加藤麻衣サーガ missing (2001) + monochrone (2002) + ?

雨野美哉(あめの みかな)

2002/03/08-03/14

3月8日、金曜日

棗さんが第8番夢の島に出かけて一週間が過ぎました。
今朝は花梨さんも硲さんも訪ねてはきませんでしたが、ふたりのいるファミレスから逃げ出してしまったことを麻衣はとても反省しています。謝りたかったけどもらった名刺も帰り道で捨ててしまったので、電話をかけることもできません。
トモヤは四月からはじまる番組の準備に忙しく話したいことがたくさんあるのになかなか時間を割いてはくれませんでした。
実家のお兄ちゃんに電話をすると知らない女の子が電話に出ました。
「バリくん、麻衣ちゃんて子から電話だよ」
女の子が受話器を耳から話したすきに麻衣は電話を切りました。
枝幸の芹香ちゃんに硲さんから聞いたおじいさんの話を確認したかったけれど、枝幸のあの家には確か電話がありませんでした。
喪服の刑事さんたちが今日また訪ねてきました。だけどこの間とは少しだけ違いました。
「なつめ警察署のものですが、少しお時間よろしいでしょうか」
「コープです」
「ゲロです」
「この子の行方を追っているのですが、ご存じありませんか?」
差し出された行方不明の女の子のポスターに映っているのは麻衣ではありませんでした。
佳苗貴子、とありました。
今年のはじめに東京の郊外にあるなつめ市で行方不明になった中学三年生だそうです。身よりがないわけではありませんが、両親の死後親戚中をたらいまわしにされた子で、全寮制の学校の寮で年末年始をひとりで過ごしているときに行方不明になったそうです。
麻衣の方が三ヶ月だけ行方不明の先輩です。
今日になって気づいたのですが、棗さんは麻衣がトモヤからもらって分解して遊んでいた拳銃を持って出かけたみたいでした。



3月9日、土曜日

「モモちゃん」
洗濯物を干しにベランダに出たところで、麻衣はモヨコちゃんに声をかけられました。
「今ちょっと時間ある? 今日もうちの人いないんだ。うちに遊びにこない?」
うちの人、という言い回しがなんだかとても羨ましくて麻衣も真似をしました。
「うちの人ももう一週間いないんだ。だから遊びに行くね」
そう言いながら、虹色の布を返さなくちゃいけなかったのを思い出しました。
花梨さんの毎朝のお迎えに慣れてしまった麻衣は今日も見綺麗にしていたので、すぐに遊びに行けました。
隣の部屋のインターフォンを鳴らします。
「モヨコちゃん、モモだよ」
チェーンキーを外す音がして、他にも南京錠を外す音がいくつもの聞こえたあとで、最後にドアノブの向こうの鍵が外れました。麻衣は一分ほど待たされてしまいました。コスモの電波というのは、それほどにもモヨコちゃんの命を狙っているのでしょうか。
同じドアのはずなのにモヨコちゃんの部屋のドアはとても重々しく開きました。
ドアを開いてもまだ虹色の布が。
のれんのような、カーテンのような虹色の布の奥からモヨコちゃんらしい小さな手が麻衣を手招きしています。
虹色の布をくぐると、そこには昨日コープさんとゲロさんがポスターを見せてくれた女の子がいました。
佳苗貴子ちゃんがいました。



3月10日、日曜日

モヨコちゃんの部屋の中は虹色に輝いていました。裸の上に虹色の布を巻き付けたモヨコちゃんはまるで擬態をしているようで、なるほどモヨコちゃんのうちの人はコスモの電波からこうやってモヨコちゃんを隠しているのです。
「モモちゃんの部屋にも昨日、刑事さんが訪ねてきたでしょ」
嘘をついてもどうせすぐにばれてしまうので、麻衣はうん、とだけこたえました。
「見た? わたしの行方不明のビラ。笑っちゃうね」
なんとこたえていいのか、麻衣にはわかりませんでした。だから虹色のハンカチをテーブルの上に置きました。テーブルクロスも虹色で、隠れて見えなくなりそうでした。
「これ、ありがとう」
「役に立った?」
「うん」
「うそだ」
ほら、やっぱり。麻衣のつく嘘はすぐにばれてしまいます。
「コスモの電波なんてどこにもないし、この虹色の布だって白い布を絵の具で染めただけよ。役に立つわけがないわ」
モヨコちゃんは麻衣に貸してくれておいてそんなことを言いました。
「うちの人、頭が少しおかしいのよ。おかしな宗教にはまってて、この布も一枚十万で売りつけられてて、ネズミ講っていうのかな、そういうので今は逆に布を売る仕事をしてるの」
体に巻き付けた布を留めた安全ピンをはずしました。布ははらりと床に落ちました。モヨコちゃんの擬態がとけて、その姿は虹色の世界に白い蝶のように浮かび上がりました。それはとても綺麗な光景でした。
モヨコちゃんは生まれたままの姿で、何かどろりとした液体の入った虹色のカップを三つ、テーブルの上に置きました。どうぞって言われても怖くて飲むことなんかできません。
「モモちゃんも驚いたと思うけど、でもわたしも驚いちゃった。まさかモモちゃんもわたしと同じで誘拐された女の子だったなんて」その言葉に顔をあげると、天井から家具を隠すように吊られた虹色の布から、男の人が顔をぬっと出したところでした。
「はじめまして、加藤麻衣さん。家内がいつもお世話になっています」
それはモヨコちゃんのうちの人でした。



