったので、だからわたしがわたしの背に立つ青年に気づいたのは戦車が巨大な煙突が並ぶ地平線の向こうに消えたときだった。スモッグはその煙突から出ていた。紫色のスモッグ。産業廃棄物処理のための人工島は地平線の向こうまで続いていた。
「ツチノショウコさん?」
背中から突然発せられた言葉にわたしは身を固くする。「はい」とだけ短く返事した。男はこの場所とは不釣り合いな見綺麗なスーツとアナスイの匂いをしていた。
「わたしは産業廃棄物処理班の者です。ご存じのようにあなたは産業廃棄物としてこの島に廃棄されたわけですが、あなたにはふたつの選択股があります」
背中越しの声は淡々と事務的に、まだ命の洗濯すら終わらないわたしに運命の選択を迫る。

①産業廃棄物として、このままここに横たわり続け、劣化ウランの戦車のキャタピラにぐちゃぐちゃに引き裂かれるのを待つ。

②人手の足りない産業廃棄物処理員に志願して臨時の地方公務員となり、休みなく働き続け使うこともない雀の涙ほどの賃金を手に入れる。

「前者は待ち受け少女としてのあなたにふさわしい最期かもしれませんね」
彼は笑ったがわたしは彼が何の話をしているのかわからなかった。待ち受け少女?
「ここに廃棄された人たちは大抵後者を選択されます。あなたのようにヒトとして生まれながらも人になれなかった方ではなく、戸籍を売るなどして人であることを放棄した元ホームレスの方ばかりですが」
尚、ガイガーカウンターがあなたの被曝を確認しておりますので二度とこの島から出ることはできません。彼は歯を見せて笑った。矯正中の歯は歯茎から流れた血で朱に染まっている。彼も被曝しているのだ。自分が被曝してしまったことを理解することも受け入れることもその歯を見れば容易にできた。
「少し考えさせてもらってもいいですか」
どちらを選択するかという問いの答えはすでに決めていたが、彼に前に一度会っている気がしていた。デジャブかなとも思ったけれど、それがわたしは妙に気になっていた。「いいですよ、では二通りの運命を選択されたお二方のドキュメンタリーフィルムが事務室にありますから、それでも見ながらお茶でもしましょう」
そのフィルムのことはわたしは語りたくない。ただ、わたしの未来はどちらを選択しても地獄でしかなかった。
事務室は殺風景なプレハブで、事務室兼寮でありながら生活感はまるでなく、壁にライオンのたてがみのようなヘアスタイルの内閣総理大臣の肖像画が飾られているだけだった。夜勤明けで眠る数人の労働者たちの男の臭いがした。彼らは皆、死んだように眠り、体の一部が生々しく欠けて包帯を巻いている者もいた。ひとりかふたり死んでいてもおかしくなかった。それほどここの仕事はつらく大変なものなのだろう。部屋の隅に寝袋にも見える死体バッグが折り畳まれて積まれていた。
彼がいれてくれたアップルティーをすすりながら、わたしは尋ねた。
「あの、どこかでお会いしたことがありましたっけ?」
孔雀教授の研究室にはいなかったはずだし、教授の生徒にもその顔はなかったはずだった。となると研究室が世界のすべてだったわたしと関わりがあるはずもないが、確かにどこかで一度わたしは彼に会っているのだ。ではいったいどこで?
「きみの裁判に関心があって、何度か傍聴させてもらったことはあったよ」彼は言った。学生時代の話だという。彼はわたしが彼の顔を覚えていたことに随分驚いたようだった。
「ぼくはきみのふたりのお姉さんの幼なじみで恋人だったんだ」
厳かに彼はそう告げた。
ミヤザワワタル。
それが彼の名だという。
「ぼくはきみを…」
そのあとに続く言葉はとても小さな声で聞き取れなかった。聞き返すことは失礼だと思ったからしなかった。
アップルティーを飲みほして、わたしは言った。
「ここで働かせてください」
ミヤザワワタルはまるで千と千尋の神隠しみたいだと笑った。その映画をわたしは知らなかった。彼はとても残念そうな顔をした。

