あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第15話(第130話)
わたしの告白のようなものに、彼は少し嬉しそうに、けれどやっぱり少し困った顔をした。
だから聞かなかったことにしてもらうことにした。
わたしは彼の妹のみかなや芽衣の友達のままでいい、と。
それ以上は望まないと。
でも、ひとつだけお願いをした。
手を繋いで歩いてほしい。それだけでいいから、と。
日が沈みはじめていた。もうすぐ門限だった。
その公園からわたしの家までと、彼の家までは真逆の方角になる。
わたしの家まで送ってほしいとお願いした。
そうしたら、村人たちに見られることはあっても、みかなや芽衣には見られることはないだろうから。
その間は、手を繋いだままでいてほしいと。
家に着いたら、わたしの初恋はおしまい。
シンデレラの魔法が解けるみたいに。
公園は、道路より数メートル高い位置に土が盛られて作られていた。
この村の者たちは皆短命で村の外に出ることも少ない。
だから、少しでも見晴らしがいい場所を作り、こどもたちが村の外の世界を眺められるような場所を作ったのだろう。
出入口のすぐ先に階段があり、わたしたちは並んでその階段を降りていこうとした。
そんなわたしたちを、ぽかんとした表情で、階段の下からみかなと芽衣が見上げていた。
「どうしてこんなところに、おにーちゃんと真依がいるの?
ふたりは知り合いだったの?」
一番見られてはいけない女の子に見られてしまった。
「どうして、ふたりが手を繋いでるの?」
芽衣は目を伏せていた。
何も言わなかった。
「シノバズ」
わたしはさっき教えてもらったばかりのハッカーとしての名前で、彼を呼んだ。
「この村に引っ越してきた理由、ふたりにちゃんと説明した方がいいよ」
そう言って、繋いでいた手を離した。
「どういうこと?
おにーちゃんは何か目的があってこの村に来たの?」
「一条さんから依頼を受けたんだ」
「また? 警視庁の、それも公安の人が、どうしてこんな平和な村のことをおにーちゃんに頼むの?」
「去年の冬にこの村で起きた事件を、この村は村ぐるみで隠蔽した。
その隠蔽は、県警までも動かしていた」
「そんなのよくある話じゃない。
村ぐるみの隠蔽なら、村が警察にお金をたくさん出したんじゃないの?」
「人が死んでるんだよ。
大切な人を失って、失意の中で必死に生きてる人がいるんだよ。
みかなはもし、それが真依ちゃんや梨沙ちゃんだったとしても、同じことが言える?」
わたしは、彼にだけ聞こえる小さな声で、
「寝入や璧隣の家の人たちのことは言わないであげて。ふたりともきっと怖がるから」
とだけ言った。
彼は、わかった、とだけ言った。
「それにね、たとえ村がいくら県警に金を積もうが、事件を隠蔽することはできても、被害者の戸籍や存在した記録までを消すことはできないんだ。
でも、そこまでされていた。
その事件には、村よりももっと大きな、この村の成り立ちや歴史を利用して国家転覆を企てるようなテロ組織か、あるいは国家そのものが荷担している可能性があるんだ。
ぼくたちは小久保晴美を捕まえた。
けれど、彼女のコピーやスペアのような存在がまだどこかで生きてるかもしれない。
だから一条さんは、ぼくに捜査協力を依頼してきたんだ。
そして、彼女は、この村での唯一の情報提供者なんだよ」
小久保晴美という女は、きっと彼にとって因縁のある存在なのだろう。
たとえそれがみかなを傷つけないためだったとしても、わたしは、彼にとってただの情報提供者だと言われてしまったことに傷ついていた。
「真依ちゃん、ぼくは『大切な人を傷つけないため』に嘘をついたり、隠し事をする悪い癖があるんだ。
君に大切なことを言ってなかった。
ぼくはこの村の成り立ちや歴史については璧隣家で見つけた写本に書かれていたことを信じている。
でもね、シャーマンの力については一切信じていないんだ。
村人たちが、君の大事な友達のことを知らないふりをしてるんじゃなくて、記憶を消されていることにも気づいていた。
だから、ぼくはすでに、シャーマンもどきがどうやって記憶を消したかについても答えを出している。
