あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第2話(第46話)
わたしは夏目メイに会いたかった。
小説の登場人物の夏目メイという女の子に恋をしていたのかもしれなかった。
横浜駅の9番ホームから、横須賀線の各駅停車「久里浜行」に乗ると、3分で保土ヶ谷駅についた。
終点の久里浜というのは、名前だけは聞いたことがある九十九里浜のことだろうか。
土地勘のないわたしにはわからないことだらけだった。
保土ヶ谷は、加藤麻衣や内藤美嘉、山汐凛、そして夏目メイが住む町だった。
それは「夏雲」や「秋雨」の聖地巡礼のようであったけれど、どこかに必ず実在するはずの夏目メイを探す旅だった。
駅前には大きな病院があり、わたしはセーラー服のままその病院の中に入った。
わたしは着替えを持ってきておらず、どこかで買う必要があるな、と思った。
平日の昼間に、制服のまま、あちこちをうろうろしていたら、補導されてしまいかねなかった。
もし兄が自殺した横浜で補導なんてされて、警察が両親に連絡してしまったら、実家に連れて帰らされた後、どうなるか想像しただけで、身の毛もよだつ思いだった。
八階の精神科病棟に、内藤美嘉が入院しているはずだった。
けれど、内藤美嘉の名前が、物語の通り内藤美嘉であるとは限らず、病室も815号室とは限らなかった。
そもそもこの病院であるかどうかも限らなかった。
受付で、そんな本名もわからない、入院しているかどうかもわからないような患者の病室を訊くのははばかられた。
実際に起きた事件を元にしたフィクションを隠れ蓑にしたノンフィクションとはいえ、内藤美嘉にあたる実在の人物への配慮は、絶対にされているはずだった。
わたしはもちろん内藤美嘉の顔も知らなかった。
内藤美嘉からは、夏目メイについて、おそらくまだ何も聞き出すことはできない状態だろう。
だが、小説の通りに、彼女の母親がいない時間を見計らって、彼女や夏目メイたちの担任の教師が彼女を犯しにきている可能性があった。
その教師は、小説の中では、棗弘幸という名前になっていた。
棗弘幸は、夏目メイを恐れていた。
棗弘幸が内藤美嘉を犯しにくるタイミングにうまくかち合うことができれば、彼から夏目メイについての情報を聞き出すことができるかもしれない……
わたしはそんな風に考えていた。
我ながら偶然に頼りすぎだとは思ったけれど。
夏目メイにたどり着くためには、彼女を知る人物をひとりは必ず見つけなければならなかった。
そのひとりから引き出せるだけの情報を引き出し、なおかつ、さらに別の人物を紹介してもらう。
それを繰り返していけば、いつか必ず夏目メイにたどり着けるはずだった。
だからわたしは、精神科病棟の病室を一部屋ずつ盗み見るつもりでエレベーターで八階に上がったけれど、八階は精神科病棟ではなかった。
院内地図を見ると、精神科病棟自体がその病院には存在しなかった。
しかし、整形外科病棟はあった。
わたしはダメ元でその階に行ってみることにした。
鬼頭結衣が好きだったハルという男の子が入院しているかもしれなかったからだ。
しかし、わたしは内藤美嘉だけじゃなく、ハルの本名も顔も知らなかった。
この病院にもしかしたらハルは入院しているかもしれない。
だけど今はあまりに情報が足らなかった。
何も得ることができないとわかったわたしは病院を出ることにした。
わたしには、まず着替えの服が必要だった。
衣料品さえ扱っているのなら「しまむら」だろうが「あかのれん」だろうがどこでもよく、スーパーでもなんでもよかった。
スマホがあり、すぐに最寄りの衣料品店を見つけられ、経路案内までしてくれる今の時代と違って、同じ携帯電話でもこの時代のガラケーはそんなに便利なものではなかった。
けれど、駅から2キロほどのギリギリ徒歩圏内に、パシオスという愛知県にはない、安めの衣料品店があることくらいは調べることができた。
わたしは、ケータイの小さな画面に表示された地図を頼りになんとかそのお店にたどり着くと、暖かそうなアウターを一着まず選び、それに合いそうなインナーとパンツを二着ずつ、それから上下セットの下着も二着買った。
レジの店員さんにすべてタグを切ってもらうと、試着室を借りて着替えて店を出た。
高校生には見えないよう、大人びた洋服を選んだつもりだったけれど、童顔な上に化粧もしていない顔と150センチもない低い身長に、大人びた洋服は合っておらず、我ながらちぐはぐに見えた。
けれど、そんなちぐはぐな格好でも、制服のままでいるよりはいいだろうと諦めた。
鞄は学校指定のもののままだったが、なんとかなるだろう。
そして、わたしは、小説の中で綠南高校という名前になっていた公立高校へ向かうことにした。
          
小説の登場人物の夏目メイという女の子に恋をしていたのかもしれなかった。