産業廃棄物であるおからが土代わりに敷き詰められた第八番夢の島に昨日はじめて花が咲いた。他の産業廃棄物の毒素や劣化ウランによる被爆で、わたしのまいたひまわりの種は紫色の花を咲かせた。スモッグと同じ紫だ。
ゴジラじゃないけれど、時折見かけるミツバチは通常より一回りも二回りも大きく、それは蝶や蛾も例外ではない。頭部がみっつあるよだかもこの間大陸の方の空に見かけた。蚯蚓も土竜も地面から覗かせるその姿はそれはそれは大きい。里親詐欺でこの島の実験動物にされてしまった哀れな子犬や子猫たちは先祖返りでもはじめたのか狼や虎に似た奇形種に成長した。
作業中に戦車のキャタピラに巻きこまれてちぎれたはずの作業員の腕が蜥蜴の尻尾のように再生するのを目の当たりにしたわたしたちが思うのは、核反対!ではなく、核を戦争兵器や戦争抑止効果やエネルギー開発以外の有効利用を研究してはどうか、ということだ。研究対象になるのは誰もごめんだけど。
蜥蜴の腕の作業員の現場復帰を祝って、ゆうべ記念撮影をした。むき出しにして笑う皆の歯は歯茎から溢れる血で赤かった。きちんと歯が磨けているか、磨けていない箇所に色をつける薬品を皆で試したかのような写真が刷り上がり、皆で腹を抱えてわらった。
わたしの歯も血だらけだった。

