あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第19話(第134話)
わたしと梨沙は旧璧隣邸の前にいた。
そこは、今ではみかなや芽衣、みかなの兄・孝道が住む家であり、わたしの大切な幼馴染みである寝入とその家族が住んでいた家であり、去年の冬に1ヶ月も芽衣が寝入たちの死体と過ごした家だった。
みかなたちが引っ越して来る前までは、わたしは毎日のようにこの家に来ていた。
寝入に会いたくて。
寝入の声が聞きたくて。
けれど、みかなたちが引っ越してきてからは、わたしはずっとこの家に来るのが怖かった。
きっとわたしが知っている家ではなくなっているだろうから。
それを見てしまったら、本当に寝入に会えなくなる気がしていた。
寝入の声が聞けなくなる気がしていた。
だけど、もう、寝入はどこにもいないのだ。
殺されただけじゃない。
村人たちの記憶から消され、今では寝入のことをおぼえているのは、わたしと梨沙だけだ。
寝入は戸籍から何もかも抹消され、この世界に存在していたという証拠は、もうわたしたちの記憶にしかない。
なぜ寝入が、璧隣家の人たちだけがそんな思いをしなければいけなかったのか、わたしは真実を知りたかった。知らなければいけなかった。
知らないままでいたり、真相を暴くことを、みかなの兄ひとりにまかせてしまったら、きっとわたしは一生後悔する。
だからわたしはもう目を背けたりしない。
けれど、インターフォンのボタンを押そうとする指が震えた。
何度押そうとしても、わたしの指はボタンにかすりもしなかった。
「真依がひとりで背負いこまなくていい。
これは、わたしの問題でもあるんだから」
梨沙がわたしの震える右手を、人差し指を、両手で支えてくれた。
「一応わたしも女王の血を引いているみたいだからね」
知ってたんだ、とわたしは思った。
そして、インターフォンがようやく押せた。
雨野孝道はすぐに出てきてくれた。
「真依ちゃん? 梨沙ちゃんも?」
彼は学校にいるはずのわたしたちが、女王の血筋のふたりが訪ねてきたことに驚いていた。
「わたしには、あなたひとりにすべて押し付けるなんてできないから」
「わたしも同じ気持ち。だから、ふたりで来たの」
彼は、そうか、とだけ言って、わたしたちを家に招き入れた。
家の中は、それほど変わってはいなかった。
北欧家具が少し増えているくらいだった。
パソコンも増えていた。
四台並んでいて、そのうちの一台はゲームか何かの画面だろうか、CGで作られた芽衣によく似た顔をした男の子や女の子たちが何人かいて、モニターの中からわたしや梨沙を見ているように見えた。
「せっかく来てくれたのに悪いけど、あれからまだ何も進展はないんだ。ごめんね」
生活力が皆無だと言われるだけあって、ペットボトルのわたしたちに手渡しながら彼は言った。本当に申し訳なさそうに。
彼がわたしたちに謝る理由なんて何もないのに。
「前に梨沙と話したことがあるんだ。
みかなや芽衣は、この村やわたしたちの高校に来るべくして来た。来ないなんていう『もしも』はありえないんじゃないかって。
わたしはあのふたりと、あなたのおかげで変われた。
梨沙とこんな風にこの家にあなたを訪ねてくることができるくらいに変わることができた。
だけど、わたしはもっと変わらなきゃいけない」
わたしはそう言って、
「試してほしいことがあるんだ」
彼からもらった携帯電話を取り出した。
「わたしには電磁波のことはよくわからないし、プログラムのこともよくわからない。
けど、この携帯電話で記憶が消せるのは確かに見た。
記憶を消せるなら、電磁波の方向みたいなのを変えたり、プログラムを変えたりして、梨沙が消された記憶を取り戻させることってできない?」
彼も梨沙も、目をぱちくりさせていた。
彼は、
「そうか、その手があったか」
と。
梨沙は、
「携帯電話で記憶を消す? どういうこと?」
と。
「梨沙が消された記憶を取り戻せたら、村人たちや梨沙から誰が記憶を消したのかがわかるよね?
