あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。

雨野美哉(あめの みかな)

第14話(第129話)

「梨沙とわたし以外の村人たちから記憶を消したシャーマンは、返璧家の現当主……、つまりわたしの母……」

「そうなるね。
返璧 獼依(たまがえし みより)しかいない。
前当主だった君の祖母・梦依(むより)は既に亡くなってるし」


シャーマンの力は一子相伝。
父や兄、姉たちには伝えられることはなく、村にいる叔父や叔母たちにも伝えられていない。

一子相伝であり、末子相続。
現当主の母からそれを受け継ぐのはわたしであり、わたしはまだその力を受け継いではいない。

母しかいない。
母にしかできないことだった。


「でも、どうして母のシャーマンの力が、わたしだけじゃなく、梨沙にも効かなかったの?」

わたしには、それがどうしてもわからなかった。


わたしが梨沙から聞いた話は、彼にとっては予想外の話だったはずだ。

けれど彼は、すでに頭を切り替えて、真実に近づこうとしていた。


「璧隣家は本来、返璧家の隣にあるべきだと思わない?」

孝道は言った。

彼の言う通りだった。
璧隣家とは、たとえ自らの命に代えても、返璧の当主を守る存在なのだから。

「つまり、璧隣が隣にある家こそが、真の返璧家?」


梨沙の家、白璧家こそが邪馬台国の女王の血を引いている?
返璧家は、それを隠すための存在に過ぎないのだろうか?

けれど、それでは返璧家の現当主には何の力もないということになる。


「邪馬台国には、卑弥呼と伊予、ふたりの女王がいた。
だから、これはまだ何の確証もないんだけど、女王の血筋はこの村にふたつあり、それが返璧家と白璧家なのかもしれない。
璧隣家は白璧家を守るために存在しただけなのかもしれない」

わたしの家の隣には、連璧(れんぺき)という家があった。

「おそらく、返璧家の隣にある連璧家が、白璧家にとっての璧隣家にあたる家なんだろうね」

彼は、そう言って立ち上がると、

「もう少し時間をくれる?」

と言った。

「約束、覚えててくれてるんだよね?」

わたしは訊いた。

「もちろんだよ。
必ず君を、この村から、返璧の家から、双璧の家の次期党首という呪縛から解放してあげるよ」

彼は言った。
1ヶ月半前、はじめて会ったときと同じように。


そして、わたしは胸がしめつけられるような、生まれてはじめて覚える感情を、このとき知った。


彼に、恋をした。


胸がしめつけられるように苦しくて、だけど同時に胸がいっぱいになるくらい幸せな感情だった。

けれど彼には好きな女の子がいて、その女の子はわたしの大切な友達だ。
だから、この恋は決してかなうことはないとわかっていた。

それでもわたしは幸せだった。

わたしは嬉しくて涙がこぼれそうになるのを必死でこらえて立ち上がった。


「ねぇ、そろそろあなたが何者なのか教えてよ」

彼は、自分は警視庁からの捜査協力を受け、この村で起きた一家殺人事件の、県警をも巻き込んだ村ぐるみの隠蔽を暴きにきたとわたしに言っていた。
この村の成り立ちや歴史についての資料が、なぜ戦時中に失われてしまったのか、それを調べにきたと言っていた。
ふたつの事象には必ず因果関係があり、この村についての歴史を知ることが、事件の真相を暴くことに繋がると言っていた。

そして、どうやら、本当にその通りのようだった。
あと少しで、事件の真相に手が届きそうだった。


「ぼくはシノバズっていう名前のハッカーなんだ」

彼はそう名乗った。

ハッカーというのは、他人のパソコンに勝手に侵入したりするような、あのハッカーだろうか?

「ハッカーって言っても、別に悪いことをするわけじゃないよ。
犯罪に手を染めるような連中はクラッカーって呼ばれてる。
持っている技術は大して変わらないけどね。

戦争の兵器に使われている技術と同じ。
その技術を扱う者が、人を傷つけるためか、人を救うためか、どちらに使うかによって、技術は兵器や武器にもなりえるし、人を救い笑顔にするための力にもなりえる。

ぼくは犯罪ではなく、目の前にいる人やパソコンの画面の向こうにいる、ぼくの手が届くところにいる困っている人をひとりでも多く笑顔にできるようにこの力を使ってる。
インターネットさえあれば、世界の裏側にだって、どこまででもぼくの手は届くんだ」


彼のその生き方は、まるで「大いなる力には大いなる責任がともなう」という、子どもの頃に兄といっしょに観た外国の映画のスーパーヒーローが、育ての親である叔父から託された言葉を体言しているような気がした。

この国にも外国にもたくさんの架空のスーパーヒーローがいる。
彼は、みかなたちから聞いた限りだとそういったヒーローもののテレビ番組や映画が、変身ベルトを買ってしまうくらいに好きなようだった。

たとえ変身ができなくても、大いなる力を持つ彼は、そういった架空のヒーローから生き方や戦い方を学んだ、わたしのヒーローなのだと思った。


彼はわたしに一台の携帯電話を差し出した。
それはみかなや芽衣が持っているものと、色は違うけれど同じものだった。

「これは、この村でも使えるように、遠くの中継基地に繋がるよう、中のプログラムを改造したものだよ。
ぼくも持ってるし、みかなや芽衣にも持たせてる」

わたしはそれを受け取ると、画面を見た。
電源はすでに入っていて、画面の右上にある表示は確かに圏外ではなかった。
□□市内でも、電波の状態を表す、背丈の違う三本の棒は二本しか立たないのに、この村の中だというのに三本ちゃんと立っていた。

「すごい……」

としか言えなかった。

「これからはその携帯を使って。念のため盗聴されたりしないようにもしてある。
万が一、君の身に危険が迫った場合はワンギリして。ぼくがすぐに助けにいくから」

わたしは、うん、とうなづいた。


そしてわたしは思わず、

「わたし、はじめて好きになった男の人が、あなたでよかった」

そんな言葉を口にしてしまっていた。


          

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