あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
最終話(第32話(第114話))第四部「春霞」鬼の章之六
あたしが目を覚ましたときには、すべてが終わったあとだった。
この身体で目を覚ますのはきっと雨野みかなで、あたしはまたパソコンの中にいるんだろうな、と思っていたけれど、みかなはまだ携帯電話の中だった。
「目が覚めた?」
あたしに声をかけたのは、シノバズだった。
優しい声だった。
優しい顔で、目を覚ましたあたしを見つめていた。
「ありがとね。結衣ちゃんのおかげで、小久保晴美を今度こそ、どこにも逃れられないようにすることができたよ」
彼はそう言って、あたしの頭を撫でた。
不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「君の想像していた通り、草詰アリスのそばにいたのは小島ゆきだったよ。
ある日突然豹変した、まぁ何も知らなかった彼女にとってはそう見えただけで、小久保晴美が憑依していたんだけど、小島さちから逃れるために、草詰アリスにかくまってもらっていたらしい。
ふたりは小久保晴美とは無関係だったよ」
よく見ると、彼は結構いい男だった。
だからだろうか?
「大事な話があるんだ」
と、彼からまじめな顔で言われて、あたしの胸は、雨野みかなの身体だというのに、心臓が早鐘のように鳴った。
「たぶん、夏目メイが君の人格を携帯電話に移したときに、記憶の混濁があったのだと思うんだけど……
君がずっと轟って呼んでた鬼頭組の現組長さんは、実は田所さんらしいよ」
だから、彼の言葉を聞いたときのあたしの落胆は、結構なものだった。
正直、轟でも田所でもどっちでもいいと思った。
「轟さんは刑務所の中だけど、元気にしてるみたい。模範囚らしいよ。まだ数年は先になるけど、たぶん早めに刑期を終えられるんじゃないかな。
生前の、っていう表現はおかしいかもしれないけれど、君が心配していた、彼の家族はちゃんと田所さんが気にかけてくれていて、ちゃんと面倒をみてるみたいだ。
それから、鬼頭建設のナオって人、彼も刑務所の中だけど元気にしてるし、こちらも模範囚。
ハルって子はまだ入院してるけど、鬼頭建設の経理の未来ちゃんって子が足しげく見舞いに通っていて、リハビリを一生懸命してるみたい」
あたしのために調べてくれたのだろうけれど、正直なところ鬼頭組や鬼頭建設の人たちのことは、もうあたしにとっては、田所と轟を間違えてしまうくらいに、どうでもいいことになってしまっていた。
ハルと未来ちゃんのことだけはちょっとだけ胸が傷んだけど。
あたしはすでに死んだ人間で、皆あたしがいない世界を生きているのだ。
だから、あたしはもう、鬼頭組や鬼頭建設とは関係ない。
山汐凛の別人格に過ぎないのだから。
けれど、あたしには失ったものの代わりに得たものがちゃんとあった。
友達だ。
夏目メイだ。
彼女は隣のベッドで眠っていた。
シノバズはあたしに、小さな紙切れを渡した。
そこには、神奈川県内のとある住所が書かれていた。
「夏目メイが目を覚ましたら、彼女をその住所に連れていってあげてほしい。
そこに、君の友達も、メイの友達もいる。
メイは、きっとひとりではそこにはいけない。
結衣ちゃん、君だけが、メイと彼女をもう一度結ぶことができる。
ふたりの破れてしまった衣を結い直すことができる」
だから、彼は、あたしとメイを小久保晴美から遠ざけたのだ。
「シノバズ。あんた、いい奴だね」
あたしは言った。
「身体があるうちに、あんたに会いたかったよ」
「ありがとう」
と、彼は言った。
「ぼくは、いろいろあって10年もひきこもりをしていたんだ。
ぼくは今生きていることや、産まれてきたことが間違いだって、ずっと思ってきた。
だけど、みかながずっとぼくのそばにいてくれたから、ぼくは生きてこられた」
「知ってるよ」
と、あたしは言った。
「でも、ぼくも、君にもっと早く出会いたかったよ」
きっと彼のことだから、わたしが身体を失わずにすむようなことができたかもしれないとか、そんなことを考えているのだということはわかった。
だけど、それでもよかった。
そんな風に思ってくれる人が、わたしには今いるのだ。
そしてわたしは、これから、彼が今生きていることや、産まれてきたことが間違いじゃないということを、彼の妹のように教えてあげることができるのだ。
「じゃあ、しばらくあんたの大事なみかなの身体は借りてくね」
「大事に使ってくれよ」
「大丈夫。あたしが今寝たいと思うのは、あんただけだから」
あたしがそう言うと、彼は顔を真っ赤にした。
そんな彼が、あたしにはかわいくてしかたなく見えた。
これ以上、好きにさせないでほしい、とあたしは思った。
目を覚ましたメイに、
「みかなの身体をしばらく貸してもらうことにしたんだ。
ねぇ、メイ。
あたし、行きたいところがあるんだけど、一緒にでかけない?」
と、あたしは言った。
          
この身体で目を覚ますのはきっと雨野みかなで、あたしはまたパソコンの中にいるんだろうな、と思っていたけれど、みかなはまだ携帯電話の中だった。
「目が覚めた?」
あたしに声をかけたのは、シノバズだった。
優しい声だった。
優しい顔で、目を覚ましたあたしを見つめていた。
「ありがとね。結衣ちゃんのおかげで、小久保晴美を今度こそ、どこにも逃れられないようにすることができたよ」
彼はそう言って、あたしの頭を撫でた。
不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「君の想像していた通り、草詰アリスのそばにいたのは小島ゆきだったよ。
ある日突然豹変した、まぁ何も知らなかった彼女にとってはそう見えただけで、小久保晴美が憑依していたんだけど、小島さちから逃れるために、草詰アリスにかくまってもらっていたらしい。
ふたりは小久保晴美とは無関係だったよ」
よく見ると、彼は結構いい男だった。
だからだろうか?
