加藤麻衣サーガ missing (2001) + monochrone (2002) + ?

雨野美哉(あめの みかな)

エピローグ ミッシング・シンドローム 2

黄色い傘をさして、赤い長靴をはいた少女は、緑色のランドセルを背負っていた。
通学用の帽子は黄色で、ピンクのワンピースを着ていた。
少年は少し離れたところで、少女を見ていた。少女は少年より五つ年下だと聞いていた。少年は中学二年であったから少女は小学三年だ。まだ十にもなっていない。
少女の体は華奢で背も低く、ランドセルはとても大きく見えた。小さな体は背中の重みで今にも後ろに転がってしまいそうだった。ランドセルの奇妙な緑色は、スプレーで塗ったもののようで斑があった。
ちゃぷんと水たまりを赤い長靴が踏むと、波紋が広がった。
少女はワンピースの中が水たまりの鏡に映っていないか気になる様子で、何度も確認した。前にかがんで水面をのぞきこんだときに、短いワンピースのおしりから真っ白な下着が見えた。そして少女は水たまりに向かってエッチ、と言った。
少年は下着を見てしまったのを咎められた気がして、どきりとしてしまった。下着を見逃さなかったのは少女に見とれていたからだ。少女とはまだ言葉も交わしていないというのに、少年は少女に恋をしてしまっていたのだ。
少女は水たまりから水たまりへと、枝から枝へと飛び移る鳥のように飛んで遊びはじめた。
雨水がはねる。
黄色い傘が空に舞う。
少年が舞い落ちる傘を見ているうちに、少女は少年の正面の水たまりに飛んでいた。はねた雨水が少年の真っ白な夏服の学生服のシャツを汚した。
少女があまりに楽しそうに笑うので、少年もつられて笑った。
「知ってた? 麻衣はお兄ちゃんの妹になるんだって」
「うん、知ってる」
少女の兄妹になることを告げる言葉さえも、少年は咎められている気がした。初恋の女の子が妹になるなんて、なんて自分は不運なのだろうと思った。
「これからはぼくが麻衣を守ってあげるよ」
平成八年の初夏のこの日、少年の母と少女の父が再婚した。市役所の駐車場で新しい両親を待っていたふたりも、手続きはすでに終わりこのときにはもう兄妹になっていた。
梅雨は明けたとその日の朝のニュースで聞いた。雨はもう降ってはいなかった。
「お兄ちゃんは麻衣を誰から守ってくれるの?」
少女は少年の顔をのぞき込みながらそう言った。思わずキスをしてしまいそうになる距離に少女の顔がある。
しかし少女は妹なのだ。
少年は少女の頭を撫でるだけで我慢することにした。だけどいつかこの唇にキスをしてしまうかもしれない。
「誘拐魔かな」
と少年は冗談でそう言ってひとり笑った。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品