あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第11話(第55話)
「二代目花房ルリヲは、羽衣の憧れていた人ではもうないわ」
彼を待つ間、アリスからそう聞かされていた。
「羽衣はたぶん、今の彼を見たら失望する」
どういう意味だろう、と思った。
二代目花房ルリヲは、本名を加藤学という。
父は「口裂け女、人面犬を飼う」「カーディガンを着たガーディアン」「シュワルツェネッガーの箱」を代表作とする作家の花房ルリヲ、母はそれらの作品の一作目の実写映画からヒロインを務めた女優の内倉綾音。
加藤学には、妹がいて加藤麻衣と言った。
「夏雲」の加藤麻衣と偶然にも同姓同名だった。
彼が書く小説の多くは、ヒロインの名前に何故か加藤麻衣の名前が使われており、ファンの間では「加藤麻衣サーガ」と呼ばれていた。
彼が父が現役の作家でありながら、二代目を襲名したように、妹の加藤麻衣もまた二代目内倉綾音として女優デビューしていた。
彼は夏に、妹の二代目内倉綾音をヒロイン役にした、単館上映用の低予算で自主制作、本人にとっては完全に趣味の延長線上でしかない、トイレとバスルームが一体化したマンションの部屋だけを舞台とした密室劇の映画を撮った。
しかし、公開前にそれに目を付けた配給会社が現れ、世界中で上映される大ヒット作となった。
兄妹はデビューからたった数年で、両親を超える世界的な文化人の仲間入りを果たした。
しかし、「夏雲」の発表直後に、二代目内倉綾音は突如行方不明となり、二代目花房ルリヲはスランプに陥った。
毎月一冊ずつ新作を発表していた彼は、年内最後の出版予定作品であった「秋雨」はなんとか最後まで書ききることができたが、今後の出版予定については一切が未定となっていた。
警察は家出と誘拐の可能性を考え捜査を行っていたが、最後に友人の前から忽然(こつぜん)とまるで神隠しのように消えたというだけで、いまだ手がかりは見つからず、誘拐犯らしき人物からの身代金の要求もないらしい。
草詰アリスの部屋に現れた彼は、鬼頭結衣の視点で描かれた「秋雨」に書かれていた通り、憔悴しきっていた。
テレビや雑誌のインタビューに答えている彼は、親の七光りでも、出版社のえこひいきでもコネでもない、天からいくつも与えられた才能に恵まれた神の子のようにわたしには見えていた。
彼は与えられた才能だけでなく、どんな努力も惜しまない人で、そして才能と努力に見合った結果を出せる人だった。
外見も洗練されていて、イケメン俳優と並んでも見劣りはしなかった。自信に満ち溢れていた。
だからといって世界が自分を中心に回っている思うほど天狗になったりはせず、自信に満ち溢れた発言の中には謙虚さがあった。
そんな彼にわたしは憧れていた。
けれど、それは、彼に妹がいたからだった。
わたしの目の前に現れた青年は、髪は寝癖がひどく、無精髭は伸びたままで、よれよれの服を着ていた。
人と目を合わせることもできず、思っていることをうまく口にすることもできず、人の顔色や周囲の目ばかりを気にしていた。
わたしが憧れていた神の子とは程遠い、おどおどした男の子だった。
まるでわたしの兄のように見えた。
彼は妹との不仲説がささやかれていた。
本当に不仲だったのかもしれない。
けれど、妹がいなくなってしまっただけで、彼は何もできなくなるほど、彼にとっては妹の存在がすべてだったのだ。
兄にとってアリスがそうであったように。
アリスにとって兄がそうであったように。
彼はわたしの顔を見た瞬間に土下座した。
わたしが兄のことを勝手に書かれたことを怒っているのだと思い込み、怯えていた。
何度も何度も土下座をし、すみません、すみませんと、血がにじむほど床に額を擦り付けた。
わたしは慌てて、そんな彼を止めた。
そうじゃないから、わたしはあなたに憧れて小説家になりたいと思ったのだから、わたしは何度も説明した。