そのためにこの携帯電話を作った。
だからね、今、君の目の前で、みかなや芽衣から、ここで見たことに関する記憶を消してみせることもできるんだ」
彼は自分の携帯電話を取り出すと、さきほどわたしに手渡したばかりの携帯電話を鳴らした。
「真依ちゃん、悪いけどそれを借りるよ」
彼は二台の携帯電話を持ったまま、階段を駆け降りた。
ふたりの間に入り、みかなの左耳に、芽衣の右耳に携帯電話を当てた。
そして言った。
「ごめんね、みかな。ごめんね、芽衣。
ここで見たことは忘れて。もうすぐ日が落ちる。まっすぐ家に帰って」
その瞬間、ふたりの目は焦点のさだまらない虚ろなものに変わった。
彼の言う通りに、ふたりはまっすぐに家に帰っていった。
わたしには何が起きているのか、彼がふたりに何をしたのか、まるでわからなかった。
彼は階段を登りながら、
「携帯電話が普及しはじめた頃、通話中の携帯電話は、加熱中の電子レンジと同じくらいの電磁波を発し、長時間の通話は脳にダメージを与えると言われていた。
現在は改善されていて、そこまでの電磁波は出ていないけどね。
だけど、分解して少し改造するだけで、電磁波を最大まで引き上げることができる。
携帯電話自体のOSのプログラムを書き換えることによって、その強力な電磁波を利用して脳に命令を送り、特定の記憶だけを消すことが可能になる。
これが、村人の記憶を消したシャーマンの術式のからくりだよ。
けれど、シャーマンもどきは、村人たちから記憶を消したときに、真依ちゃんと梨沙ちゃんのふたりだけからは記憶を消せなかった。
だから、電磁波をさらに強くすることによって、梨沙ちゃんを実験体として彼女の記憶を消したんだ」
彼は、わたしの隣に戻ると、わたしの耳にも携帯電話を当てた。
「真依ちゃんもここでの記憶は忘れて。
今見たことも、ぼくみたいな男に対して抱いてくれた恋心も。
ぼくのことを好きになってくれてありがとう」
わたしの耳に、すぐ隣にいた彼の口から、そして携帯電話から、そんな言葉が届いた。
彼は、携帯電話の通話を切り、わたしのために作ってくれたものをわたしの手に握らせた。
「記憶を消す術式のからくりは、確かにこういうものなのかもしれないね」
わたしは言った。
彼は驚いていた。
「科学は進歩すればするほど魔法に近づいていくから。
でも、わたしの血の濃さは、それにも負けないみたい。
わたしは忘れないよ。
あなたに抱いたこの気持ち」
まだ、家まで送ってもらってないから。
だから、わたしは、彼の手をもう一度握った。
          
だから聞かなかったことにしてもらうことにした。
わたしは彼の妹のみかなや芽衣の友達のままでいい、と。
それ以上は望まないと。
でも、ひとつだけお願いをした。
手を繋いで歩いてほしい。それだけでいいから、と。
日が沈みはじめていた。もうすぐ門限だった。
その公園からわたしの家までと、彼の家までは真逆の方角になる。
わたしの家まで送ってほしいとお願いした。
そうしたら、村人たちに見られることはあっても、みかなや芽衣には見られることはないだろうから。
その間は、手を繋いだままでいてほしいと。
家に着いたら、わたしの初恋はおしまい。
シンデレラの魔法が解けるみたいに。
公園は、道路より数メートル高い位置に土が盛られて作られていた。
この村の者たちは皆短命で村の外に出ることも少ない。
だから、少しでも見晴らしがいい場所を作り、こどもたちが村の外の世界を眺められるような場所を作ったのだろう。
出入口のすぐ先に階段があり、わたしたちは並んでその階段を降りていこうとした。
そんなわたしたちを、ぽかんとした表情で、階段の下からみかなと芽衣が見上げていた。
「どうしてこんなところに、おにーちゃんと真依がいるの?
ふたりは知り合いだったの?」
一番見られてはいけない女の子に見られてしまった。
「どうして、ふたりが手を繋いでるの?」
芽衣は目を伏せていた。
何も言わなかった。
「シノバズ」
わたしはさっき教えてもらったばかりのハッカーとしての名前で、彼を呼んだ。
「この村に引っ越してきた理由、ふたりにちゃんと説明した方がいいよ」
そう言って、繋いでいた手を離した。
「どういうこと?
