あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第28話(第143話)
静止した時の中の職員室で、梨沙は洪璧(こうへき)を捕まえると、すぐに体育館へとわたしたちを移動させた。
「さすがの女王も、連続で力を使うと疲れるみたい」
梨沙は苦笑して言った。
「当たり前でしょ? わたしたちは力を一時的に借りてるだけで、体は元のままなんだから」
「だよね。
校舎を元に戻すよ。時間も。
真依はすぐ、この体育館の扉や窓が開かないようにして。
わたし、今、芽衣の、山汐凛の体も治ししてる途中だから。これ以上はちょっと無理っぽい」
わたしは耳を疑った。
それは孝道も同じだった。
「凛の体を? どういうことだ?」
「ツムギから聞いたの、さっき。
シノバズがみかなと電話してたとき。
あの子、いろいろあって、子どもを産めない身体になっちゃったんでしょ?
いなくなっちゃった夏目メイって子が、一番後悔してることだったって聞いた。
だから、治してる」
「だからって、今やらなくたって……」
「いつまで女王の力が使えるかわかんないからね。後からあのときやっておけばよかったって後悔したくないんだ」
時間が動き出した。
梨沙がそこまで考えて、無理を重ねて必死に作ってくれた、たぶん最初で最後のチャンスだった。
ここで洪璧を逃すわけにはいかなかった。
わたしはすぐに体育館のドアや窓をすべて開かなくした。
孝道に梨沙のそばにいてくれるように頼んだ。
「ここは……? 体育館? 私は職員室にいたはずじゃ……」
洪璧は戸惑いながらも、わたしの姿を視界に見つけると、
「君の仕業か。なるほど、さすがだね。
皆既日食や■■■村の生徒たちの早退は、女王復活の合図だったというわけか」
うれしそうにそう言った。
「まさか、あんたが犯人だなんて夢にも思わなかった。
だから、あのとき、あんなに怯えてたの? 洪璧先生。の、ふりをした殺人鬼さん」
「ぼくのことは、そうだな、▲▼▲▼とでも呼んでくれ」
彼の名前に興味はなかった。おそらく偽名だろうということもわかっていた。
「ねぇ、教えてくれる?
どうして、寝入を殺したの?
璧隣家があなたに何かした?
それとも、誰かの命令?」
「君に会いたかったからだよ。
だから、君を目覚めさせるために、返璧の次期当主が唯一心を許していた璧隣の次期当主とその家族を殺した。
ただそれだけだよ」
わたしに女王の力を目覚めるため?
そんなことのためだけに寝入を殺した?
「わたしはあなたを知らない。
卑弥呼でも壱与でもないから。
この血に刻まれた記憶を辿ってもあなたが誰かわからない」
「知らなくて当然だよ。
私は、邪馬台国について研究する、現代に生きる一学者に過ぎないからね。
でも、そうか、女王の血が目覚めても、君はあくまで返璧真依に過ぎず、新たな太陽の巫女であって、卑弥呼ではないのか。
残念だな。じゃあ、璧隣の人間は無駄死にだったか」
その瞬間、わたしはその男の両手足を吹き飛ばしていた。
手足を失ったその男は床に転がり、それでも笑っていた。
「何がおかしいの? 今のわたしなら、あんたを木っ端微塵にすることもできるんだけど」
「君は卑弥呼ではないが、その力は卑弥呼と同一のものなのだろう?
卑弥呼が、これほどまでに、人類史上最高とも言えるシャーマンとしての力があったことを知ることができた歴史学者は私だけだ。
あのイエス・キリストでさえも、これほどの力はなかったはずだ。
それが嬉しいんだよ。
私は、邪馬台国について研究してきた学者たちの中で、最も卑弥呼に近づけた。
今まさに卑弥呼が持っていた力を身をもって体験することができているんだからね。
この痛みすら、悦びだ。
私の心は今、歓喜に震えているよ」
この男は狂っていた。
戦時中に死者の軍隊を作ろうとし、わたしの曾祖母らを脳を好き勝手いじくりまわしてくれた奴らと同じだ。
「私はこどもの頃に邪馬台国とその女王である卑弥呼の存在を知ってから、この四十年余りの間、ずっと卑弥呼に恋をしてきた。
1800年も昔に生きた女王に片思いをしてきたんだよ。
どんな顔や声をしていたのか、どんな性格だったのかもわからないというのに、今この世界に生きるどんな女たちよりも魅力的だった。
卑弥呼以外の女に興味や好意を抱いたことはなかった。
卑弥呼は、私のすべてだった。
研究を重ねていくうちに、わたしは■■■村の存在を知った。
まさか、邪馬台国の滅亡後も、女王やその民の血を引く者達が存在し、その血を絶やさないどころか、さらに血を濃くして現代まで子孫を残し続けていただなんて。
私の胸や心は踊ったよ。
君は卑弥呼に似ているのかな。
その顔や声や性格は。
いや、もはや、それもどうでもいいことだな。
私にとっては、君が卑弥呼だ。
私の身体を好きにしていい。
もっと君の力を見せてくれないか?
