気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第81話 互いを思いあう心が最悪の結末へと向かわせる。

「ふたりとも、ごめんなさい。
それから、そちらの方も。
まずは彼を冷静にさせてきます。
そのあとで、ゆっくりご挨拶をさせて頂きます」

ステラがそう言って、レンジを追いかけて艦橋へと向かった後、ケツァルコアトルは人の姿になると、

「我には、ステラもとても冷静だとは思えないのだがな」

なぁニーズヘッグよ、と彼は彼の最愛の竜騎士に声をかけた。

「今のレンジ君やステラちゃんは、ぼくのときと同じだよ。
魔王や大賢者がコムーネの町に向かっているかもしれないと知った時、アルマのことが心配でたまらなくて、君の背に飛び乗った。
レンジ君を飛空艇まで送ることすらせず、ステラちゃんたちといっしょに飛空艇で来るようにだけ言って、独断専行した」

ニーズヘッグは自嘲するように言った。

本当にあれはニーズヘッグの22年間の人生で最大の失敗だった。

アルマは無事であったし、彼の誤りによって死傷者がひとりも出なかったことは幸いだったが、それは結果論に過ぎない。

飛空艇から降りてきたアンフィスのこともそうだ。
いくら彼が、同じ時代にふたり存在するはずがないアルビノの魔人であり、何者かわからなかったとは言え、敵意がないということすら気づかずに、敵と決めつけ攻撃をしかけた。

もしアンフィスが本気であったなら、彼はあのとき首を切り落とされていた。

アルマのことで頭がいっぱいだっただけじゃない。
実戦経験などエウロペの城下町での惨劇がはじめてで一度きりだったというのに、自分の才能や力を過信していた。過大評価していた。

だが、あの失敗があるからこそ、二度と同じ過ちを繰り返さないと思えるし、自分の成長にもつながったのだと今は思える。


「ステラちゃんにとってピノアちゃんは、血は繋がっていなくても姉であったり妹であったり家族なんだ。
そして、レンジ君にとってステラちゃんは、ぼくにとってのアルマと同じだ。
もちろんレンジ君も、ピノアちゃんのことを大切に思ってる。
でもそれ以上に、ピノアちゃんに何かあったときにステラちゃんがどれだけつらいか、彼にはリバーステラに妹がいるらしいから、きっとわかるんだよ」


レンジはピノアを守りたい。
ピノアを守れず、ステラを悲しませたくない。

ステラもまたピノアを守りたい。
だが、そのためにレンジが無茶をしたり判断を誤り、怪我をしたり死んでしまうようなことは避けたい。


「きっとピノアちゃんやアンフィスも同じだろうね。
ピノアちゃんはきっとステラちゃんやレンジ君が戦わなくてもすむような世界を早く作りたかったんだと思う。
アンフィスはピノアちゃんに興味があるようだったから、きっとピノアちゃんの助けになりたいと思ったんだろうね」


皆が皆、大切な人を守りたい、悲しませたくないという一心で行動を起こしている。

だが、放っておけば、誰も望んでいない結末を迎えようとしていた。


艦橋では、ステラがレンジを魔法で眠らせていた。
あなたは戦力外、足手まとい、という、ステラらしからぬ言葉が聞こえた。

おそらくステラは自分の身を犠牲にしようとしている。


互いを思う心が、本当に誰も望まない結末に向かっていた。


「ぼくとしては、ふたりのドラゴンの知恵を借りたいところなんだけど」

ニーズヘッグは、ケツァルコアトルとヨルムンガルドを見て言った。

「ふたりのドラゴン?
そういえば、そこにいる女は、汝の父の後妻というやつだったか?
なぜここにいる?」

ケツァルコアトルの問いに、

「彼女は、わたしのドラゴンよ」

アルマが答えた。

「そうか、汝は戦乙女になったのだな。
先ほどから汝からずっと感じていた、ニーズヘッグに勝るとも劣らないその闘気は戦乙女のものだったか。
戦乙女もまた、確か竜騎士と同様にドラゴンに股がることを許されていたな」

