加藤麻衣サーガ missing (2001) + monochrone (2002) + ?

雨野美哉(あめの みかな)

2002/07/19-07/25

7月19日(金) 天気雨のちくもり 気温29℃

これ、夏休みの宿題だから明日からはじめればいいと思うんだけど。何となく、書きたくなったから。

終業式を終えた帰りに、麻衣たちと遊んだから帰ったら日が暮れてた。
夜子は寝てた。いつも夜は取り合いになる布団を夜子は幸せそうに一人占めしてた。わたしのモノクローンは夜子って書いて「ヤコ」って読む。個体番号はCH-39592021。
みんなだれでもそうだと思うけど、わたしと夜子は同じ顔をしてる。よく見れば違いはわかるよ。本人同士なわけだし。わたしの方が少し丸顔。夜子の方がだからかわいい。でもパパもママも頭に大きな人工脳の移植跡があるかどうかでしかわたしたちを見分けられない。
しかたないよね。国民総背番号と個体番号は8桁の数字の前につくアルファベットがORかCHかっていうだけの違いだし、階級も違うけど、結局同じ遺伝子なんだもの。
先生は70年代生まれだっけ?先生にはいないんだよね、モノクローン。確か82年生まれのこどもからだから。だから先生にはわからないかもしれないけど、不思議なんだ。何年たっても慣れない。自分と同じ顔の人間が何人かはいるって一昔前の漫画とかにあるけど、でもきっと何人いたってそんな人たちには生きている間は会えないと思うんだ、雪。
だけど、わたしたちみたいなこどもにはうまれたときからずっと同じ顔をした子がそばにいる。同じ顔なのにふたごみたいにはいっしょに育たない。食べるものも着る服も、身分までも違う。2時間キープスーパーチャージみたいなのを死ぬまで飲み続けるだけの食生活と、着せ替え人形みたいにママやわたしにとっかえひっかえされるだけの洋服。わたしといっしょなのは布団だけ。同じ顔なのに。だから、すごく不思議なんだ。
今日の夜子、一応写真に撮っておくね。寝顔だけど。
うちの子かわいくない?なんて、同じ顔してるのにこんなこと書いたら自画自賛かな。

それにしてもね、先生の説明を思い出すと顔がゆがんじゃうよ?
「ひまわりやあさがおの観察と同じだから」
おかしいよ、先生。



7月20日(土) 天気くもりのちはれ 気温31℃

夜子は、丸1日中部屋にいるわたしを不審そうな目で見てた。
今日から夏休みなんだよと言ってもぴんとこない顔をしてる。
毎年のこと。夏休みが終わってわたしがまた学校に行くようになるとさびしそうにわたしのセーラーの袖をひっぱるんだ。
夜子はずっと変わらない。

昨日、麻衣たちと遊んだって書いたけど、ファミレスでおしゃべりしていただけ。
ドリンクバーを注文して、テーブルに備え付けられたテレビの画面をタッチして遊んでたらすぐに2・3時間が過ぎる。
わたしたちは課題のテキストや一覧表をテーブルの上に広げて、誰がどの教科の担当かを決めた。
理系科目を芹菓ひとりの、文系科目は麻衣とわたしの担当。芹菓は理系志望だったけれど学年主任の牛田に無理だって言われて諦めた子だし、理系科目は数も少ないから全部やってくれる。第一、芹菓は文系科目にはむいてない。
読書感想文や小論文の類は麻衣を迎えにきたお兄ちゃんに頼んだら引きうけてくれた。小説家志望だからどんな文章でも書けば勉強になるんだって。
わたしの担当の現代国語はゆうべ解き始めたらとまらなくて明け方には全部終わっちゃった。
古典と漢文もあるけど、あと3日あればたぶん終わる。だからこの宿題が一番厄介。

わたしは夜子におそろいのロリ服を着せて、夕方涼しくなった頃ショッピングに出かける計画をしてるんだ。一緒にショッピングに出かけると、一着試着する時間で二着試着できるから楽しい。
大阪で服を買った。



7月21日(日) 天気くもりのち快晴 気温32℃

夜子に絵本を読んであげた。グリム童話の、原本を日本語訳したもの。
ちっちゃいころわたしたちがパパに読んで聞かせてもらったものとは違うので、夜子は釈然としない顔をして聞くのでおもしろい。
「違うよ、雪ちゃん」
「そこ違う」
「シンデレラはそんな女の子じゃないよ」
「赤ずきんちゃんはそんな話じゃないよ」