おにーちゃんは何か目的があってこの村に来たの?」
「一条さんから依頼を受けたんだ」
「また? 警視庁の、それも公安の人が、どうしてこんな平和な村のことをおにーちゃんに頼むの?」
「去年の冬にこの村で起きた事件を、この村は村ぐるみで隠蔽した。
その隠蔽は、県警までも動かしていた」
「そんなのよくある話じゃない。
村ぐるみの隠蔽なら、村が警察にお金をたくさん出したんじゃないの?」
「人が死んでるんだよ。
大切な人を失って、失意の中で必死に生きてる人がいるんだよ。
みかなはもし、それが真依ちゃんや梨沙ちゃんだったとしても、同じことが言える?」
わたしは、彼にだけ聞こえる小さな声で、
「寝入や璧隣の家の人たちのことは言わないであげて。ふたりともきっと怖がるから」
とだけ言った。
彼は、わかった、とだけ言った。
「それにね、たとえ村がいくら県警に金を積もうが、事件を隠蔽することはできても、被害者の戸籍や存在した記録までを消すことはできないんだ。
でも、そこまでされていた。
その事件には、村よりももっと大きな、この村の成り立ちや歴史を利用して国家転覆を企てるようなテロ組織か、あるいは国家そのものが荷担している可能性があるんだ。
ぼくたちは小久保晴美を捕まえた。
けれど、彼女のコピーやスペアのような存在がまだどこかで生きてるかもしれない。
だから一条さんは、ぼくに捜査協力を依頼してきたんだ。
そして、彼女は、この村での唯一の情報提供者なんだよ」
小久保晴美という女は、きっと彼にとって因縁のある存在なのだろう。
たとえそれがみかなを傷つけないためだったとしても、わたしは、彼にとってただの情報提供者だと言われてしまったことに傷ついていた。
「真依ちゃん、ぼくは『大切な人を傷つけないため』に嘘をついたり、隠し事をする悪い癖があるんだ。
君に大切なことを言ってなかった。
ぼくはこの村の成り立ちや歴史については璧隣家で見つけた写本に書かれていたことを信じている。
でもね、シャーマンの力については一切信じていないんだ。
村人たちが、君の大事な友達のことを知らないふりをしてるんじゃなくて、記憶を消されていることにも気づいていた。
だから、ぼくはすでに、シャーマンもどきがどうやって記憶を消したかについても答えを出している。
そのためにこの携帯電話を作った。
だからね、今、君の目の前で、みかなや芽衣から、ここで見たことに関する記憶を消してみせることもできるんだ」
彼は自分の携帯電話を取り出すと、さきほどわたしに手渡したばかりの携帯電話を鳴らした。
「真依ちゃん、悪いけどそれを借りるよ」
彼は二台の携帯電話を持ったまま、階段を駆け降りた。
ふたりの間に入り、みかなの左耳に、芽衣の右耳に携帯電話を当てた。
そして言った。
「ごめんね、みかな。ごめんね、芽衣。
ここで見たことは忘れて。もうすぐ日が落ちる。まっすぐ家に帰って」
その瞬間、ふたりの目は焦点のさだまらない虚ろなものに変わった。
彼の言う通りに、ふたりはまっすぐに家に帰っていった。
わたしには何が起きているのか、彼がふたりに何をしたのか、まるでわからなかった。
彼は階段を登りながら、
「携帯電話が普及しはじめた頃、通話中の携帯電話は、加熱中の電子レンジと同じくらいの電磁波を発し、長時間の通話は脳にダメージを与えると言われていた。
現在は改善されていて、そこまでの電磁波は出ていないけどね。
だけど、分解して少し改造するだけで、電磁波を最大まで引き上げることができる。
携帯電話自体のOSのプログラムを書き換えることによって、その強力な電磁波を利用して脳に命令を送り、特定の記憶だけを消すことが可能になる。
これが、村人の記憶を消したシャーマンの術式のからくりだよ。
けれど、シャーマンもどきは、村人たちから記憶を消したときに、真依ちゃんと梨沙ちゃんのふたりだけからは記憶を消せなかった。
だから、電磁波をさらに強くすることによって、梨沙ちゃんを実験体として彼女の記憶を消したんだ」
彼は、わたしの隣に戻ると、わたしの耳にも携帯電話を当てた。
「真依ちゃんもここでの記憶は忘れて。
今見たことも、ぼくみたいな男に対して抱いてくれた恋心も。
ぼくのことを好きになってくれてありがとう」
わたしの耳に、すぐ隣にいた彼の口から、そして携帯電話から、そんな言葉が届いた。
彼は、携帯電話の通話を切り、わたしのために作ってくれたものをわたしの手に握らせた。
「記憶を消す術式のからくりは、確かにこういうものなのかもしれないね」
わたしは言った。
彼は驚いていた。
「科学は進歩すればするほど魔法に近づいていくから。
でも、わたしの血の濃さは、それにも負けないみたい。
わたしは忘れないよ。
あなたに抱いたこの気持ち」
まだ、家まで送ってもらってないから。
だから、わたしは、彼の手をもう一度握った。
          
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