あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。

雨野美哉(あめの みかな)

第28話(第72話)

目を覚ますと、そこは加藤学の車の助手席だった。

目の前には、心配そうにわたしの顔を覗き込む学の顔があった。

「だいぶうなされていたけれど、怖い夢を見てた?」

彼はわたしを心配して、ハザードランプをつけて、車を路肩に停めていた。

わたしは体中にびっしょりと汗をかいてしまっていた。

「加藤麻衣が……」

「麻衣ちゃんの夢を見たのか」

「加藤麻衣が、夏目メイを挑発して、夏目メイの身体から煮えたぎるような、どすぐろい何かが噴き出して……
たぶん、それは、夏目メイの人格なの……
わたしは加藤麻衣をかばわなきゃいけないと思って……」

怖かった。

わたしがしようとしていることは、わたしが思っているより、ずっとずっと怖いことなのだと、わたしはようやくわかった。

目の前でアリスが夏目メイに撃たれ、兄が自殺ではなく、夏目メイに殺されたと夏目メイ本人から聞かされて、わたしはあのときから、おかしくなってしまっていた。

自分が自分じゃなくなるということを、その意味を、わたしはちゃんと考えていなかった。

わたしが横浜に来たのは、本当にわたしの意志だったのかさえ、もはやわからなくなっていた。

夏目メイは、最初から、アリスやわたしが彼女に出会う前から、わたしたちのことを知っていたのではないか。

わたしたちに死ぬことよりもつらい思いをさせるために、アリスからシュウの命を、わたしから兄の命を奪ったのではないか。

そんな気すらしていた。

怖くて涙が止まらなかった。


そんなわたしを学は抱き締めてくれた。

「羽衣ちゃん、ぼくはね、君を失うことが今は一番怖いよ」

「ごめんなさい、ごめんなさい、わたしが間違ってた。学さんの気持ち、わたし、何にも考えてなかった」

学は、いいよ、と言って、わたしを宝物のように大切に抱きしめてくれた。

「わかってくれたなら、いいんだ」

そして、

「今日はもう、このあたりのホテルに泊まろう」

そう言って、車を出した。


ホテルの駐車場に着くと、

「夏目メイのことは、もう、ぼくにまかせてほしい」

彼はそう言って、車から先に降りた。

「今、すべてを終わらせるから。羽衣ちゃんはそこで見てて」

夏目メイや山汐凛の人格が入った四台の携帯電話を、学は車のタイヤの前にひとつずつ置いた。

そして、車に戻ると、勢いよくアクセルを踏み、四台の携帯電話をタイヤで踏み潰した。

さらに、バックしてもう一度。

それを何度も何度も繰り返した。

そして、粉々になった携帯電話を、コンビニのレジ袋に回収すると、どこかに電話をかけた。


「お前との取り引きには応じない。
携帯電話は今、すべて破壊した」


加藤学はそれだけ言って、電話を切った。


「今の電話、夏目メイ?」

わたしは聞いた。

学は黙ってうなづいた。

「どうして、携帯電話を全部壊したのに、夏目メイが……」

「あの四台の携帯電話はフェイクだったってことだよ。
やっぱり夏目メイは自分の携帯電話は肌身離さず持っていたんだ」

わたしが聞きたいことは、そんな答えじゃなかった。

「どうして、その番号を学さんが知ってるの?」

もうわかっていた。

「それは……」

この人もわたしの味方じゃない。


「ぼくが、夏目メイだから」


加藤学は、そう言った。

その声は夏目メイの声だった。


          

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