あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第19話(第101話)
日曜の夜、久東羽衣がわたしたちを訪ねてきた。
あの子誰? と、凛がわたしに聞いた。
わたしは、凛に『夏雲』を読んだことがあるかを聞いてから、彼女はシュウの妹で久東羽衣といって、夏雲の作者である二代目花房ルリヲの恋人だと教えた。
「これから、深夜バスで名古屋に帰ります。
麻衣ちゃんは今日もお仕事が忙しくてこれなかったから、一度これをお返ししようと思って」
羽衣はそう言って、昨日の朝おにーちゃんが渡したUSBメモリをおにーちゃんに返した。
「そっか。わかった。
麻衣ちゃんに連絡をとって、今度いつ見舞いに来れるか聞いてみるよ」
おにーちゃんは、それを受け取ると、
「気をつけて帰るんだよ。
あと、学のことが心配なのはわかるけど、あんまり無理をしないで」
と、言った。
「平日に学校の後毎日バイトして、金曜の夜はバイト終わりに深夜バスでしょ?
明日だって、朝バスが向こうに着いたら学校にバイトでしょ?」
「でも……」
「羽衣ちゃんの気持ちはわかるよ。学はぼくにとって唯一の友達だから。
でも、今の羽衣ちゃんは無理しすぎだ。
羽衣ちゃんが倒れたりしたら、学が悲しむ。麻衣ちゃんだって。もちろんぼくも」
羽衣は、ありがとうございます、ゆっくり考えてみます、と言った。
おにーちゃんは、ホテルの入り口まで、彼女を見送るために部屋を出ていった。
「麻衣……?
あの子やあなたたちは麻衣と知り合いだったの?」
困惑する凛にわたしは、小説家の二代目花房ルリヲの本名が加藤学で、その妹の女優の二代目内倉綾音の本名が加藤麻衣なのだと伝えた。
「ややこしいでしょ? わたしも昨日知ったばっかりなんだけど、夏雲の作者の妹が、加藤さんと同じ名前なの」
と説明した。
「二代目花房ルリヲ……加藤学……久東羽衣……」
凛は、まるで何かを思い出そうとしているかのように、ふたりの名前を何度も呟いた。
「わたし、何か、大切なことを忘れているような気がする……
その人たちのことを知っているような……」
大切なことを忘れていたのは、わたしの方だった。
今わたしの目の前にいるのは、身体も心も山汐凛だけだ。
凛の他の人格は、すべてコンピュータの中だった。
人の人格は、記憶や経験から形成される。
それは、一人の身体に複数の人格が生まれた場合もたぶん変わらない。
だから、パソコンの中のあの子たちも、ひとりひとり自分の人格を形成した記憶や経験に関してはちゃんと持っていた。
だけど、そのオリジナルの記憶は、凛の脳内にあるのだ。
凛が経験したことじゃないことも、彼女の脳に記憶されていて、けれどあの子たちひとりひとりが自分だけの記憶の場所を持っているから、普段は凛はそれにアクセスできない。
だけど、アクセスできないだけで、凛の脳内にあることは確かなのだ。
何がきっかけで、凛がその記憶にアクセスするかわからないのだ。
「久東羽衣はシュウの妹……
二代目花房ルリヲは、加藤学……
羽衣は草詰アリスの友達……」
「紡! 凛がわたしの記憶の扉を開けようとしてる!!」
パソコンの中から、夏目メイの声が聞こえた。
「みかなちゃん、一度、凛をこっちに!
かわりに芽衣を送る!!」
わたしは、おにーちゃんから、その方法を教えてもらっていなかった。
おにーちゃんは、今、この部屋にいない。
「3人は、■■■村にいたときに、わたしを訪ねてきた……
わたしは、アリスを拳銃で撃った。
アリスは城戸女学園で一度飛び降り自殺をして、未遂だったけど、歩くことがやっとだったのに、わたしはその脚をわざと狙って……」
「みかなちゃん、芽衣の携帯で凛の携帯に電話をかけるんだ!」
「紡、もう遅いわ。
全部わたしのせいね。
……凛が、壊れる」
凛は、絶叫のような悲鳴を上げて、意識を失った。
「凛はわたしたちの創造主。
いくらコンピュータの中に移されているとはいえ、創造主を失えば、わたしたちは……」
「たぶん、消えるだろうね」
すべて、わたしのせいだった。
「何があった?」
おにーちゃんは、おそらく部屋に戻ってくる途中だったのだろう。
悲鳴を聞いて、慌てて部屋に戻ってきた。
そのときにはもう、凛じゃない何者かが、その体を支配していた。
「ようやく、目障りな主人格を閉じ込めることができたわ」
何者かはそう言った。
何者かは、パソコンの画面を見て、
「余計なことばかりするお兄さん気取りの山汐紡も、わたしもどきの夏目メイも、その箱庭から出ることはできない……
このときをずっと待っていた」
夏目メイが、この誰だかわからない人格の「もどき」……?
「あんた、誰だ?」
おにーちゃんは、その何者かに訊いた。
「わたしの名前は、小久保晴美(こくぼ はるみ)」
「小久保晴美……?
なぜ、あんたがそこにいる?
