加藤麻衣サーガ missing (2001) + monochrone (2002) + ?

雨野美哉(あめの みかな)

PANDA REMIX EDITION 2002/08/16-23

8月16日(金) 天気はれ 気温35℃

夜子がママをさがすなんて言い出したのはおとといがはじめてのことだったんだ。十年以上ママには会っていないし、夜子はもうママの顔も声も忘れてると思ってた。夜子がママがいなくなって泣いたのはあの日だけだから。
昨日はそんな気にならなかったけれど、ゆうべ寝言をつぶやきながら泣く夜子の寝顔を見て、気になっちゃった。ママ、ママ
夜子が近所の女の子たちと、三年前わたしが夜子を連れて公園デビューした公園の砂場におままごとに出かけてる間に、夜子のメールボックスを開いたんだ。
ひょっとしたら何かママから連絡が届いてるのかもしれない。
そんなわけないのにね。
そんなわけなかったから、またわたしは悲しくて泣いちゃったんだけど。
ママに会いたい。会いたいよ、先生。



8月17日(土) 天気くもりのちはれ 気温36℃

芹菓から届いたメール。

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To 小島雪<sonw126@xxxxxx.ne.jp>&加藤麻衣<mai109@xxxxx.ne.jp>
From 鈴木芹菓<serikas@xxxxx.ne.jp>
Title (*´∀`)=σ)´Д`) プニュプニュ
Message
こないだはごめんね。お兄ちゃんとカヨのエッチをモニターで見て、わたし頭がおかしくなりそうだったの。なってたかもしれない。雪や麻衣の声がずっとうわのそらだったから。ふたりが来てくれてるのは覚えてるんだけど、いつ帰ったのか覚えてないんだ。わたし、ちゃんとふたりを見送ったかなぁ?お兄ちゃんとカヨのエッチを仕組んだのはわたしだけど、でも死にたくなった。お兄ちゃんがカヨにしたのがカヨのカラダにあんなにアザを作るくらいのSMだったから、とかじゃなくて、わたしじゃなくてカヨなんかがお兄ちゃんにあんなに愛された//

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先生、携帯のメールは不便です。



8月18日(日) 天気くもり 気温32℃

夜子は日曜の朝だけは早いんだ。学校のある日は寝坊するくせに休みの日だけは早い小学生みたい。いつもはお昼すぎにならないと起きない。
セーラームーンの再放送を観ては変身セットをほしがって、ハリケンジャーを観てはシノビマシンをほしがる。龍騎は夜子には難しいみたいだった。クラッシュギアは観ずに歯を磨いたり顔を洗ったりトイレに行ったりしてるみたい。おじゃ魔女を観たあとはかならずおかしを作りたがるんだ。
今日は夜子にねだられて忍びマシンを買いに行ったよ。朝十時のデパートの開店を待つ家族客に並んで。それもふたつ。こうしてわたしたちの部屋に毎年毎年合体変形ロボットのおもちゃが増えていくんだ。
夜子はかわいいけど、でもときどきすごく迷惑。
それにしても何もシノビマシン同士を戦わせることないのに。しかもわたしが悪役だなんて。
まるでわたしたちの関係そのままじゃない。



8月19日(月) 天気はれのちあめ 気温29℃

オレンジのタルトが食べたい。
そう思ったらもう止まらなかった。布団の中でまだうだうだと惰眠をむさぼろうとしていたヤコを叩き起こして私好みのロリ服を着させると用意もそこそこに家を出た。
道連れとばかりにワタルも連れていこうよぅなんてヤコが言うものだから私もその気になってしまった。
ワタルには悪いことしちゃったかな。
三宮に着くとヤコは自信を持って正反対のセンター街の方へ歩き出した。
ぐいっと襟首を掴んだら苦しかったらしくて泣いてしまった。
慰めながらも私の胃と頭はオレンジのタルトに行き着けないことに苛立ちを覚えていて嫌な女だなぁって少し凹んだの。でもね、先生。ワタルが私の頭を撫でてくれたんだ、まるで見透かすかのように。
あの時先生がいたら同じように頭を撫でてくれたかな?
ヤコの機嫌がやっと直って歩き出すと食べ物屋さんを通る度にハーゲンダッツのチョコチップアイスが食べたいだとか、吉野屋の牛丼が食べたいだとかうるさくて仕方がなかった。
ワタルに任せていたんだけどワタルはワタルでハンズに寄りたいとか言ってくるしであの時の私の顔はきっと鬼か般若のような顔をしていたんだと思う。文句を言おうと振り返ったら二人とも涙ぐんだようにして謝ってきたから。
でも、お目当てのマヒシャに着いてオレンジのタルトを食べたら今までの怒りが吹き飛んでしまって結局帰りはハンズに寄って、吉野家に寄ってデザートにアイスを食べたんだ。
いつか、先生ともこんな風にぶらぶらしながらカフェに行きたいな。