私はそれくらい君を愛しているんだよ」
わたしはその言葉を聞いて、おぞましいと思った。
けれど、この男が卑弥呼に対して抱いている感情は、わたしが孝道にすべてを捧げたいと思っていることと何が違うのだろう、とも思った。
孝道はわたしのすべてだ。
わたしは彼がわたしにしたいと思うことはすべて受け入れられるし、受け入れたいと思っている。
何も変わらないような気がした。
わたしも、この男のように、おぞましいと思われてしまうような恋をしているのだろうか。
「あんたがしてほしいことを、してあげるつもりはない」
わたしは、自分がもし孝道に言われてしまったら、もう生きてはいけないだろう言葉を彼に贈った。
それでも彼は笑っていた。
「あんたは、どうやって■■■村と邪馬台国の関係を知ったの?
戦時中にすべて軍が回収したはずでしょう?」
「君が何もしてくれないというなら、私も君の問いには答えられないな」
わたしは、その男の吹き飛ばした手足の根元から、新しい手足を生やしてやることにした。
赤ん坊のような手足が生えた。
細胞分裂による成長速度を何百倍何千倍も加速させた。
「嬉しいなぁ。本来なら一度失ったら再生不可能なはずの手足を再生することができることだけじゃなく、成長速度までコントロールしてみせてくれたのか。
破壊することは簡単だが、再生は破壊よりもはるかに難しい。これは本当に素晴らしい力だ。
やはり君はイエスをはじめとする世界中のどんな聖人たちよりも優れた存在だ」
「答えてくれる?」
「ああ、そこにいる君の友達。
もうひとりの女王だよ。
彼女が、わたしの身体を洪璧そっくりに作り替えてくれたんだ」
その瞬間、その男の体は風船のように大きく膨らんで、破裂した。
          
「さすがの女王も、連続で力を使うと疲れるみたい」
梨沙は苦笑して言った。
「当たり前でしょ? わたしたちは力を一時的に借りてるだけで、体は元のままなんだから」
「だよね。
校舎を元に戻すよ。時間も。
真依はすぐ、この体育館の扉や窓が開かないようにして。
わたし、今、芽衣の、山汐凛の体も治ししてる途中だから。これ以上はちょっと無理っぽい」
わたしは耳を疑った。
それは孝道も同じだった。
「凛の体を? どういうことだ?」
「ツムギから聞いたの、さっき。
シノバズがみかなと電話してたとき。
あの子、いろいろあって、子どもを産めない身体になっちゃったんでしょ?
いなくなっちゃった夏目メイって子が、一番後悔してることだったって聞いた。
だから、治してる」
「だからって、今やらなくたって……」
「いつまで女王の力が使えるかわかんないからね。後からあのときやっておけばよかったって後悔したくないんだ」
時間が動き出した。
梨沙がそこまで考えて、無理を重ねて必死に作ってくれた、たぶん最初で最後のチャンスだった。
ここで洪璧を逃すわけにはいかなかった。
わたしはすぐに体育館のドアや窓をすべて開かなくした。
孝道に梨沙のそばにいてくれるように頼んだ。
「ここは……? 体育館? 私は職員室にいたはずじゃ……」
洪璧は戸惑いながらも、わたしの姿を視界に見つけると、
「君の仕業か。なるほど、さすがだね。
皆既日食や■■■村の生徒たちの早退は、女王復活の合図だったというわけか」
うれしそうにそう言った。
「まさか、あんたが犯人だなんて夢にも思わなかった。
だから、あのとき、あんなに怯えてたの? 洪璧先生。の、ふりをした殺人鬼さん」
「ぼくのことは、そうだな、▲▼▲▼とでも呼んでくれ」
彼の名前に興味はなかった。おそらく偽名だろうということもわかっていた。
「ねぇ、教えてくれる?
どうして、寝入を殺したの?
璧隣家があなたに何かした?