あんたは死んだはずだろう?」
「10年前は、世話になったわね、シノバズくん?」
小久保晴美と名乗った何者かは、おにーちゃんをハッカーネームで呼んだ。
          
あの子誰? と、凛がわたしに聞いた。
わたしは、凛に『夏雲』を読んだことがあるかを聞いてから、彼女はシュウの妹で久東羽衣といって、夏雲の作者である二代目花房ルリヲの恋人だと教えた。
「これから、深夜バスで名古屋に帰ります。
麻衣ちゃんは今日もお仕事が忙しくてこれなかったから、一度これをお返ししようと思って」
羽衣はそう言って、昨日の朝おにーちゃんが渡したUSBメモリをおにーちゃんに返した。
「そっか。わかった。
麻衣ちゃんに連絡をとって、今度いつ見舞いに来れるか聞いてみるよ」
おにーちゃんは、それを受け取ると、
「気をつけて帰るんだよ。
あと、学のことが心配なのはわかるけど、あんまり無理をしないで」
と、言った。
「平日に学校の後毎日バイトして、金曜の夜はバイト終わりに深夜バスでしょ?
明日だって、朝バスが向こうに着いたら学校にバイトでしょ?」
「でも……」
「羽衣ちゃんの気持ちはわかるよ。学はぼくにとって唯一の友達だから。
でも、今の羽衣ちゃんは無理しすぎだ。
羽衣ちゃんが倒れたりしたら、学が悲しむ。麻衣ちゃんだって。もちろんぼくも」
羽衣は、ありがとうございます、ゆっくり考えてみます、と言った。
おにーちゃんは、ホテルの入り口まで、彼女を見送るために部屋を出ていった。
「麻衣……?
あの子やあなたたちは麻衣と知り合いだったの?」
困惑する凛にわたしは、小説家の二代目花房ルリヲの本名が加藤学で、その妹の女優の二代目内倉綾音の本名が加藤麻衣なのだと伝えた。
「ややこしいでしょ? わたしも昨日知ったばっかりなんだけど、夏雲の作者の妹が、加藤さんと同じ名前なの」
と説明した。
「二代目花房ルリヲ……加藤学……久東羽衣……」
凛は、まるで何かを思い出そうとしているかのように、ふたりの名前を何度も呟いた。
「わたし、何か、大切なことを忘れているような気がする……
その人たちのことを知っているような……」
大切なことを忘れていたのは、わたしの方だった。
今わたしの目の前にいるのは、身体も心も山汐凛だけだ。
凛の他の人格は、すべてコンピュータの中だった。
人の人格は、記憶や経験から形成される。
それは、一人の身体に複数の人格が生まれた場合もたぶん変わらない。
だから、パソコンの中のあの子たちも、ひとりひとり自分の人格を形成した記憶や経験に関してはちゃんと持っていた。
だけど、そのオリジナルの記憶は、凛の脳内にあるのだ。
凛が経験したことじゃないことも、彼女の脳に記憶されていて、けれどあの子たちひとりひとりが自分だけの記憶の場所を持っているから、普段は凛はそれにアクセスできない。
だけど、アクセスできないだけで、凛の脳内にあることは確かなのだ。
何がきっかけで、凛がその記憶にアクセスするかわからないのだ。
「久東羽衣はシュウの妹……
二代目花房ルリヲは、加藤学……
羽衣は草詰アリスの友達……」
「紡! 凛がわたしの記憶の扉を開けようとしてる!!」
パソコンの中から、夏目メイの声が聞こえた。
「みかなちゃん、一度、凛をこっちに!
かわりに芽衣を送る!!」
わたしは、おにーちゃんから、その方法を教えてもらっていなかった。
おにーちゃんは、今、この部屋にいない。
「3人は、■■■村にいたときに、わたしを訪ねてきた……
わたしは、アリスを拳銃で撃った。
アリスは城戸女学園で一度飛び降り自殺をして、未遂だったけど、歩くことがやっとだったのに、わたしはその脚をわざと狙って……」
「みかなちゃん、芽衣の携帯で凛の携帯に電話をかけるんだ!」
「紡、もう遅いわ。
全部わたしのせいね。
……凛が、壊れる」
凛は、絶叫のような悲鳴を上げて、意識を失った。
「凛はわたしたちの創造主。
いくらコンピュータの中に移されているとはいえ、創造主を失えば、わたしたちは……」
「たぶん、消えるだろうね」
すべて、わたしのせいだった。
「何があった?」
おにーちゃんは、おそらく部屋に戻ってくる途中だったのだろう。
悲鳴を聞いて、慌てて部屋に戻ってきた。
そのときにはもう、凛じゃない何者かが、その体を支配していた。
「ようやく、目障りな主人格を閉じ込めることができたわ」
何者かはそう言った。
何者かは、パソコンの画面を見て、
「余計なことばかりするお兄さん気取りの山汐紡も、わたしもどきの夏目メイも、その箱庭から出ることはできない……
このときをずっと待っていた」
夏目メイが、この誰だかわからない人格の「もどき」……?
「あんた、誰だ?」
おにーちゃんは、その何者かに訊いた。
「わたしの名前は、小久保晴美(こくぼ はるみ)」
「小久保晴美……?
なぜ、あんたがそこにいる?
あんたは死んだはずだろう?」
「10年前は、世話になったわね、シノバズくん?」
小久保晴美と名乗った何者かは、おにーちゃんをハッカーネームで呼んだ。
          
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