あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。

雨野美哉(あめの みかな)

第7話(第89話)

突然わたしに声をかけられて、山汐凛は、すごくびっくりしたようだった。

わたしは自転車から降りると、

「わたしのこと、覚えてる?
青西高校で同じクラスだった、雨野みかなっていうんだけど」

と言った。

彼女は、小首をかしげて、ぽかんとした表情でわたしを見ていた。

そのしぐさは、彼女が本当にあんな事件を引き起こしたのか、わからなくなってしまうほど、純粋で無垢なものに見えた。

「やっぱり、覚えてないよね……」

そう言ったわたしに、

「お姉ちゃんのお友達?」

山汐凛は言った。



彼女は、間違いなくわたしが知る、山汐凛だった。

最後に彼女を見たのは9ヶ月も前のことだったけれど、わたしは彼女の顔を鮮明に覚えていた。

彼女と加藤麻衣のような、友達という関係に憧れていた。
ふたりと友達になりたいと思っていた。

けれど、それが叶わないどころか、夏休みの間に彼女がしたことのせいで、学校はめちゃくちゃになった。

わたしたちの学年は、200人以上生徒がいたけれど、夏休み明けに70人以上が市内や県内の別の高校に転校していた。
冬休み明けには、さらに50人以上が転校し、春休みが明けると、さらに30人以上が転校していて、2年に進学したのは60人ほどしかいなかった。

入学したときは7クラスもあったのに、2つにまで減ってしまっていた。

3年生は、そこまで大きく人数の変動はなかったけれど、それでも1/3程度は減ってしまっていた。

新一年生も、60人ほどしかいなかった。

彼女のことを、顔を、声を、わたしが忘れるなんてことはなかった。


私服姿ははじめて見るし、髪型も変わっていたけれど、顔も背もわたしが知る山汐凛とまったく同じだった。


けれど、彼女は「山汐芽衣」と名乗った。


一卵性双生児の妹でもいたのだろうか、とわたしは思った。

だけど、それにしては言動がやけに幼く見えた。

年の離れた妹がいたのだろうか?

けれど、いくら姉妹でも、ここまで似ることがあるだろうか。


苗字こそ違うけれど、芽衣(メイ)という名前には見覚えも聞き覚えもあった。

加藤麻衣がたまに彼女のことをそう呼んでいた。

あの人から預かっておにーちゃんに渡した四台の携帯電話のうちのひとつに、その名前があった。


わたしの中で、この数ヶ月の間ずっとおにーちゃんがひとつの病気に関する本ばかりを読み漁り、四台の携帯電話からコピーしたプログラムと、本で得た知識を使ってパソコンで何かを作っていることから、なんとなく導きだしていた山汐凛に関する秘密に、わたしはそのときようやく確証を得た。


山汐凛は解離性同一性障害、つまりは多重人格障害を患っていて、今の彼女は山汐凛ではない別の人格の、山汐芽衣という女の子なのだ。

芽衣は、年は11で、小学5年生だけれど、家庭の事情で小学校には行っていないのだと言った。

山汐凛は彼女の姉で、山汐紡という兄がいるのだと言った。


「お姉ちゃんとお兄ちゃんがどこかに行っちゃったの。
だから、芽衣は朝からずっと探してるの」


芽衣は泣きそうな声で言った。




          

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品