「大事な話があるんだ」
と、彼からまじめな顔で言われて、あたしの胸は、雨野みかなの身体だというのに、心臓が早鐘のように鳴った。
「たぶん、夏目メイが君の人格を携帯電話に移したときに、記憶の混濁があったのだと思うんだけど……
君がずっと轟って呼んでた鬼頭組の現組長さんは、実は田所さんらしいよ」
だから、彼の言葉を聞いたときのあたしの落胆は、結構なものだった。
正直、轟でも田所でもどっちでもいいと思った。
「轟さんは刑務所の中だけど、元気にしてるみたい。模範囚らしいよ。まだ数年は先になるけど、たぶん早めに刑期を終えられるんじゃないかな。
生前の、っていう表現はおかしいかもしれないけれど、君が心配していた、彼の家族はちゃんと田所さんが気にかけてくれていて、ちゃんと面倒をみてるみたいだ。
それから、鬼頭建設のナオって人、彼も刑務所の中だけど元気にしてるし、こちらも模範囚。
ハルって子はまだ入院してるけど、鬼頭建設の経理の未来ちゃんって子が足しげく見舞いに通っていて、リハビリを一生懸命してるみたい」
あたしのために調べてくれたのだろうけれど、正直なところ鬼頭組や鬼頭建設の人たちのことは、もうあたしにとっては、田所と轟を間違えてしまうくらいに、どうでもいいことになってしまっていた。
ハルと未来ちゃんのことだけはちょっとだけ胸が傷んだけど。
あたしはすでに死んだ人間で、皆あたしがいない世界を生きているのだ。
だから、あたしはもう、鬼頭組や鬼頭建設とは関係ない。
山汐凛の別人格に過ぎないのだから。
けれど、あたしには失ったものの代わりに得たものがちゃんとあった。
友達だ。
夏目メイだ。
彼女は隣のベッドで眠っていた。
シノバズはあたしに、小さな紙切れを渡した。
そこには、神奈川県内のとある住所が書かれていた。
「夏目メイが目を覚ましたら、彼女をその住所に連れていってあげてほしい。
そこに、君の友達も、メイの友達もいる。
メイは、きっとひとりではそこにはいけない。
結衣ちゃん、君だけが、メイと彼女をもう一度結ぶことができる。
ふたりの破れてしまった衣を結い直すことができる」
だから、彼は、あたしとメイを小久保晴美から遠ざけたのだ。
「シノバズ。あんた、いい奴だね」
あたしは言った。
「身体があるうちに、あんたに会いたかったよ」
「ありがとう」
と、彼は言った。
「ぼくは、いろいろあって10年もひきこもりをしていたんだ。
ぼくは今生きていることや、産まれてきたことが間違いだって、ずっと思ってきた。
だけど、みかながずっとぼくのそばにいてくれたから、ぼくは生きてこられた」
「知ってるよ」
と、あたしは言った。
「でも、ぼくも、君にもっと早く出会いたかったよ」
きっと彼のことだから、わたしが身体を失わずにすむようなことができたかもしれないとか、そんなことを考えているのだということはわかった。
だけど、それでもよかった。
そんな風に思ってくれる人が、わたしには今いるのだ。
そしてわたしは、これから、彼が今生きていることや、産まれてきたことが間違いじゃないということを、彼の妹のように教えてあげることができるのだ。
「じゃあ、しばらくあんたの大事なみかなの身体は借りてくね」
「大事に使ってくれよ」
「大丈夫。あたしが今寝たいと思うのは、あんただけだから」
あたしがそう言うと、彼は顔を真っ赤にした。
そんな彼が、あたしにはかわいくてしかたなく見えた。
これ以上、好きにさせないでほしい、とあたしは思った。
目を覚ましたメイに、
「みかなの身体をしばらく貸してもらうことにしたんだ。
ねぇ、メイ。
あたし、行きたいところがあるんだけど、一緒にでかけない?」
と、あたしは言った。
          
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