ミヤザワワタルのサングラスのレンズでマリオとコクッパが飛び跳ねている。溶岩の上でシーソーのように左右に揺れる小島の上で、一見命をかけて戦う戦士のように見えるふたりは、実は死んでも何度でも生き返られる安っぽい命をかけているだけだ。ひとりはさらわれた姫を救い出すため、もうひとりは姫をさらった父の城へと目の前の男を行かせないために、今日も安い命をかける。任天堂の最新の携帯ゲームが折り畳みの次はサングラスの形をしており、ユーザーを驚かせたのはついこの間のことだ。付属のワイヤレスのコントローラーはミヤザワのデスクの下。彼はまだ中学生のようにトイレでたばこを吸うことに対し悪いことをしているという興奮を覚えてやみつきになるような大人なのかもしれなかった。ミヤザワワタルは発売日から一週間遅れで届いたそれを四六時中プレイしつづけている。この数日彼が事務室のデスクから動くところをわたしは見ていない。この島に店はなく、買い物は個人売買以外には主に通販で、わたしたちは暇さえあればニッセンのカタログとにらめっこをしている。
まだ二十歳と若いが現場監督であるミヤザワワタルの秘書兼補佐を勤めるのがわたしだ。
具体的な仕事は要するにただのお茶くみだが、外での重労働にわたしの体は向いてはいなかった。わたしの遺伝上の親族である父方小島家と母方内倉家の家系は皆心臓に欠陥があり、特に内倉の血は蛙の心臓よりはましという粗悪品の心臓を代々女の子だけに受け継がせていく。わたしも例外なく蛙よりはましという心臓なのだそうだ。マラソンもセックスも長くはできない作りだ。長く楽しみたいときはどうすればいいんだろう?そんな相手はわたしには現れないだろうけれど。この島へ廃棄された翌日からの一週間で、作業員としてのわたしには不的確の烙印が押された。わたしがお茶くみになった経緯はそんなところだ。
ミヤザワワタルは、
「ま、花嫁修行だと思って」
と言った。産業廃棄物の女の子がどうやったら人間の男の子と結婚できるのか教えてほしかった。ミヤザワワタルはわたしを馬鹿にしている。
しかしミヤザワワタルはわたしに、産業廃棄物処理と並行して行われるファイトレメディエイション(phytoremediation)の監督をさせてくれていた。ファイトレメディエイションとは、首相官邸までもごみ屋敷となったゴミ大国日本の政府が打ち出した苦肉の策であり、植物が持つ有害物質の吸収能力を利用して汚染地域改善を促す技術だ。前世紀、チェルノブイリの原発事故によって汚染された地域でその実験が行われている。放射能半減に三十年はかかる放射能物質セシウム137などを、栽培された植物はわずか二週間で95パーセントも除去していた。
わたしもミヤザワに勧められて宮崎アニメをいくつか見たけど、風の谷のナウシカにおける森がこの役目を果たしているのをあなたも一度くらいは見たことがあると思う。
この第八番夢の島をひまわり畑にするのがわたしの夢だ。
一応東京都の持ち物であるこの島は、十年後にはジオラマトーキョーと呼ばれる東京都と生き写しの島となることが計画されている。首都機能がすべてコピーアンドペーストされたミラー首都だ。有事の際にたとえ東京壊滅や日本沈没の事態に見舞われることになろうとも、国家の中枢に位置する官僚たちさえ東京を脱しジオラマトーキョーに入りさえすればそれで首都機能の移転は完成するという仕組みだ。官僚どもの考えそうなことだった。
しかし島中を端から端までひまわり畑にしてしまえば、都市開発の際にもひまわり畑をどこかしらに残してくれるはずだ。それが誰もわたしに教えてくれなかったわたしが生まれてきた意味なのだとわたしは理解している。
わたしが死んだら、そのひまわり畑の下にわたしの死体を埋めてもらう。被爆したわたしの体はファイトレメディエイションで浄化され、やがてひまわりがきれいな大きな花を咲かせる養分になる。花の色は太陽の色だ。
死ぬ場所も死に方もわたしはそう決めていた。
まだ小さなひまわり畑を島中に広げたら、あとは被爆によって爆発的に増加したわたしの白血球が正常な機能を失い暴走するのを待つだけ。
わたしは事務室の外へ出た。ミヤザワはまだマリオに夢中だ。
第八番夢の島は、地平線の向こうまで続いている。関東全域より少し大きいくらいだと聞いていた。ビルディングさえなければきっと東京でも地平線は見えるのだろう。
品川ナンバーの軽トラックがプレハブの事務室兼寮に隣接して停められている。朝夕と作業員を担当区域へと送る車だ。荷台にはスプリングの飛び出したソファがふたつ左右に並んでいる。都庁からのおさがりのソファだ。道路なんて気の利いたものがまだない凸凹の道なき道を行く車の振動は労働者の疲れた体に悪く椎間板ヘルニアになる者まで現れたので、ミヤザワが都にかけあって都庁中をたらい回しにされながらもようやく認可がおりて配給されたものだった。誰も好き好んでこんな島には来ないし、逃げだそうという者もいないから軽トラックにはキーが挿したままになっていた。ガソリンは残り少ないが、わたしのひまわり畑までを往復できるくらいの量はあった。
わたしは運転席に乗り込み、キーを回した。シートベルトはちぎれていて使えなかった。
エンジンが今にも壊れそうな金切り声を上げた。それは悲鳴にも嗚咽にもわたしには聞こえない。喝采だ。
軽トラックはわたしを乗せてゆっくりと発進する。わたしはブルドーザーや戦車から顔を覗かせる作業員たちに窓から笑顔の愛想をふりまいて、ひまわり畑へと向かう。この島に女の子はわたしだけだったから、みんなわたしに優しかった。
通いなれたはずのその道なき道は、大量に運輸や空輸される産業廃棄物たちのおかげで日々違う顔を見せてくれて飽きない。
わたしは車を止めた。
女の子が目の前の産業廃棄物の山に転がっていた。
車を降りて駆け寄る。
女の子は空から落ちてきた片羽根の天使だった。
右腕がちぎれたその死体は抱き上げると青白くきれいな背中の皮膚がだらりと剥けた。頭を撫でてると長い髪はずるりと抜け落ちた。少女の顔はぐちゃぐちゃにつぶれていて、生前どんな顔をしていたのかはわからなかった。
わたしはその裂けて歯がむき出しになった唇にキスをした。
不意にわたしはひまわり畑の下にこの子を埋めてあげたいと思った。その場所はわたしの場所だったけれど、この子の方がふさわしいと思ってしまった。
だけどあの場所だけは絶対に譲れない。
わたしは女の子をそのままにして、軽トラックに乗り込んだ。
ひまわり畑はもうすぐそこだ。紫色の花たちが風に揺れていた。
ここで引き返してしまう自分はものすごく馬鹿な女の子だと思う。

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