異世界転移? いいえ、異世界帰還です。異世界を滅亡の危機から救ったら、今度はぼくの世界が滅亡の危機に瀕してました。

雨野美哉(あめの みかな)

第2話 Our enemies are your world itself.

ステラの世界に存在し、レンジの世界には存在しないもの。
レンジの世界に存在し、ステラの世界には存在しないもの。

前者はエーテルと呼ばれる、大気中に含まれる魔法の源となる魔素であり、後者は放射性物質だった。

放射性物質はエーテルを宿主とし、新たな魔素ダークマターへと変化した。

本来なら混ざりあうことがなかったものが混ざりあい、ステラの世界に混沌をもたらした。


エーテルは魔法の源となるだけではなく、進化を促すものでもあった。

動植物に自我や高い知性を与え、魔物とした。
魔物という表現は物騒に聞こえるが、魔素を取り込んだ動植物を意味していた。人語を理解し、人間と共存が可能な存在であった。魔物だけの国家も存在した。

人の中にはエーテルと一体化して産まれてくる者が稀におり、人よりもはるかに高い知性と魔法の才能、そして不老長寿の身体を持つ、魔人と呼ばれていた。ステラもまた魔人であった。


しかし、ダークマターがもたらしたのは進化ではなく混沌化と呼ばれるものであった。

魔物から知性を奪い、獰猛な性格と強靭な肉体を与え、もはや人とは共存が不可能な異形の存在「カオス」を産み出した。

ダークマターは、エーテルと同じように魔法の源とすることができた。
その魔法には、エーテルを触媒とする魔法の何倍もの威力があった。
人には本来扱えないはずの禁忌の魔法さえも扱えるようになり、死体や死霊を操るネクロマンサーと呼ばれる存在まで現れた。

その代償は大きく、魔法を使えば使うほど人の体は徐々にダークマターに蝕まれていき、やがてその中から魔王と呼ばれる存在が生まれてしまった。
その魔王すらも操り、世界を支配することを企てる者までが現れた。

それは二度と起こしてはいけないことだった。


だが今度は逆に、エーテルがこの世界に流れ込み、放射性物質と一体化してしまっていた。


「明日の夜に何が起きるんだ? 今度は誰が何をしようとしてる?」

あまりにも時間がなさすぎた。

すでにこの世界の動植物はすべてエーテルによって魔物化し、さらにダークマターによって混沌化していた。
おそらく、犬や猫といったペットを家の中で飼っていた家庭では、目を覆いたくなるような惨劇が起きていることだろう。


ステラの魔法によって跡形もなくなったカオスたちがいた場所からは、ダークマターの黒い瘴気が立ち昇っていた。

元はカラスであったであろう、三本足の黒い巨鳥の群れが、その瘴気に招きよせられ、ふたりに向かって襲いかかってきていた。

レンジは高く飛び上がり、両手に持つ剣でそのうちの一羽を斬ると、それを足場として更に高く飛び上がり、群れをすべて斬り刻んだ。

しかし、その死体から噴き出す瘴気が、新たなカオスを呼ぶ。
そのカオスは死体からダークマターを取り込み、さらに獰猛に、さらに強靭な体となり襲いかかってくる。
それが永遠に繰り返されるのだ。

「すべては、あなたの世界が仕組んだことだったのでしょうね。
わたしたちの世界は、あなたの世界にとって、ただのゴミ処理場だったのよ」

責めるような口調ではなかった。けれど、悲しい口調だった。

ステラは新たに襲来したカオスを氷結魔法で氷漬けにした。
それはその場しのぎのものでしかなかったが、カオスの襲来を一時的に止めることができた。

「無毒化する方法が見つからず、自然に浄化されることを待つしかない。けれど、それには何十万年もかかる。
そんなものが増え続けていき、捨てる場所すらなくなってしまった。
だから、あなたの世界は、わたしたちの世界にそれを捨てることにした」


ステラの世界では、魔法文明の著しい発展や戦争によってエーテルの枯渇が深刻化していた。
そして、人工的にエーテルを産み出そうとした結果、ダークマターが産まれてしまった。

「よくよく考えたら、それはあり得ないことだった。
あのとき、まだゲートは開いてはいなかったのだから。
あなたの世界からわたしたちの世界に放射性物質が流れ込むなんてことはあり得ないことだった」

しかし、それがすべてのきっかけとなり、ステラの世界はレンジの世界の存在に気づくことになった。
ダークマターの持つ力に魅了された男によってゲートが作られ、放射性物質を自ら招き入れることになった。

「あの男がゲートを作り出す前に、あなたの世界の何者かがすでにゲートを作っていた。そうとしか考えられない」

しかし、ゴミ処理場でしかなかったはずの世界で、放射性物質はダークマターとなるだけではなく、その世界に生きる者の中から浄化方法を産み出す者が現れた。
その浄化方法は、現在はレンジの体に刻まれ、彼はその存在そのものが浄化装置となっていた。

「あなたの世界は、わたしたちの世界をゴミ処理場にしただけでなく、今度はわたしたちの世界に攻め入り、すべてを奪おうとしている。
敵は、わたしたちの世界にいたダークマターの力に魅了された者ではなかった。あの男ですら、操り人形に過ぎなかった」

ステラは、彼女の視界に映るすべてのカオスを氷漬けにすると、

「わたしたちの敵は、最初からあなたの世界そのものだったのよ」

そう言った。


          

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