きれいなものばかり見てきてたら、わたしも夜子みたいにずっときれいでいられたのかもしれない。
わたしは汚れてしまってる。
ヘンゼルとグレーテルを夜子に読み聞かせながら、雪は少し泣きました。



7月22日(月) 天気くもりのちはれ 気温33℃

夜子はお箸が使えない。
訓練さえすればオリジンやミッシングと同じくらい器用に指を使えるらしいけれど(ブラインドタッチで雑誌の対談をテープから起こすモノクローンもいるって聞いたことがある)、わたしの夜子は何の訓練も受けていないから。
ナイフとフォークはわたしもうまく使えない。修学旅行のテーブルマナーで一度だけ握ったことがあるけれどすぐに忘れてしまった。
夏休み中にどうにか夜子にお箸を使えるようになってほしくて、夜子がおなかがすけば冷蔵庫から出してくる点滴のようなゼリーを夜子のわからないように隠して、わたしと同じ食事をさせてみることにした。
夜子はお箸の握り方も知らなかった。
夜子もわたしもとても疲れた顔をしてたけれど、少しだけお箸を使えるようになった夜子にわたしは満足していた。夜子を何度も抱きしめて、頭をなでてあげた。えらいね。
夜子のことは好きじゃないけど、わたしのこどもみたいな夜子は好き。こどもほしいな。
先生のこどもがほしい。



7月23日(火) 天気快晴のちはれ 気温35℃

ちっちゃいころこわい夢をみると、パパは画用紙とクレヨンを持ってきて、わたしたちに絵を描かせた。
夢を言葉で説明することが難しいことを知っているから。
それに、絵を描いているうちにどうしてあんなにこわがったんだろうって、ちょっと前の自分を客観視できるようになるから。パパに泣きついてしまったことが恥ずかしくなって、どうでもよくなってしまう。
整合性を失った物語は少しもこわくない。
わたしがそれを続けていたのは小学校を卒業するまでで今はもうしていないけれど、夜子はずっと続けているんだ。モノクローンはけっして親離れをしない。だからパパと夜子は今でもいっしょにお風呂に入る。

今朝、夜子が描いた絵。
女の子のちいさな手が夜子の首をしめている。
この女の子は誰?と訊くと、夜子は「雪ちゃん」とこたえた。
わたしだって何年も前からずっと、毎晩、夜子に首をしめられる夢を見ているのに。
夜子だけがパパに愛されている。



7月24日(水) 天気快晴のちはれ 気温37℃

グロスを口にべったりとつけた夜子の裸がインターネットに流れていた。
ネットアイドルをしてるともだちのE子が教えてくれた。
モノクローンの裸は、児童ポルノ禁止条例にはひっかかったりはしないから(何しろモノクローンには人権がない)、商業誌に堂々と10歳の女の子の陰毛のないあそこが載っていたりする。
だけど、この夜子はモノクローンコラージュ。「モノコラ」だ。
胸の形も大きさも、乳首の色もわたしのものとは違うし、わたしも夜子もこんなには毛深くない。
聖徳太子一枚で、裸にしたい女のモノクローンのモノコラを作ってくれるサイト。今をときめくモノコラ職人のこづかい稼ぎ。
それはよく見るとグロスじゃなかった。
精液。
犯罪予備軍のサイトにはグロスをつけた女に性的な興奮を覚える男たちのスレッドまであるけど、たぶんそういうことなのだと思った。
わたしをこんなふうにしたい男の子がいるんだと思うとすごく刺激的。
誰が依頼したのかすごく気になった。

作品名 CH39592021
依頼人 heroyukiさん

ひろゆきという名前をへろゆきと表記するひとをわたしはひとりしかしらない。
棗弘幸先生。
先生だったんだね。どきどきしたよ。



7月25日(木) 天気はれのちくもり 気温35℃

こわい夢をみたから、クレヨンで画用紙に描きなぐった。
女の子のちいさな手がわたしの首をしめている絵。
「このこはだれ?」
と夜子が訊くから「夜子ちゃん」とだけこたえた。
このあいだのおかえし。
夜子は泣き出してしまった。
夜子の泣き腫らした目を見たパパはわたしの髪の毛をひっぱりながら叱った。
泣きたいのはわたしなのに。

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