3月11日、月曜日

モヨコちゃんのうちの人は、まだ二十代前半の大学生くらいの年に見えました。枝幸の橋本洋文も確か同じくらいでした。麻衣のうちの人は今年で三十一になります。
ミヤザワワタルと彼は名乗りました。
富良野の麻衣の同級生にもそんな名前の男の子がいました。同姓同名でも印象はまったく違いました。麻衣は富良野の彼もあまり知らないのですが、少なくとも布の中から出てくるような人ではありませんでした。彼は麻衣のことが好きらしくて告白されたこともありました。もちろん麻衣は断りましたが、今思えば彼と付き合っていたらもしかしたら麻衣はそろそろ公立高校の受験をするようなふつうの女の子のままでいられたかもしれません。
ミヤザワさんは麻衣に話があると言いました。
「きみにとってとても大切な話だよ。きみにそれをどうしても伝えたくて、モヨコにきみを連れてきてくれるよう頼んだんだ」
と彼は言いました。
モヨコちゃんは麻衣に嘘をついていたのです。
だけどその嘘はたぶん、うちの人は今日もいないと言ったことだけです。
虹色の布から解放された佳苗貴子ちゃんの顔を見れば、それくらいいくらおばかな麻衣にだってわかりました。
先週、硲さんは麻衣をまるで、人魚の肉を食べて不老不死になった八尾比丘尼のように言いましたが、ミヤザワさんはその日次のことを麻衣に語ったのです。



3月12日、火曜日

「率直にいうと、加藤麻衣さん、きみは本来この世界に存在してはいけない女の子なんだ。しかし存在が熱望された存在だと言うこともできる。
失礼だと思うけれど、きみの家族のことをいろいろと調べさせてもらった。
きみはなぜ、きみの家族が結婚と離婚を繰り返しているのか考えたことはあるかい?
きみの双子の姉である依子を連れて家を出たきみの実の母である橋本蓉子が、実は富良野連続女児誘拐殺害事件の真犯人橋本洋文の姉だということを知っていたかい?
昨年末までの数年間、きみの継母であった内倉綾音は初婚で学を産み落とした後にすぐに離婚して、神戸で小島という家に嫁ぎ、双子の姉妹を産み落としては離婚し、そして君の父と再婚していたことを知っていたかい?
人はこの世界に生まれ落ちるとき、何らかの使命を与えられてうまれてくる。それは、そう考えなければ人はレミゼラブルを心に抱いてしまって生きることに意味を見いだせない、ということを苦にした先人たちによって言われはじめたのではなく、揺るぎない事実だ。
きみの父やふたりの母にはきみを産み落とす使命が与えられていた」



3月13日、水曜日

「ぼくと同じミヤザワワタルという名前の人間は世界中に存在している。きみの富良野の同級生にもいたはずだ。いないとは言わせない。きみの三人の両親がきみを産み落とすために生まれたのに対して、ぼくたちはきみを導くために生まれた存在だった。
ぼくの信じる宗教には、宗教は人にのみ許された魂の拠り所であるから人のためにのみ、枝葉に何千兆人の運命がテレビドラマの脚本のようにこと細やかに記されたはじまりの木というものが存在して、そのレプリカによってぼくは、ぼくやきみの三人の両親の運命を知ることになった。
きみはやがて人が、有史以前のバベルの塔の建造以来、実に一万年ぶりに神に再び反旗をひるがえすときのために、神に捨てられたイエスキリストの処刑を見届けた世界中の宗教の開祖たちの会合によって、1981年に生み落とされることが約束された女の子だ。
しかしきみは約束の1981年には生まれず、内倉学が生まれてしまった。そのために三人は離婚と再婚を繰り返してきみが生まれるまで子を産み続けることになってしまった。
すべてはきみが生まれなかったために起こってしまったことだ。
なぜ生まれなかったはずのきみはここにいるんだい?」



3月14日、木曜日

でも麻衣はここにいます。
麻衣が一体、何をしたというのでしょうか。
ただ誘拐されただけです。
お兄ちゃんを麻衣から奪った恋子をただ殺しただけです。
恋子を殺してしまったことがいけなかったのなら謝ります。
世界中の人に謝ります。
だから許してください。
わたしはふつうの女の子です。
棗さん、みんなが麻衣をいじめます。
早く帰ってきてください。
棗さんがいなくなって今日で丸二週間が過ぎました。

ミヤザワさんはあの日、最後にこう言いました。
「ぼくはきみをぼくたちの宗教の巫女として迎え入れたい」
棗さん、早く帰ってきてくれないと、麻衣、どこかへ行っちゃうよ。

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