気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第82話 ゴールデン・バタフライ・エフェクト & インフィニティ・セクシービームス ①

魔王の身体が大賢者に乗っ取られたとき、アンフィスもピノアも、秋月レンジの父、富嶽サトシの魂が、心が、今度こそ完全に消滅したのがわかった。


「自らの肉体をアンデッドにしたことを後悔したこともあったが……
それによって私の魂は死霊となり! このように!! より私の魂に適した肉体を見つければ!!! 簡単に憑依することが可能となっていたわけだ!!!!
私の選択はやはり!!!!! 間違ってはいなかったということだ!!!!!!」


大賢者は魔王の顔で、魔王の口で、そして魔王の声でそう言い、高らかに笑った。

もはや大賢者でも魔王でもない。

そこにいるのは、ダークマターに魅入られ、取り憑かれた、ただの愚者だった。

本当に愚かな男だった。



ピノアは、両手から無数の黄金の蝶を産み出していた。


「なんだ? この蝶は?
魔王になりきれなかった者の肉体を、魔王になるべき魂を持つ者が手に入れ、今まさに真の魔王が誕生したことを祝福してくれているのか?」


レオナルドには、もう秘術を放つだけのエーテルは残っていなかった。
ピノアもアンフィスも、レオナルドに魔法を放ち、その魔法を吸収させ、秘術の発動を可能にする余裕もなかった。


ピノアはすでに、レオナルド・カタルシスを四回見ていた。

一度目は、はじめてヒト型のカオスと戦ったとき。
二度目は、大賢者を一度仕留めたとき。
三度目は、エウロペの城下町や城に巨大な結界を張ったとき。
四度目は、つい先ほどゲルマーニの学術都市や城に結界を張ったばかりだった。

三度目の後には、ランスやゲルマーニやアストリアの三国に送った風の精霊の魔法の伝書鳩に、まだ未完成ではあったが小さな結界を張り強化していた。

すでに、術式は理解していた。

だから、どうすれば最も効果的に、その秘術を自分が扱えるかを、ピノアはずっと考えていた。


そして、それがピノアの両手の手のひらから次々に生まれてくる無数の黄金の蝶だった。

見た目は蝶の形をしていたが、それは、大気中のエーテルを利用して、この世界のどこにでも存在する「すべてを喰らう者」を「放射性物質だけを喰らう者」へと進化させた存在であった。
人の目には見えない、魔人にしか見えないその小さな小さな存在を、魔法を使うときに手のひらにエーテルを集めるように集め、凝縮し、蝶の形にした存在であった。

黄金の蝶の群れは、愚者のまわりを取り囲むようにして舞っていた。


「誰があんたの誕生の祝福なんかするか」

ピノアは両手の親指と人差し指を立て、拳銃のような形を作ると、指先から光の魔法の光線を放った。

しかし放たれた二筋の光線は、愚者ではなく、その周囲の無数の黄金の蝶に向かっていった。

「何をしている? 気でも触れたのか?」

魔王の顔で、レンジの父親の顔で、下卑た笑いを浮かべる愚者に、

「今度こそ、もうあんたは終わりだよ」

ピノアは言った。


二筋の光線は、無数に存在する黄金の蝶が乱反射を繰り返し、その数は2から4へ、4から8へ、8から16へ、16から32へと増していき、そのたびに一筋一筋の威力もまた、数と同じだけ倍へ倍へと増していた。

愚者の体を光線が貫いたときには、光線の数は千を超えていた。


「ゴールデン・バタフライ・エフェクト & インフィニティ・セクシービームス」


ピノアは、レオナルド・カタルシスを昇華させたその技に、そんな名前をつけていた。

千を超えた光線は、さらにその数と威力を増しながら、大賢者の体を貫き続けた。

その激しい攻撃は、愚者の悲鳴さえも聞こえないほどだった。


「その蝶の群れが、あんたの体の中のダークマターを浄化する結界。
さっきまでの体だったら、たぶんあんたは蝶に囲まれた時点で浄化されて終わってた。
でも今のあんたの体は、魔人の体がエーテルと一体化してるように、ダークマターと一体化してるから、それだけじゃ足りない。
だからその光線は、あんたの体の奥深くにあるダークマターも全部浄化するためのもの。
蝶の群れの中を乱反射しながら、光線自体の威力と、浄化の力を高め続け、どこまでもその数を増やし続け、どこまでもその威力を増していく。
あんたの体からダークマターが全部消えるまで、この技は終わらない。
わたしが絶対に終わらせない」


光線の数は十万を超えていた。


「ほんとにすげーな、お前」

「お前じゃないから。ピノアって名前がちゃんとあるから。
それより、あいつがわたしたちのどちらかに憑依しようとしてくるかもしれない。だから」

「ちゃんとレオナルドにも俺にも、光の精霊の魔法の衣をまとわせてる。
もちろん、ピノアにもな」

「ありがとう、アンフィス。
レオナルドちゃんの魔力も回復してくれたんだね」


レオナルドは、空を見上げていた。
ピノアもアンフィスも空を見上げた。

飛空艇がこちらに向かってきていた。


「三角すいの形状……アルファポリス形態か。
俺がソラシドの主になっておいて正解だったな」

アンフィスは、いつか必ずレンジが自分の剣を犠牲にしようとすることや、それをステラが止めるだろうということはわかっていた。
そして、ステラやピノアが自らを犠牲にしようとするだろうことも。

だから、できないようにしておいた。

「まさか、二匹のドラゴンが持つ力を、推進力としてやってくるとは思わなかったがな……」

「ステラはわたしのことが大好きだからね。
だから、アンフィス、悪いんだけど」

「わかってる。せっかく迎えにきてくれたあいつらの体を乗っ取らせるわけにはいかないからな」


アンフィスは背中に羽根を生やして、飛空艇に向かって飛んでいった。


          

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