ケツァルコアトルは、まさか汝にこれほどまでの力があったとはな、とアルマに言った。

「実戦形式で模擬戦をしてみたら、ぼくの人生で二度目の本気を出したにも関わらず思いっきり惨敗したよ。あやうくまた死にかけた」

ニーズヘッグの言葉にケツァルコアトルは驚いていた。
アルマは、ぺろっと舌を出し、ごめんね、と言った。
その笑顔に、彼は苦笑するしかなかった。


そして、ケツァルコアトルは、

「ん? ちょっと待ってくれるか」

ふと何かを思い出したかのようにそう言い、

「なぜ貴様は人の姿を持っている?
人の姿を持つドラゴンは、エキドナ以来我だけのはずだ」

アルマのドラゴンに尋ねた。

「我輩の名は、ヨルムンガルド。
確かに本来ならば、人の姿を持たぬドラゴンだ。
今はこうして人の女の姿をしているが、そなたやエキドナのように人との間に子を遺すことはできぬ。
この姿は所詮紛い物に過ぎん。

我輩はかつて、竜騎士だったニーズヘッグの父、ラードーン・ファフニールのドラゴンだった。
ラードーンの妻が、ニーズヘッグを産んだ際に死んだことは、ケツァルコアトル、そなたも知っていよう?
そなたがラードーンにニーズヘッグの持つ力を告げたことにより、彼は産まれた子にニーズヘッグと名付け、その名にふさわしい男に育てるために、竜騎士であることを捨てた。
だが、我輩はたとえ彼が竜騎士でなくなったとしても、彼のそばにいたいと思った。
そなたがニーズヘッグを愛し、かつてのエキドナのように、彼との間に子を遺そうとしているように、我輩もまたラードーンを愛していたからだ。アルマのドラゴンとなった今もその想いは変わらない。
だから、人の女の姿になる方法を探したのだ」


「え? ちょっと待って? え?
わたしのニーズヘッグとの間に、ケツァルコアトルは子を遺そうとしてるの?
初耳なんですけど」

ヨルムンガルドの言葉に、アルマは目くじらを立て、ケツァルコアトルをにらみつけたが、

「あ、ケツァルコアトルが勝手にそう言ってるだけで、ぼくは全然その気がないから。
ぼくは、アルマ以外の女の子も、もちろんドラゴンにも興味はないよ」

ニーズヘッグはバッサリと切り捨て、眉間にシワを寄せていたアルマの顔はパッと明るくなったが、ケツァルコアトルは大きく肩を落とした。

「ヨルムンガルドよ、我はどうやらこの顔が原因で、ニーズヘッグにいくら求愛をしても、なかなか良い返事がもらえないどころか、毎回このように失恋をさせられているのだが……
さすがに、そろそろ我の心はこなごなに砕けそうなのだ。
汝はその実に人間の女らしい顔をどうやって手に入れたのだ?
できればご教授願いたいのだが……」


ニーズヘッグは、はいはい、それはまた今度ね、と適当に流し、

「どうやら、ステラちゃんが考えていたことは、ソラシドを産み出した三賢者やアンフィスによって、すでに先手を打たれてたようだね」

彼は言った。

「それに、あれを見てくれる?」

レンジが甲板に突き刺した大剣には、大賢者がその体から無数の触手を伸ばし、なぜか魔王を絡め取っている様子が映し出されていた。
それだけでなく、ピノアやアンフィスは触手に貫かれていた。
ピノアは甲冑の狼ごと触手に貫かれていた。

「ケツァルコアトルがどーでもいい話をしてるうちに、かーなーり大変なことになっちゃってるんだけど、ここはふたりのドラゴンの力でなんとかしてくれないかな?
なんかこう、一瞬で目的地に着けるようなさ、ステラちゃんにもできないようなとっておきの秘策、偉大なドラゴンのふたりならたぶんあるよね?」


ニーズヘッグは、ピノアやアンフィスがそう簡単に大賢者にやられるとは思ってはいなかった。
だから、大剣に映し出されているふたりは、魔王や大賢者が見ている幻覚か何かだろうということもわかっていた。
たとえ仮に本当に触手に貫かれてしまっていたとしても、絶対に何か策があるのだろうと。

だが、ふたりのドラゴンを、特にケツァルコアトルをその気にさせるには、その言葉は十分すぎるものだった。


          

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