あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。

雨野美哉(あめの みかな)

第3話(第47話)

緑南高校のモデルとなったであろう青西高校にわたしがたどり着いたのは夕方のことだった。

わたしは校門のそばで、下校する生徒が出てくるのを待っては、声をかけて「夏雲」や「加藤麻衣」、「売春強要」といった単語を並べて質問をしたけれど、誰もが「知らない」と同じ回答を、同じ無機質な顔でするだけだった。

きっと教師たちからきつい緘口令(かんこうれい)が出されているのだろう。

それは、本当は知っている、と言っているようなものだったが、わたしはそこでも何も得ることは出来なかった。


だが、そこまでの緘口令が出されているということは、わたし以外にも加藤麻衣や夏目メイが実在することに気づいた人たちがいて、これまでにすでに何度もこの学校を訪れているのだろう、ということがわかった。



わたしはその夜、ネットカフェで一晩を明かすことにした。

わたしが望む様々な情報は、インターネットにあった。

青西高校は、綠南高校のモデルとなったであろう高校ではなく、間違いなくモデルとなった高校だった。

青西高校では、その年の夏にみっつの事件が起きていた。

ひとつは、3人の女子生徒たちによる、ひとりの女子生徒に対する売春強要事件。

もうひとつは、バスケ部員の男子生徒による、同学年の女子生徒に対するレイプ事件。
そのレイプ事件は、隠し撮りされており、インターネットを利用して全世界に向けて生中継されていた。

そして、男子バスケ部員たち全員が覚醒剤所持を理由に逮捕される事件。


この3つの事件は、夏にテレビのニュースでも取り上げられていた。

事件そのものは、発生した順に並べるなら、売春強要事件がまず最初にあり、レイプ事件が起き、バスケ部員たちの逮捕の順番になる。

事件が発覚し、逮捕者が出て、ニュースに取り上げられた順に並べるなら、レイプ事件、バスケ部員たちの逮捕、そして売春強要事件になる。


「夏雲」が発表される前のことだったから、わたしは当時あまり、これらの事件には興味を抱いていなかった。

逮捕者や被害者の名前は伏せられ、学校名も横浜市内の公立高校としか公表されていなかった。

だが、携帯電話からでも閲覧できるネットの匿名の巨大掲示板や、そこに書き込まれた内容をまとめたまとめサイトなどでは、事件後すぐに学校名が特定されていただけでなく、事件関係者全員の本名や顔写真までが明らかにされていた。

そこへ、ケータイ小説史上最大の発行部数を記録した「夏雲」というさらなる爆弾が投下された。

先日発売されたばかりの秋雨は初版は100万部だったが、すぐに増刷がかかったという。

その記録的な売り上げは、匿名の誰かたちをさらに焚き付けることになり、作中の人物のモデルとなった人たちを、つまりは事件関係者たちを、丸裸といってもいいほどにした。

ありとあらゆる情報が、今現在の目撃情報に至るまで逐一更新されていた。


加藤麻衣、内藤美嘉、山汐凛、そして夏目メイをはじめとする事件関係者は実在し、本名がそのまま作中の人物の名前として使われているようだった。

わたしは彼女たちの写真をはじめて見た。

皆、田舎育ちのわたしと違って、都会育ちの、美しく、かわいらしい少女たちだった。
特に夏目メイの美しさが際立っていた。

わたしの兄についても本名が特定されており、父や母、妹のわたしのことまで顔写真つきで詳細に書かれており、わたしの実家の住所もさらされていた。

わたしは思わず笑ってしまった。

まるで兄だけでなく、わたしまで小説に登場しているかのようだったからだ。

わたしはネットカフェのプリンターを借りて、そのまとめサイトにある情報をすべて印刷した。

夏目メイの現住所を突き止めた者はまだいないようだったが、その他の事件関係者たちは現住所がはっきりとわかっていた。

明日からはきっと、順調に夏目メイ探しが進むだろう。

そのまとめサイトには、

>2008/12/XX 11:56
>シュウ(久東 秀)の妹、久東羽衣を横浜駅で目撃。通っている地元の高校の制服姿。家出か?

>2008/12/XX 12:24
>横浜駅の9番ホームから、横須賀線の各駅停車「久里浜行」に乗るのを見た。行き先は保土ヶ谷か?

わたしの目撃情報も、そんな風に随時更新されていた。

わたしはそこにわたし自ら書き込んでみたらどうなるのだろうか、と思った。


「2008/12/XX 20:12
久東羽衣です。本人です。写メを添付します。
わたしは今、保土ヶ谷駅付近のネットカフェにいます。
夏目メイさんに会いたくて、今日横浜に来ました。
土地勘がないため今日は、保土ヶ谷駅前にある病院と青西高校しか行けませんでした。
収穫は一切ありませんでした。
どなたか、明日事件関係者の方のところまでご案内していただけないでしょうか?」


書き込んだ瞬間に、個室のドアがノックされ、わたしは驚いた。

「……入ってます」

「知ってる。あと、ここ、トイレじゃないから」

「……どちら様ですか?」


「あなたのお兄さんの彼女だった女って言えばわかる?」


わたしはドアを開けた。

そこには草詰アリスがいた。


          

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