梨沙が思い出そうとすると霧がかかったみたいになることもきっと思い出せるよね?」
彼はわたしが出した携帯電話に手を伸ばし、
「できるかもしれない」
そう言って、早速パソコンの前に座った。
携帯電話とパソコンをケーブルでつなぎ、モニターに表示されたプログラムらしきものを次々と書き換えていく。
別のモニターの中の芽衣によく似た人たちが、そんな彼を優しい目で見つめているように見えた。
どうやら、梨沙に説明するのは、わたしの役目になりそうだった。
          
そこは、今ではみかなや芽衣、みかなの兄・孝道が住む家であり、わたしの大切な幼馴染みである寝入とその家族が住んでいた家であり、去年の冬に1ヶ月も芽衣が寝入たちの死体と過ごした家だった。
みかなたちが引っ越して来る前までは、わたしは毎日のようにこの家に来ていた。
寝入に会いたくて。
寝入の声が聞きたくて。
けれど、みかなたちが引っ越してきてからは、わたしはずっとこの家に来るのが怖かった。
きっとわたしが知っている家ではなくなっているだろうから。
それを見てしまったら、本当に寝入に会えなくなる気がしていた。
寝入の声が聞けなくなる気がしていた。
だけど、もう、寝入はどこにもいないのだ。
殺されただけじゃない。
村人たちの記憶から消され、今では寝入のことをおぼえているのは、わたしと梨沙だけだ。
寝入は戸籍から何もかも抹消され、この世界に存在していたという証拠は、もうわたしたちの記憶にしかない。
なぜ寝入が、璧隣家の人たちだけがそんな思いをしなければいけなかったのか、わたしは真実を知りたかった。知らなければいけなかった。
知らないままでいたり、真相を暴くことを、みかなの兄ひとりにまかせてしまったら、きっとわたしは一生後悔する。
だからわたしはもう目を背けたりしない。
けれど、インターフォンのボタンを押そうとする指が震えた。
何度押そうとしても、わたしの指はボタンにかすりもしなかった。
「真依がひとりで背負いこまなくていい。
これは、わたしの問題でもあるんだから」
梨沙がわたしの震える右手を、人差し指を、両手で支えてくれた。
「一応わたしも女王の血を引いているみたいだからね」
知ってたんだ、とわたしは思った。
そして、インターフォンがようやく押せた。
雨野孝道はすぐに出てきてくれた。
「真依ちゃん? 梨沙ちゃんも?」
彼は学校にいるはずのわたしたちが、女王の血筋のふたりが訪ねてきたことに驚いていた。
「わたしには、あなたひとりにすべて押し付けるなんてできないから」
「わたしも同じ気持ち。だから、ふたりで来たの」
彼は、そうか、とだけ言って、わたしたちを家に招き入れた。
家の中は、それほど変わってはいなかった。
北欧家具が少し増えているくらいだった。
パソコンも増えていた。
四台並んでいて、そのうちの一台はゲームか何かの画面だろうか、CGで作られた芽衣によく似た顔をした男の子や女の子たちが何人かいて、モニターの中からわたしや梨沙を見ているように見えた。
「せっかく来てくれたのに悪いけど、あれからまだ何も進展はないんだ。ごめんね」
生活力が皆無だと言われるだけあって、ペットボトルのわたしたちに手渡しながら彼は言った。本当に申し訳なさそうに。
彼がわたしたちに謝る理由なんて何もないのに。
「前に梨沙と話したことがあるんだ。
みかなや芽衣は、この村やわたしたちの高校に来るべくして来た。来ないなんていう『もしも』はありえないんじゃないかって。
わたしはあのふたりと、あなたのおかげで変われた。
梨沙とこんな風にこの家にあなたを訪ねてくることができるくらいに変わることができた。
だけど、わたしはもっと変わらなきゃいけない」
わたしはそう言って、
「試してほしいことがあるんだ」
彼からもらった携帯電話を取り出した。
「わたしには電磁波のことはよくわからないし、プログラムのこともよくわからない。
けど、この携帯電話で記憶が消せるのは確かに見た。
記憶を消せるなら、電磁波の方向みたいなのを変えたり、プログラムを変えたりして、梨沙が消された記憶を取り戻させることってできない?」
彼も梨沙も、目をぱちくりさせていた。
彼は、
「そうか、その手があったか」
と。
梨沙は、
「携帯電話で記憶を消す? どういうこと?」
と。
「梨沙が消された記憶を取り戻せたら、村人たちや梨沙から誰が記憶を消したのかがわかるよね?
梨沙が思い出そうとすると霧がかかったみたいになることもきっと思い出せるよね?」
彼はわたしが出した携帯電話に手を伸ばし、
「できるかもしれない」
そう言って、早速パソコンの前に座った。
携帯電話とパソコンをケーブルでつなぎ、モニターに表示されたプログラムらしきものを次々と書き換えていく。
別のモニターの中の芽衣によく似た人たちが、そんな彼を優しい目で見つめているように見えた。
どうやら、梨沙に説明するのは、わたしの役目になりそうだった。
          
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