あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。

雨野美哉(あめの みかな)

第14話(第58話)

まず、加藤麻衣について。
もちろん、ぼくの妹じゃなくて、「夏雲」のモデルになった麻衣ちゃんのこと。

羽衣ちゃんのお兄さん、シュウくんが亡くなる前に麻衣ちゃんと最期の時間を過ごしたのは本当だよ。
麻衣ちゃんから直接聞いたから。
麻衣ちゃんから聞いた話と、アリスちゃんから聞いた話はほとんど同じ内容だったから。
間違いないはずだよ。


ぼくがあんな小説を書いたのはね、実は麻衣ちゃんが望んだからなんだ。
もうひとり望んでいた子もいたけれど、それについては、あとで話すよ。

事件の真相を明るみにすることよりも、あの子は、麻衣ちゃんは、たぶんアリスちゃんや羽衣ちゃんに、シュウくんの最期について知ってもらいたかったんじゃないかと思う。

麻衣ちゃんは、自分があれだけの目に遭いながら、シュウくんの命を救えなかったことをとても後悔していた。
自分がしたことは、いけないことだったのか?
もっと他に何かできることがあったのではないか?
って、すごく悩んでいた。

優しい子なんだ。優しすぎるくらいに。
だから、自分が傷つくことよりも、相手を傷つけてしまうことや、傷つけてしまったことを、すごく悩んでいた。

アリスちゃんは麻衣ちゃんに感謝してるって言ってた。

だから、もし、もしもだけど、羽衣ちゃんもアリスちゃんのように、麻衣ちゃんに感謝してるんだとしたら……

いつかふたりで、シュウくんの恋人としての草詰アリスと、シュウくんの妹としての久東羽衣として、麻衣ちゃんに直接感謝の言葉を伝えてあげてほしい。

麻衣ちゃんは、今、水島十和といっしょに幸せに暮らしてはいるけれど、麻衣ちゃんは、羽衣ちゃんといるときのアリスちゃんのようなあやうさがあるんだ。

アリスちゃんが羽衣ちゃんのおかげで前に進もうとしているように、麻衣ちゃんも十和くんのおかげで、十和くんは麻衣ちゃんのおかげで前に進もうとしている。

でも、たぶん、その道はとても暗くて、鋪装なんかされていない。
いつ石につまずいて転んでしまうかわからない。
転んでしまったら、もう一度立ちあがれるのかどうかさえもわからない。

みんなそれくらいにあやうい中で前に進もうとしている。


アリスちゃんは、もしかしたら羽衣ちゃんと出会わなくても、シュウくんのことを乗り越えることはできたかもしれない。男性恐怖症も克服できたかもしれない。

でも、シュウくんを殺してしまったのは自分だという罪を、あの子は忘れることはできない。自分を許すことができなかったと思う。

あんな風にアリスちゃんを笑わせることができる羽衣ちゃんしか、あの子を許すことができなかった。
あの子は一生シュウくんを忘れることはないだろうけれど、羽衣ちゃんが許すことで、自分を許すことができた。

羽衣ちゃんはね、アリスちゃんの人生にとって必要不可欠な存在だったんだ。


麻衣ちゃんも同じ。
事件のことを、あの子は一生忘れることはできない。
だから、事件のことを思い出させてしまうからなんていう遠慮はいらない。

羽衣ちゃんとアリスちゃんには、麻衣ちゃんが少なくともシュウくんについてだけは、もう悩まなくてもいいようにしてあげてほしい。

羽衣ちゃんがアリスちゃんの人生に必要不可欠な存在なように、羽衣ちゃんとアリスちゃんもまた、ふたりとも、麻衣ちゃんの人生にとって必要不可欠な存在なんだ。


それから、麻衣ちゃんがぼくにあの小説を書かせたのは、一度だけ会った鬼頭結衣に対する警告の意味もあったと思う。

たった一度だけ、10分かそこらの時間会っただけで、その後一度も連絡を取り合ったことのなかった結衣ちゃんが、あそこまで麻衣ちゃんの復讐を考えるくらいに、ふたりは友達だった。

麻衣ちゃんにとっても、それは同じだったみたいなんだ。

自分に何があっても、決して夏目メイにだけは近づくな、そういう意味があったのだと思う。

結衣ちゃんとぼくは一度だけ会ったことがある。

でもぼくは、妹の行方がわからなくなってしまったばかりで、麻衣ちゃんからのメッセージを結衣ちゃんに伝えることができなかった。
結衣ちゃんを止めることができなかった。


あぁ、そうか。
ぼくはだから、結衣ちゃんの物語まではなんとか書くことができたけれど、書けなくなってしまったのか……

妹の行方がわからなくなってしまっただけじゃないんだ。

ぼくは結衣ちゃんを止めることができなかった。

ぼくはそんな自分が許せないんだな……

だからぼくは、前に進めなくなってしまったのか……

人の気持ちはいくらでもわかるのに、自分の気持ちはわからないんだな……

ぼくは、夏目メイと同じだ……



          

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