気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第97話 最高の魔装具

世界中に舞うゴールデン・バタフライ・エフェクトの黄金の蝶は、ダークマターを浄化し、大気中のエーテルは取り戻された。

蝶は、この世界に存在する「すべてを喰らう者」を、魔法によって人工的に進化させた「放射性物質だけを喰らう者」だ。
すでに魔法は解かれ、蝶の形こそしてはいないが、放射性物質だけを喰らう者は命を持つ生命だ。

これからもこの世界に存在し続ける。
存在し続ける限り、放射性物質も放射能も放射線も核兵器も無効化する。

しかし、戦艦が保有している兵器はそれだけではなかった。

無数の戦艦自体が有するミサイル兵器と、戦艦から出撃したその何十倍もの数の戦闘機のミサイルが、ニーズヘッグとケツァルコアトルを、アルマとヨルムンガンドを追尾していた。


「無限無槍」

アルマは闘気から作り出した無数の見えない槍で、追尾してくるミサイルをすべて撃墜した。

ヨルムンガンドは戦艦の艦橋に向かって、口から巨大な火球を吐いた。
火球は、艦橋をごっそりと削り取り、その後方にいた戦艦にも大きな穴を空けた。
二隻の戦艦が海に落下し沈んだ。

アルマは、戦争が嫌いだった。
人を殺したくなかったし、ニーズヘッグにも人を殺してほしくはなかった。

けれど、そんなことを言っている場合ではなかった。

きっと、この戦いが終わった後、自分は人を殺したことを後悔するだろう。
平気ではいられないだろう。

それは、ニーズヘッグも同じだ。
ステラやピノア、それにレンジも、アンフィスも、誰ひとり、人を殺して平気でいられる者は、彼女の仲間にはいなかった。

それでも、やらなければいけなかった。

今、戦わなければ、この世界は滅ぼされる。仲間が命を落とす。自分も死ぬ。

だから、戦う。

今自分にできることをしなければ、後悔することもできなくなる。


戦乙女の闘気の槍は、先端だけが刃先ではない。
それ自体がすべて刃先だった。
そして、その槍は、アルマのさじ加減次第でどれだけでも大きくできた。

アルマは、戦艦の下を潜り抜けると同時に、戦艦を真っ二つに切り裂いた。

「これで3つ!」

たった三隻の戦艦を墜しただけだった。
だが、その三隻の中には一体どれだけの乗組員がいたのだろう。

考えるな。
考えれば戦えなくなる。
アルマは自分に必死に言い聞かせた。


四隻目の戦艦に飛び移ったアルマは、艦橋を巨大な槍で叩き潰した。


そして彼女は、

「……ニーズヘッグ?」

ケツァルコアトルがミサイルの直撃を受け、落下していくのを見た。

その背から投げ出されたニーズヘッグに向けて戦闘機がミサイルを発射するのを見た。

その瞬間、アルマは戦意を喪失した。


「アルマ、後ろだ!!」

ヨルムンガンドが叫んでいた。

ミサイルが自分に向かって飛んできているのもわかった。

それでもアルマの体は動かなかった。



しかし、アルマの後方でミサイルはすべて撃墜された。


「二刀流・二重魔法剣『氷風(ひょうふう)』」

レンジの声がした。

「遅れてごめん、アルマ。
ニーズヘッグとケツァルコアトルなら大丈夫。生きてるよ。
アンフィスとレオナルドが助けに行ってくれてる」

その言葉の通り、アンフィスはニーズヘッグを片腕で抱えながら空に浮かんでいた。
ふたりの体にはバリアが張られ、アンフィスは片手から氷結魔法を放ち、ニーズヘッグを狙っていたミサイルも戦闘機もすべて氷漬けにされて落下していった。

レンジが自分のすぐ後ろにいるのに、レオナルドは狼ではなく甲冑のヒト型の姿で、ケツァルコアトルを抱きかかえて飛んでいた。


「ヨルムンガンド!
アルマを一度、飛空艇に連れて行ってくれ」

「そなたはいいのか?」

「ステラが今、この大艦隊をリバーステラに帰そうとしてる。
ニーズヘッグたちはピノアが治してくれる。
それまでぼくが時間を稼ぐ」

「わかった。今のアルマは戦えそうにないからな。
気をつけろよ、レンジ」

「我々は無理をしない」

「なんだ? それは」

「ぼくの父さんの好きだった言葉だよ。
でも、無理をしなきゃ守れないものがあるから、父さんは無理をした。
今もきっと無理をしてる。
だから、ぼくもやれるだけのことをする」

頼もしいな、そなたは、とヨルムンガンドは言った。

「アルマもヨルムンガンドも、リバーステラのみんなが敵だとは思わないでくれ。
みんなこの世界の素晴らしさを、まだ知らないだけなんだ」


レンジはうなづくと、魔法剣で空を舞った。

彼は戦争を知らない。
平和な国に生まれ育った。
だが、科学文明が発展した自分の世界の戦争兵器の恐ろしさは知っていた。

ニーズヘッグやケツァルコアトルですらやられた相手なのだ。

だが、魔法文明は、科学文明と十分に戦える力を持っている。

この大艦隊が、オリジナル・ブライがふたつの世界に架けた橋なら、レオナルドと父が架けてくれたもうひとつの橋が、今の自分だ。


ダ・ヴィンチ・ソードとディカプリオ・ブレイドの柄には合体機構があった。
そういえば、父はスター・ウォーズも好きだったな、と思い出した。

「舞え、魔法剣『追風(おいかぜ)』」

レンジの手から離れた魔法剣「追風」は、『自動追尾・風車(かざぐるま)』の略称であった。
合体したふたふりの剣は、風の精霊の魔法をまとい、すべての戦闘機や戦艦を攻撃対象とし、風車のように回転しながら飛んでいく。

戦闘機レベルなら、真っ二つにする威力があった。
戦艦にもある程度のダメージを与えられるだろう。

レンジは、ふたふりの剣の代わりに、その背にあった父の大剣を構えた。

その刀身に映る風景は、どこかで生きている父が見ているものだ。
父もオリジナル・ブライを倒すために行動を起こしているはずだ。

「一緒に戦ってくれ、父さん」

レンジはその大剣に、魔法をまとわせた。
そして、わかった。

その剣が、魔法剣のために作られたものだということが。

父は、自分では編み出せなかった魔法剣を、レンジならば編み出せると信じてレオナルドに依頼していたのだ。

この世界だけではなく、ふたつの世界に、魔法剣使いはたったひとりしか存在しない。

レンジだけだ。

それは、レンジのためだけに作られた最高の魔装具だった。


「魔法剣『次元』」


そして、その技はゲートさえも産み出した。

そのゲートの先に、オリジナル・ブライがいることが、レンジにはわかった。



          

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