それとも、誰かの命令?」
「君に会いたかったからだよ。
だから、君を目覚めさせるために、返璧の次期当主が唯一心を許していた璧隣の次期当主とその家族を殺した。
ただそれだけだよ」
わたしに女王の力を目覚めるため?
そんなことのためだけに寝入を殺した?
「わたしはあなたを知らない。
卑弥呼でも壱与でもないから。
この血に刻まれた記憶を辿ってもあなたが誰かわからない」
「知らなくて当然だよ。
私は、邪馬台国について研究する、現代に生きる一学者に過ぎないからね。
でも、そうか、女王の血が目覚めても、君はあくまで返璧真依に過ぎず、新たな太陽の巫女であって、卑弥呼ではないのか。
残念だな。じゃあ、璧隣の人間は無駄死にだったか」
その瞬間、わたしはその男の両手足を吹き飛ばしていた。
手足を失ったその男は床に転がり、それでも笑っていた。
「何がおかしいの? 今のわたしなら、あんたを木っ端微塵にすることもできるんだけど」
「君は卑弥呼ではないが、その力は卑弥呼と同一のものなのだろう?
卑弥呼が、これほどまでに、人類史上最高とも言えるシャーマンとしての力があったことを知ることができた歴史学者は私だけだ。
あのイエス・キリストでさえも、これほどの力はなかったはずだ。
それが嬉しいんだよ。
私は、邪馬台国について研究してきた学者たちの中で、最も卑弥呼に近づけた。
今まさに卑弥呼が持っていた力を身をもって体験することができているんだからね。
この痛みすら、悦びだ。
私の心は今、歓喜に震えているよ」
この男は狂っていた。
戦時中に死者の軍隊を作ろうとし、わたしの曾祖母らを脳を好き勝手いじくりまわしてくれた奴らと同じだ。
「私はこどもの頃に邪馬台国とその女王である卑弥呼の存在を知ってから、この四十年余りの間、ずっと卑弥呼に恋をしてきた。
1800年も昔に生きた女王に片思いをしてきたんだよ。
どんな顔や声をしていたのか、どんな性格だったのかもわからないというのに、今この世界に生きるどんな女たちよりも魅力的だった。
卑弥呼以外の女に興味や好意を抱いたことはなかった。
卑弥呼は、私のすべてだった。
研究を重ねていくうちに、わたしは■■■村の存在を知った。
まさか、邪馬台国の滅亡後も、女王やその民の血を引く者達が存在し、その血を絶やさないどころか、さらに血を濃くして現代まで子孫を残し続けていただなんて。
私の胸や心は踊ったよ。
君は卑弥呼に似ているのかな。
その顔や声や性格は。
いや、もはや、それもどうでもいいことだな。
私にとっては、君が卑弥呼だ。
私の身体を好きにしていい。
もっと君の力を見せてくれないか?
私はそれくらい君を愛しているんだよ」
わたしはその言葉を聞いて、おぞましいと思った。
けれど、この男が卑弥呼に対して抱いている感情は、わたしが孝道にすべてを捧げたいと思っていることと何が違うのだろう、とも思った。
孝道はわたしのすべてだ。
わたしは彼がわたしにしたいと思うことはすべて受け入れられるし、受け入れたいと思っている。
何も変わらないような気がした。
わたしも、この男のように、おぞましいと思われてしまうような恋をしているのだろうか。
「あんたがしてほしいことを、してあげるつもりはない」
わたしは、自分がもし孝道に言われてしまったら、もう生きてはいけないだろう言葉を彼に贈った。
それでも彼は笑っていた。
「あんたは、どうやって■■■村と邪馬台国の関係を知ったの?
戦時中にすべて軍が回収したはずでしょう?」
「君が何もしてくれないというなら、私も君の問いには答えられないな」
わたしは、その男の吹き飛ばした手足の根元から、新しい手足を生やしてやることにした。
赤ん坊のような手足が生えた。
細胞分裂による成長速度を何百倍何千倍も加速させた。
「嬉しいなぁ。本来なら一度失ったら再生不可能なはずの手足を再生することができることだけじゃなく、成長速度までコントロールしてみせてくれたのか。
破壊することは簡単だが、再生は破壊よりもはるかに難しい。これは本当に素晴らしい力だ。
やはり君はイエスをはじめとする世界中のどんな聖人たちよりも優れた存在だ」
「答えてくれる?」
「ああ、そこにいる君の友達。
もうひとりの女王だよ。
彼女が、わたしの身体を洪璧そっくりに作り替えてくれたんだ」
その瞬間、その男の体は風船のように大きく膨らんで、破裂した。
          
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