あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。

雨野美哉(あめの みかな)

第17話(第132話)

みかなの兄、雨野孝道(あめの たかみ)。

彼のハッカーとしての名前である「シノバズ」を検索すると、彼はインターネットではかなりの有名人だった。
有名人というよりは、もはや実在するかどうかもわからない、都市伝説上の存在のような扱いをされていた。

彼が警視庁や警察庁から捜査依頼を受け解決した事件は、この10年で十数件あった。
彼は今、誕生日を迎えていれば25歳、迎えていなければ24歳だ。
10年前に彼が本当にすでにハッカーとして活動していたのなら、14,5歳の中学生だったことになる。
今のわたしよりも2つも年下だった。

それらの事件は、新聞記事やテレビのニュース、ワイドショーで取り上げられることがない「秘匿事件」であるとされていた。
事件内容のあまりのおそろしさから事件の存在自体が国民に知らされることのないものだという。

警視庁にもパソコンの扱いに長けた専門家がおり、そういった者達が集まる部署も存在しているはずだった。
しかし、シノバズは、そういった専門部署に属する人たち以上に高い能力を持っており、捜査依頼を受けてきたとあった。


彼が最初に関わったとされる事件は、90年代の終わりに大量破壊兵器をこの国に持ち込んだテロ組織「天禍天詠(てんかてんえい)」の壊滅だった。

そのテロ組織は、まず東京で大量破壊兵器を爆発させ首都機能を麻痺させたあと、他の5つの主要都市でも大量破壊兵器を使用し、その後は自衛隊や警察、米軍基地を掌握し、新国家を作ろうと計画していたという。
新国家の設立後は、ヨーロッパの古い預言者の終末の預言を自分たちの手で引き起こそうとしていたことから、彼を「世紀末に現れた救世主」だとする者たちがいるほどだった。

それ以外にもシノバズは、どれも真偽のほどまでは定かではないけれど、今世紀に入ってすぐ、自衛隊や警視庁、警察庁の上層部と内閣や国会の政治家、官僚たちの一部を中心とする、「軍政治の再来と五族協和の実現こそが真の世界平和に繋がる」と信じる「真・内閣」のメンバーを洗い出したとされていた。

真・内閣は、太平洋戦争当時、日本の傀儡国家であった満州国の皇帝「愛新覚羅 溥儀(あいしんかくら ふぎ)」や、大日本帝国軍のA級戦犯の生まれ変わりを自称する者達が集まる狂信的な集団だったという。

秘匿事件の中には、真・内閣と同時期に「裏・内閣」も存在していたとされていた。

裏・内閣は、ゴルゴダの丘で処刑されたイエス・キリストが3日後に復活を遂げた後、数人の使者を連れ日本に渡来し、日本人の始祖となったとする日本人ユダヤ人始祖説を信じる集団であった。
同時に、宇宙考古学という名の、しかし学問としては学界に認められていない、誇大妄想にすぎないもののうちのひとつ、古代宇宙飛行士説を信じていた。

イエスとは、古代に外宇宙から地球に飛来し、人類に叡知を与えた古代宇宙飛行士のひとりであり、彼らは自分たちをイエスと共に渡来した使者そのものを自称していた。
彼らは、イエスがこの星から去る際に、不老不死の体を与えられ、2000年近くに渡り、この国の歴史を裏で操り続けてきたという。

彼らが信じるイエスがこの島国で説いた新たな教えは、イエスが磔刑に処される前の教え、つまりはキリスト教の教えとは相反するものであった。

明智光秀の謀反は、織田信長がキリスト教の宣教師を積極的に受け入れようとしていたため、彼らの指示に従った光秀が起こしたものであり、江戸時代の鎖国やキリシタンへの弾圧もまた、彼らの指示に当時の将軍が従ったためだという。

彼らはイエスから、自分の他にも外宇宙からやってきた古代宇宙飛行士が複数存在し、それぞれが「匣(はこ)」と呼ばれる超小型大容量記憶端末を遺していると告げられたという。
地球上に72存在するその匣を集め、人類を次のステージへと導き、いつの日か外宇宙での再会と、数十万年にわたり続く銀河間戦争への参戦を約束したという。
その銀河間戦争を彼らがジョージ・ルーカスに伝え、映像化されたものがスター・ウォーズなのだという。

彼ら裏・内閣は、匣を集めるために、真・内閣を利用して、再び戦争を起こそうとしていた。
しかし、シノバズが真・内閣のメンバーを暴いたことによって、裏・内閣の者たちの計画は阻止された。


90年代半ばに発生した、○○市連続児童殺傷事件の犯人である少年Aにまつわる新たな事件にもシノバズは捜査協力をしていたとあった。
少年Aは、医療少年院を出所後、日本全国47都道府県それぞれで、
「少年Aがこの県(都・道・府)に潜伏している」
という都市伝説が流れていた。

それはただの都市伝説ではなく、日本全国に本当に少年Aは存在していた。
医療少年院時代の彼の担当医師は、なんらかの組織に与する者であり、その組織の研究所は、少年Aの類稀なる殺人の才能を評価し、彼をオリジナルとする47人のクローンを殺人兵器として生み出し、日本全国に放ったという。
そのため、47人のクローン少年Aたちは47都道府県で目撃され、それぞれがさまざまな犯罪を起こした。

オリジナル少年Aはインターネットの巨大掲示板に氏名や顔写真などをさらされていたため、顔や名前を変え、少年Aであることを捨てながらも、贖罪の人生を歩み始めていたばかりだった。
しかし彼は、一卵性双生児のシンクロニシティのようなもので、47人のクローンが日々起こす事件をまるで自分が行っているかのように体感する、地獄のような生活を送っていたという。

シノバズは、オリジナル少年Aの体に埋め込まれた位置情報を示すチップを解析し、同じものがクローン少年Aたちにも埋め込まれており、それがシンクロニシティによく似た現象を引き起こしていたことを突き止め、彼を助けたという。
この国の法律や世界の倫理に反する、存在してはならないクローン少年Aたちはすべて、秘密裏に処分されたとあった。


そういった事件が山ほどあり、どの事件にも「小久保晴美」という女が関わっていた。
その名前は、シノバズがみかなや芽衣から消した記憶の中で口にした名前だった。
そのため、秘匿事件は「小久保事件」とも呼ばれていた。


シノバズはそのような秘匿事件だけではなく、政府からも依頼を受け「拉致被害者の居場所の特定や脱北ルートを確保」し、「イスラム過激派に拉致された日本人の救出に一役買った」という。


彼が、わたしの身体に流れるというシャーマンの血筋や能力を信じていないと断言したのは、こういった宗教絡みの数多くの事件に関わってきたからかもしれなかった。



          

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