あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。

雨野美哉(あめの みかな)

第20話(第102話)

これはわたしがおにーちゃんから後から聞いた話なのだけれど……


小久保晴美。

彼女は、太平洋戦争後、この国で唯一、非核三原則を破り、核兵器を持ち込んだテロ組織「天禍天詠(てんかてんえい)」のリーダーだった。

おにーちゃん曰く、「大ショッカーの大首領のようなもの」らしい。

兄妹で仮面ライダーが大好きだったわたしたちにとって、それ以上にわかりやすい例えはなかった。

つまり、彼女は「世界の破壊者」であるということだった。

そして、おにーちゃんがシノバズを名乗るようになって「10周年(ディケイド)」の節目に、こうして姿を現した。


仮面ライダーはフィクションだけれど、こちらの世界の破壊者は現実だった。



だから、このときのことについて、わたしは、おにーちゃんから後から聞いた話も含めて語ろうと思う。



「覚えていてくれて嬉しいわ。
あなたのおかげで、せっかく某国から持ち込んだ大量破壊兵器は無駄になってしまったし、わたしたちは仲間同士で疑心暗鬼になって、殺しあいをさせられたんだもの」

小久保晴美は、心から嬉しそうに言った。

「あんたは本当は止めて欲しかったんじゃないのか?
学生のふりなんかして、放課後学生タウンなんていうチャットサイトに入り浸って、たまたま出会ったぼくに、自分のハッキングのノウハウを教えてくれたのは、偶然だと思えないんだけどな」


「そうかもしれないわね。
でも、あなたがわたしの力を受け継ぐに相応しい才能を持っていたから、わたしはあなたにすべてを教えた」


小久保晴美は、おにーちゃんが10年前に壊滅させた、古い預言者の終末の預言を実現させようとしていたテロ組織のリーダーであり、大量破壊兵器を無効化されたため疑心暗鬼になり仲間同士で殺しあいをした結果、最後にひとり生き残り、自害した人でもあった。

おにーちゃんにハッキングを教えた人でもあり、そして、


おにーちゃんの初恋の人だった。


「汚れを知らない、純粋無垢な中学生の男の子を汚したかっただけかもしれないけどね。
おかげで、あなたは14歳という若さで、世界や社会や大人や、そして人間の醜さを知ることができたでしょう?」


「おかげさまでね。
この十年間、つい3日前までひきこもりだったよ。

それでも、あんたも含めたくそったれどもを駆逐するために、警察から山ほど感謝状をもらうくらい捜査協力してきたおかげで、世界で一番大切な子にかっこいいって言ってもらえるくらいになれたよ」


おにーちゃんは、わたしをクローゼットの中に閉じ込めた。

「みかな、すぐに終わらせるから、そこで待っててくれ。
ぼくがなぜ、シノバズなのか、見せてあげられないのは残念だけど。
たぶんあいつは、とんでもなくやばい」

何も見えない暗闇の中で、おにーちゃんの声だけが聞こえた。


「紡、メイ、お前たちに大事な話がある。ぼくがこれから言うことはすべて真実だ。だから、信じろ。疑うな。そして、ぼくの言う通りにしてほしい。

今、凛の体を支配しているのは、お前らの母親の別人格だ。

紡、凛の別人格じゃないオリジナルのお前が、凛や母親の目の前で祖父に殺されたことがすべてのはじまりだった。

母親は、芽衣を流産しただけじゃなく、そのつらい現実から目を背けるために、凛と同様に別人格を産み出した。
それがあいつだ。

夏目組は、政治家の金児陽三と癒着してたろ。
金児は、非核三原則を破り、この国に大量破壊兵器を持ち込もうとしていた。

それに、夏目組は手を貸した。
傘下の3つの暴力団に、三原則のひとつひとつを破らせようとした。

だが、あの女は、お前らの母親の体を支配し、お前らの祖父を裏切り、3つの暴力団をひとつにまとめてテロ組織を作った。

あの女は、ハッカーとしてのぼくの師匠だ。ついでに言えばぼくの初恋の女だ。
直接会うのははじめてだし、今回も直接会ってると言えないかもしれないけど。

だから、ぼくは警察よりも早く、テロ組織の存在に気づき、壊滅させることができた。

あいつは、そのとき自ら自害したはずだったが、お前らの母親は去年の秋まで生きてたよな。

おそらくあいつは、10年前にはすでに、人格管理システムを作りあげていて、他人に憑依することもできたにちがいない。

テロ組織のリーダーであるときは、常に他人の身体にいたんだろう。
そして自害するときには、おそらく凛がそばにいたんだろうな。

だから、あいつはこの10年間、凛にもお前らにも気づかれないように、凛の中に潜んでたんだ。

紡、お前が作った人格管理システムは、お前が作ったと思いこまされていたものにすぎない。

メイ、お前が、紡の人格管理システムによって、凛の中に残ってしまった別人格たちの残りカスだと思い込んで、凛のためにその受け皿になったものは、全部あいつの一部だ。
だから、あいつはさっきお前を、もどき、と表現したんだ。

お前たちは、そのパソコンや携帯電話を壊されたら終わりだ。
だから、今から全員まとめて、俺の中に憑依しろ。
すでにその受け皿は俺の中に作ってある。

学のときとは違う。
常に最悪のケースを想定して、この数ヶ月ずっと準備してきた。
今の状況は、想定していた最悪のケースのはるかに斜め上だけど。


な? 問題なく受け入れられたろ?

夏目メイ、今だけはお前が抑え込んでるすべてを解き放っていい。ぼくの身体で好きに暴れろ。

その間に、山汐紡、お前は俺と凛を助け出す方法を探せ。

凛はまだ消えちゃいない。お前らがまだ生きてるのがその証拠だ。

いいか? もし、あいつがぼくの身体に憑依するようなことがあったら、すぐに凛の身体に移れ。
ぼくがあいつを抑え込むから、ぼくを殺してでも、あいつを殺せ。

妹を、みかなを守ってくれ。頼んだぞ」


わたしには、おにーちゃんが何を言ってるのか、ほとんど理解出来なかった。

でも、ここにいる、あの得体の知れない人格以外のすべてを守ろうとしているのだとわかった。

自分を犠牲にしてまで。


本当にかっこつけすぎだよ、とわたしは思って泣いた。

凛に言った言葉を後悔してしまうくらいに、わたしはおにーちゃんが好きで好きで仕方がなかった。



          

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