あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。

雨野美哉(あめの みかな)

第11話(第126話)

夏休みが始まる前、わたしは雨野みかなの兄、雨野孝道(あめの たかみ)に呼び出された。

孝道から返璧家にかかってきた電話に、

「何かわかったの?」

と、わたしは尋ねた。

電話番号が璧隣家のときのままだったから、すぐに彼からだとわかった。

彼は、電話では話せない、と言った。

「君のご家族に聞かれてはまずい話だ」

と言った。

あなたたちが住むその家には行けない、というわたしに、彼は村の小さな公園で待ってる、と言った。


彼は、公園のブランコに座っていた。

「久しぶりだね。1ヶ月半ぶりくらいかな。
だいぶ印象が変わったね」

わたしの顔を見ると、彼は言った。

「どう変わった?」

「なんていうか……その……き、きれいになったね」

顔を真っ赤にして、しどろもどろになりながら、とても恥ずかしそうにそう言った。

「ありがとう。あなた、本当にシャイなのね。奥手だとは聞いてたけど。
でも、みかなが聞いたら浮気者って言われちゃうよ」

みかなが、実の兄である孝道のことが、異性として好きなのは聞いていた。
彼もまた、みかなのことを妹としてではなく異性として愛しているということも。

キスを何度かしたことがあるだけで、性的な関係はまだないそうだった。


「そっか。みかなはいろいろとぼくのことを君に話してるんだね。
何かぼくのこと、言ってたかな?」

「いつになったらエッチしてくれるのかなって悩んでたよ」

わたしがからかうように言うと、彼は飲み込んだ唾が気管支にでも入ったのか大きく咳き込んだ。


「してあげたら? この村では、近親相姦はそんなにめずらしいことじゃないし。むしろ普通なことよ」

彼は、喜んでいるのか困っているのか、よくわからない顔をしていた。
みかなから聞いていた通り、かわいい人なんだな、と思った。
これ以上からかうのはやめておこう、とわたしは思った。

恋愛にはあまり興味がなかったけれど、今のやり取りだけで彼に惹かれはじめている自分に気づいてしまったから。


「みかなや芽衣と仲良くしてくれてるみたいでうれしいよ」

「仲良くしてもらってるのはわたしの方かな。
あのふたりのおかげで、あなたみたいな素敵な大人の男の人にきれいって言われるようになれたし」

でも、どうしてもからかいたくなってしまう。
わたしの言葉にどんな反応をするのか見てみたくなってしまう。


わたしはその隣のブランコに座った。

それが、本題への合図になった。


「真依ちゃん、どうやらぼくが想像していた通り、この村の成り立ちやその歴史が、村ぐるみの事件隠蔽に関わっているようだよ」

そう、とだけ、わたしは言った。

「君の苗字、『返璧(たまがえし)』は、本来は『魂返し(たまがえし)』だったものに、同じ訓読みの漢字をあてたものだったようなんだ。
普通なら『かえしだま』と読むはずの苗字が、後にある『たま』を先に読み『たまがえし』であることにも意味がちゃんとあった」

それは、わたしが幼い頃からずっと疑問に思っていたことだった。

「魂返しは、反魂の儀(はんこんのぎ)を意味する言葉。
反魂の儀とは、死者を黄泉の国から呼び戻す儀式。
だから、君の苗字は、漢字の並びとその読みが『反』対なんだ」


ようやく、ひとつ謎がとけた。

だけど、死者を呼び戻す?
そんなことが可能だとでも彼は言うつもりなのだろうか?


「反魂の儀が成功したという事例までは見つけられなかったけどね。
どうやら、双璧の家の片割れ、返璧家は古来よりシャーマンの家系だったようだ」

「シャーマン?」

「シャーマンっていうのは、トランス状態と呼ばれる通常とは異なる精神状態、わかりやすいたとえだとマラソンとかする人のランナーズハイかな、それよりもはるかにすごい状態なんだけど、それに入ることによって、超自然的な存在、例えば霊や神霊、精霊、死霊などと交信する現象を起こすとされる人のこと。
この国の歴史でいうと、邪馬台国の女王であった卑弥呼や、二代目の女王・伊予がそれにあたる」


日本史の授業で少ししか触れられない、大昔の話だった。
わたしにはほとんど邪馬台国や卑弥呼に関する知識はなかった。伊予なんていう女王がいたことも知らなかった。


「邪馬台国が存在したのは、今から1800年ほど前の弥生時代だよ。

弥生時代と飛鳥時代の間にある古墳時代に誕生したヤマト王権、後の大和朝廷、つまりは元々は一豪族に過ぎなかったであろう天皇をトップとする、この国の歴史が始まる以前に存在した国で、海の向こうにあった魏という国の、魏志倭人伝という書物にその存在が記されている。この国の書物には記されていないんだ。

けれど、魏志倭人伝に記されていた邪馬台国の場所は、太平洋の真ん中の何もない海の上だったんだ。

著者が記述が間違えたのか、もしかしたら本当にその場所に存在したのかもしれない。
邪馬台国があったのは近畿地方か、もしくは九州だという説が有力だけど、現在もその場所は特定されてない。
でも、どうやら君の家やこの村は、邪馬台国の女王やその民の血を引いていたようだ。ここは近畿地方だしね」


わたしは、あまりにもスケールの大きすぎる話に理解がおいついていかなかった。


「しかし、そういった歴史的資料がこの村から失われた太平洋戦争当時、この国にとって邪馬台国は存在してはならなかった。

当時、天皇は現人神(あらひとがみ)、つまりは、この世界に人の姿で顕現した神であり、現在のような国の象徴的な存在ではなかった。

敗戦後に昭和天皇が人間宣言をし、天皇は神ではなく象徴となった。

天皇とは、神の国である高天原(たかまがはら)から、高天原と死者の国である黄泉の国の間にある葦原中国 (あしはらのなかつくに)、つまりはぼくらが住むこの地上世界、日本の領土そのものに降り立った一柱の神、神武天皇を初代天皇とする。
初代から十数代の天皇は実在しない、神話の中の架空の人物に過ぎないんだけどね。

この国には、神武天皇が即位したとされる年を元年とする暦があるんだけど、その暦に変換すれば今年は皇暦2669年になる。
つまり、邪馬台国が存在した時代には、すでにこの国は天皇が治めていたことになるんだ」


初代天皇が高天原から降臨した神であることが、その後の昭和天皇にまで連なるすべての天皇が神であることを意味し、その根拠となっていた、と彼は言った。


「それを根本から覆しかねない邪馬台国の存在は、当時のこの国、天皇を神としてまつりあげ、戦争をする目的や理由としていた大日本帝国軍にとっては許しがたいものだったんだよ」

彼は、胸のポケットから四つ折りにした一枚の紙を取り出すと、わたしに広げて見せた。


「この村は、邪馬台国の滅亡後、1700年もの間、卑弥呼や伊予といった女王やその民の血を引く者たちの集落として存在していた。
上空から見ると一枚の絵になるような奇妙な村の構造は、戦後に作られたものだった」


その紙に印刷されていたものは、上空から撮影したこの村の写真だった。

「この村全体が描く一枚の絵は、一見日本神話におけるイザナギ神とイザナミ神が行った、天地開闢(てんちかいびゃく)の際の絵のようだけれど、それはフェイクに過ぎないんだ。
この絵は、大日本帝国軍によって奪われた邪馬台国に関するあらゆる資料の写本が隠されている場所を示していた。
二柱の神が持つアメノウボコという矛の先が指す場所が、写本の隠し場所だ」


そこは、彼やみかなや芽衣が住む旧璧隣邸だった。


          

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