横浜駅の9番ホームから、横須賀線の各駅停車「久里浜行」に乗ると、3分で保土ヶ谷駅についた。
終点の久里浜というのは、名前だけは聞いたことがある九十九里浜のことだろうか。
土地勘のないわたしにはわからないことだらけだった。
保土ヶ谷は、加藤麻衣や内藤美嘉、山汐凛、そして夏目メイが住む町だった。
それは「夏雲」や「秋雨」の聖地巡礼のようであったけれど、どこかに必ず実在するはずの夏目メイを探す旅だった。
駅前には大きな病院があり、わたしはセーラー服のままその病院の中に入った。
わたしは着替えを持ってきておらず、どこかで買う必要があるな、と思った。
平日の昼間に、制服のまま、あちこちをうろうろしていたら、補導されてしまいかねなかった。
もし兄が自殺した横浜で補導なんてされて、警察が両親に連絡してしまったら、実家に連れて帰らされた後、どうなるか想像しただけで、身の毛もよだつ思いだった。
八階の精神科病棟に、内藤美嘉が入院しているはずだった。
けれど、内藤美嘉の名前が、物語の通り内藤美嘉であるとは限らず、病室も815号室とは限らなかった。
そもそもこの病院であるかどうかも限らなかった。
受付で、そんな本名もわからない、入院しているかどうかもわからないような患者の病室を訊くのははばかられた。
実際に起きた事件を元にしたフィクションを隠れ蓑にしたノンフィクションとはいえ、内藤美嘉にあたる実在の人物への配慮は、絶対にされているはずだった。
わたしはもちろん内藤美嘉の顔も知らなかった。
内藤美嘉からは、夏目メイについて、おそらくまだ何も聞き出すことはできない状態だろう。
だが、小説の通りに、彼女の母親がいない時間を見計らって、彼女や夏目メイたちの担任の教師が彼女を犯しにきている可能性があった。
その教師は、小説の中では、棗弘幸という名前になっていた。
棗弘幸は、夏目メイを恐れていた。
棗弘幸が内藤美嘉を犯しにくるタイミングにうまくかち合うことができれば、彼から夏目メイについての情報を聞き出すことができるかもしれない……
わたしはそんな風に考えていた。
我ながら偶然に頼りすぎだとは思ったけれど。
夏目メイにたどり着くためには、彼女を知る人物をひとりは必ず見つけなければならなかった。
そのひとりから引き出せるだけの情報を引き出し、なおかつ、さらに別の人物を紹介してもらう。
それを繰り返していけば、いつか必ず夏目メイにたどり着けるはずだった。
だからわたしは、精神科病棟の病室を一部屋ずつ盗み見るつもりでエレベーターで八階に上がったけれど、八階は精神科病棟ではなかった。
院内地図を見ると、精神科病棟自体がその病院には存在しなかった。
しかし、整形外科病棟はあった。
わたしはダメ元でその階に行ってみることにした。
鬼頭結衣が好きだったハルという男の子が入院しているかもしれなかったからだ。
しかし、わたしは内藤美嘉だけじゃなく、ハルの本名も顔も知らなかった。
この病院にもしかしたらハルは入院しているかもしれない。
だけど今はあまりに情報が足らなかった。
何も得ることができないとわかったわたしは病院を出ることにした。
わたしには、まず着替えの服が必要だった。
衣料品さえ扱っているのなら「しまむら」だろうが「あかのれん」だろうがどこでもよく、スーパーでもなんでもよかった。
スマホがあり、すぐに最寄りの衣料品店を見つけられ、経路案内までしてくれる今の時代と違って、同じ携帯電話でもこの時代のガラケーはそんなに便利なものではなかった。
けれど、駅から2キロほどのギリギリ徒歩圏内に、パシオスという愛知県にはない、安めの衣料品店があることくらいは調べることができた。
わたしは、ケータイの小さな画面に表示された地図を頼りになんとかそのお店にたどり着くと、暖かそうなアウターを一着まず選び、それに合いそうなインナーとパンツを二着ずつ、それから上下セットの下着も二着買った。
レジの店員さんにすべてタグを切ってもらうと、試着室を借りて着替えて店を出た。
高校生には見えないよう、大人びた洋服を選んだつもりだったけれど、童顔な上に化粧もしていない顔と150センチもない低い身長に、大人びた洋服は合っておらず、我ながらちぐはぐに見えた。
けれど、そんなちぐはぐな格好でも、制服のままでいるよりはいいだろうと諦めた。
鞄は学校指定のもののままだったが、なんとかなるだろう。
そして、わたしは、小説の中で綠南高校という名前になっていた公立高校へ向かうことにした。
          
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
59
-
-
361
-
-
3087
-
-
127
-
-
4503
-
-
6
-
-
337
-
-
75
-
-
768
コメント