けれど彼は、それでもすみません、すみません、と謝り続けた。
          
彼を待つ間、アリスからそう聞かされていた。
「羽衣はたぶん、今の彼を見たら失望する」
どういう意味だろう、と思った。
二代目花房ルリヲは、本名を加藤学という。
父は「口裂け女、人面犬を飼う」「カーディガンを着たガーディアン」「シュワルツェネッガーの箱」を代表作とする作家の花房ルリヲ、母はそれらの作品の一作目の実写映画からヒロインを務めた女優の内倉綾音。
加藤学には、妹がいて加藤麻衣と言った。
「夏雲」の加藤麻衣と偶然にも同姓同名だった。
彼が書く小説の多くは、ヒロインの名前に何故か加藤麻衣の名前が使われており、ファンの間では「加藤麻衣サーガ」と呼ばれていた。
彼が父が現役の作家でありながら、二代目を襲名したように、妹の加藤麻衣もまた二代目内倉綾音として女優デビューしていた。
彼は夏に、妹の二代目内倉綾音をヒロイン役にした、単館上映用の低予算で自主制作、本人にとっては完全に趣味の延長線上でしかない、トイレとバスルームが一体化したマンションの部屋だけを舞台とした密室劇の映画を撮った。
しかし、公開前にそれに目を付けた配給会社が現れ、世界中で上映される大ヒット作となった。
兄妹はデビューからたった数年で、両親を超える世界的な文化人の仲間入りを果たした。
しかし、「夏雲」の発表直後に、二代目内倉綾音は突如行方不明となり、二代目花房ルリヲはスランプに陥った。
毎月一冊ずつ新作を発表していた彼は、年内最後の出版予定作品であった「秋雨」はなんとか最後まで書ききることができたが、今後の出版予定については一切が未定となっていた。
警察は家出と誘拐の可能性を考え捜査を行っていたが、最後に友人の前から忽然(こつぜん)とまるで神隠しのように消えたというだけで、いまだ手がかりは見つからず、誘拐犯らしき人物からの身代金の要求もないらしい。
草詰アリスの部屋に現れた彼は、鬼頭結衣の視点で描かれた「秋雨」に書かれていた通り、憔悴しきっていた。
テレビや雑誌のインタビューに答えている彼は、親の七光りでも、出版社のえこひいきでもコネでもない、天からいくつも与えられた才能に恵まれた神の子のようにわたしには見えていた。
彼は与えられた才能だけでなく、どんな努力も惜しまない人で、そして才能と努力に見合った結果を出せる人だった。
外見も洗練されていて、イケメン俳優と並んでも見劣りはしなかった。自信に満ち溢れていた。
だからといって世界が自分を中心に回っている思うほど天狗になったりはせず、自信に満ち溢れた発言の中には謙虚さがあった。
そんな彼にわたしは憧れていた。
けれど、それは、彼に妹がいたからだった。
わたしの目の前に現れた青年は、髪は寝癖がひどく、無精髭は伸びたままで、よれよれの服を着ていた。
人と目を合わせることもできず、思っていることをうまく口にすることもできず、人の顔色や周囲の目ばかりを気にしていた。
わたしが憧れていた神の子とは程遠い、おどおどした男の子だった。
まるでわたしの兄のように見えた。
彼は妹との不仲説がささやかれていた。
本当に不仲だったのかもしれない。
けれど、妹がいなくなってしまっただけで、彼は何もできなくなるほど、彼にとっては妹の存在がすべてだったのだ。
兄にとってアリスがそうであったように。
アリスにとって兄がそうであったように。
彼はわたしの顔を見た瞬間に土下座した。
わたしが兄のことを勝手に書かれたことを怒っているのだと思い込み、怯えていた。
何度も何度も土下座をし、すみません、すみませんと、血がにじむほど床に額を擦り付けた。
わたしは慌てて、そんな彼を止めた。
そうじゃないから、わたしはあなたに憧れて小説家になりたいと思ったのだから、わたしは何度も説明した。
けれど彼は、それでもすみません、すみません、と謝り続けた。
          
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