8月20日(火) 天気はれ 気温27℃

ワタルの誕生日を忘れてた。8月15日。先生と同じ日。去年も忘れてた。
駅前のデパートで買った2000円もするくせに小さい丸ケーキを買って、夜子といっしょにワタルの家に行く。
ワタルは出かけていて、ワタルのママと夜子とわたしの三人でワタルが帰ってくるのを待った。
「わたし、雪ちゃんや夜子ちゃんみたいな女の子がほしかったの」
外国製のお菓子をよばれてきたなくなった夜子の口のまわりをふきながらワタルのママは言った。
その言葉はきっと本当で、ちっちゃいときからワタルのママはわたしたちを猫っかわいがりしてくれる。目に入れても痛くないみたいに。娘みたいに。このひとがわたしたちのママだったら、このひとはわたしたちを捨てたり、夜子にだけメールをしたりしないと思う。
ワタルのママの顔はアザだらけ。
「最近あの子の暴力がひどくなって…」
と笑った。「こんな顔じゃパートにも出られないのよ」
宮沢家にはパパがいない。
おさななじみ、と呼べる子はお互いに何人もいるけれど、ワタルみたいにずっと仲のいい子はいない。さびしさを埋めあう関係なんてダサイけど、でもきっとそんなところで、わたしたちとワタルの関係はつながってるんだと思う。
ワタルが好き。
ママに暴力はふるってもわたしや夜子にはふるったりしないから、きっと大事にしてくれてるんだよね。でもママも大事にしてあげて。
ワタルが喜ぶ顔が見たくてずっと待ってたけど、パパが夜子をむかえにきたからいっしょにわたしも帰りました。



8月21日(水) 天気くもりのちはれ 気温28℃

芹菓からの呼び出しメール。軽井沢から帰ってきた芹菓が前回のおわびも兼ねてモノクローン座談会?の第3弾をやりたいんだとか。
わたしはなんだか行く気にならないから、麻衣に夜子を連れてってもらいました。
あんなメールをもらって芹菓にどう接したらいいのかわからなかったし、それに芹菓のことがあまり好きじゃないからかな。友達だけど。
夜子はわたしがついていかないことを知ると、麻衣の前で泣き出してしまいました。
泣いた夜子の手を困った顔をしてひく麻衣、かわいかったな。
ワタルがネットアイドル加藤麻衣のファンだったみたいに、男の子はみんなきっとわたしや芹菓じゃなく麻衣を選ぶんだろうなって思ったら少し泣けました。
時刻は夕方なのに、まだ太陽がまったく沈む気配を見せない頃、麻衣が夜子を連れて帰ってきたとき、お昼に別れたときが嘘みたいに夜子は笑ってた。
「まいおねぇちゃん」
「コラ、夜子ちゃんより年下だゾ、麻衣は。飛級してるんだから」
「?」
「そっか、わかんないか。いいよ、おねぇちゃんで」
「やたー」
「ほら見て、おうちの前で雪おねぇちゃんが待ってるよ?」
「ちがうもん。ちがうもんちがうもん」
「え?」
「雪ちゃんはね、おねぇちゃんじゃないの。夜子のおともだちなの」
わたしは世界を傍観することしかできないけど、だからわかることがあるんだ。
麻衣と夜子が好きです。



8月22日(木) 天気くもり 気温32℃

この間、カフェに行った帰りにワタルの要望通り東急ハンズにも寄ったんだ。
私は小さな発泡スチロールと耐水性の紙やすりを買ったの。今日はそれを加工して羽を作った。夜子の絵本を読んでいて前から作りたいと思っていたから。
夜子は私が水につけながら発砲スチロールを削るのを不思議そうに見てた。
「羽をつくってるんだ、天使の羽。ほら、あの絵本みたいでしょ?」
そう言うと夜子は、
「はね~、はね~」
と呟きながら私の手元をじっと見つめてた。
羽は結局2枚だけ作った。
私と夜子の分。
片羽でいい。私達は二人で一人前くらいで調度いい気がする。
二人で一枚ずつ羽をつける。
「一枚ずつ??」
夜子が聞くから、
「ほら、二人でくっつけば飛べそうでしょ?」
自分の言っていることが少し恥ずかしくてそっぽをむいて答えるとヤコはくすくすと笑ってうんと答えたんだ。



8月23日(金) 天気あめ 気温27℃

ママが突然小島家に帰ってきました。
十年間わたしや夜子やパパをほったからしにしてたくせに、ちょっと買い物に出かけてただけみたいに、当たり前みたいに。
「おみあげちょうだい。おみあげー」
夜子がママに駆け寄った。
「何これー?」
夜子が勝手に開けたママの大きな旅行鞄のなかには、指名手配中の誘拐犯のポスターが敷き詰められていた。
「パートでね、そういうことしてるの」
街のあちこちにそれを貼ってまわるの。ママは笑ってそう言った。
容疑者は女の子。まだ14歳。わたしや夜子よりもかわいい。少女まんがに出てくるどこかの財閥のお嬢様みたいな顔をしてた。顔写真が公表されてしまうのは彼女がモノクローンだから。

ジェリービーンズ>オリジン>ミッシング>モノクローン

江戸時代の士農工商と同じで、生まれだけで身分が決まって、最下層のモノクローンには人権さえ与えられない。それがこの国。
「雪や夜子がうまれた頃はモノクローンの虐待死が問題になったけれど、今はモノクローンのオリジン殺しがはやってるんだってね」
殺されたのは同じ顔の女の子だった。頭がつぶれトマトになるまで滅茶苦茶に殴られてその子は死んだ。
「モノクローンは知ってるのかな。オリジンとモノクローンの根本的な違いを。どの子もオリジンの頭を滅茶苦茶にしてるね」
わたしとパパはそれからずっと夜子を見つめていました。ママはわたしたちの気なんて何も知らないで料理に夢中だった。そういうひとだ。
夜子は違う。そう思いたいけど、ふたりとも心のどこかでもし雪が夜子につぶれトマトにされたらって思ってた。
それでもいい。そう思う。
夜子がもし、わたしを殺したいなら殺したらいいと思う。
もしわたしが夜子で、夜子が雪だったら、きっと夜子のわたしも雪を殺したいって思うと思うから。
だって全部同じ遺伝子なんだもん。

ママ、十年ぶりに食べたママの料理はおいしかったよ。
ありがとう。
おかえり、ママ。


          

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