気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。
第74話 戦乙女の覚醒
ニーズヘッグはアルマの左の乳房にあるアザに触れた。
その瞬間、アルマのアザは消え、彼女の身体からは凄まじい闘気が放たれた。
その闘気は、かつてケツァルコアトルに知恵を示す際に彼から感じたものや、ステラやピノア、アンフィスが魔法を放つときのものと変わらない、いやそれ以上のものだった。
ニーズヘッグがこれほどまでに強い闘気を感じたのはレンジだけだ。
彼はまだ実力不足であり、経験も不足しているが、エウロペの城下町で魔法剣を編み出したときに感じた闘気は、いつか自分を超えるだろうと焦りすら感じた。
しかし、ニーズヘッグは自分の力ですら、まだ理解しているようで完全には理解できてはいなかった。
だが、それでもわかった。
アルマが秘めていた力は、おそらくは自分やレンジと同等かそれ以上のものだった。
アルマが発していた闘気は、それ自体が鎧となり兜となり盾となり、そして槍となった。
「これが戦乙女の姿……」
なんて美しい姿だろうと、ニーズヘッグは思った。
「ニーズヘッグ、お願いがあるのだけどいいかしら?」
アルマは言った。
「わたしがあなたにかなうとはとても思えないのだけれど、一度あなたにわたしの力を見定めてほしいの」
「だけど君は槍の扱い方も知らないんじゃ……」
しかしアルマは、自分の身に流れる血に歴代の戦乙女の記憶が刻まれているのだと言った。
だから槍の扱い方や、戦乙女としての戦い方がわかるのだと。
「わかった。でもここは狭い。庭に出よう」
ふたりが地下室を出て一階に上がると、ニーズヘッグの父は、
「君は本当にアルマなのか……?」
アルマの変化に驚いていた。
父は聖竜騎士にはなれなかったが、かつては四人の兄たちと同じように竜騎士として部隊長を務め、竜騎士団の副団長まで上りつめた人だった。
ニーズヘッグを産んだ際に、母は死んだ。
それを機に父は竜騎士団を辞めていた。
そんな父は、母を失うだけでなくドラゴンにも見限られた。
愛する妻に先立たれ、ドラゴンにも見限られた父を愛してくれる女性がいたことは、父だけでなくニーズヘッグや四人の兄たちにとっても幸いだった。
今の母親と父は、数年前に再婚したばかりだった。
ニーズヘッグや四人の兄たちとは血の繋がりのない後妻であった。
優しい女性であったし、ニーズヘッグとは一回りしか年が違わず(一番上の兄と同い年だった)、父とは二回り以上も年が離れていたが、ファフニール家の財産が目的ではないことはすぐにわかったから、彼も兄たちもアルマも皆、その人が好きだった。
子宝に恵まれなかったことだけは不幸だったかもしれない。
しかし、毎日眉間にシワを寄せていた父を笑顔にしてくれるような、いつも笑顔で明るい人だった。
父はかつて竜騎士であったからこそ、今でもなお騎士ではあり続けているからこそ、つい先ほどまで「芯は強いが、か弱い女性」でしかなかった彼女が、その見た目が変わっただけでなく、凄まじい闘気を凝縮した鎧を身にまとっていることがわかったのだろう。
「お義父様、アルマ・ステュム・パーリデはいくら見た目が変わろうとも、ニーズヘッグ・ファフニールを愛するひとりの女であることに変わりはありません」
彼女はそう言った。
「彼にニーズヘッグという名をつけてくださったこと、そして、彼を産んでくださったことをお義父様と亡くなられたお義母様に、そしてお義父様に笑顔を取り戻させてくださった今のお義母様に、心より感謝しています」
彼女は深々と頭を下げた。
「父さんも庭に来てくれないか。
アルマの希望で、これからふたりで模擬戦をするんだ」
父はうなづいた。だが父は言った。
「兄たちのときのように手を抜いていては勝てんぞ」
「わかってる。ぼくは昨日、生まれてはじめて本気で繰り出した槍を、2000年前の時代から来た男に弾き返されたばかりだ。
異世界からの来訪者も、剣を持ってたった数日で人型のカオスを倒すほど、信じられない勢いで成長してる。
世界にはぼくより強い者や才能を持つ者がいるということを知った。
アルマもたぶんそのひとりだ」
庭に出たふたりは、互いに槍を構えた。
木の槍での模擬戦ではなく、実戦形式の模擬戦だった。
「改めて名乗るのも恥ずかしいけど……
ぼくは竜騎士ニーズヘッグ・ファフニール。
アルマ、君はペインの戦乙女である前に、ぼくの最愛の人だけど、悪いけど最初から全力でいかせてもらうよ」
「望むところです。
戦乙女アルマ・ステュム・パーリデ、参ります」
先に動いたのはアルマだった。
その動きをニーズヘッグは目で追うのがやっとだった。
アルマは一瞬でニーズヘッグの懐に入り、闘気の槍による三段突きを放った。
彼はそれをまともに受け、その衝撃は彼を屋敷の外壁にまで吹き飛ばした。
三段突きだけでなく、外壁に叩きつけられた衝撃のダメージは、ニーズヘッグがこれまでに感じたこともない痛みだった。
彼は生まれてはじめて口から血を吐いた。
ケツァルコアトルの鎧がなければ、三段突きの段階で確実に死んでいただろう。
だが、ニーズヘッグは一度見ればその技を覚えられる。
それだけではなく、技の弱点さえもわかる。
再び間合いを詰められ、もう一度三段突きが放たれた瞬間、彼は瞬時に身体を落とした。
そして、間合いを詰めながら突きが放たれる瞬間わずかに浮かび上がるアルマの身体の下に自らの身体をくぐらせると、彼女の背後にまわった。
しかし、それをアルマは読んでいた。
背後にまわられると悟った瞬間に、アルマは三段突きで外壁を破壊する直前に外壁を利用するだけでなく、三段突きが発する衝撃波のようなものを利用し空高く舞い上がっていた。
逆光を利用し落下しながら放たれた技は、
「無限無槍(むげんむそう)」
闘気から産み出した槍だからこそ出来る、無数の見えない槍の雨だった。
さすがにこれは覚えられないな、とニーズヘッグは思った。
そして、生まれてはじめて、敗北を悟った。
しかし、
「戦乙女よ、やりすぎだ。そなたの愛する男を殺す気か?」
見知らぬドラゴンが、ニーズヘッグを守るように、無限無槍をすべて受け止めていた。
「ヨルムンガルド……」
父はそのドラゴンを知っているようだった。
「久しいな、ラードーン・ファフニール」
「なぜ、お前がここに……?」
そのやりとりだけで、ニーズヘッグにはそのドラゴンこそが父を見限ったドラゴンだとわかった。
「ラードーンよ、我輩はそなたを見限ったわけではない。常に見守っていた。人の女の姿でな」
「まさか、お前が……シャルロットだったのか?」
その名は、父の後妻の名前であった。
「騙していてすまない。
しかし、我輩はどうしてもそなたのそばにいたかったのだ。
妻を失ったそなたは、とても見ていられなかったからな。
だから、どうすれば愛するそなたのそばにいられるかを模索した。
本来なら人の姿を持たぬ我輩が、人の姿を持つしかないと考えた。
10年以上もかかってしまったが、それをかなえるためのすべを見つけた。
そなたとの間に子を遺すことはできない身体であったが、そなたに再び笑顔を取り戻せたことは、我輩の生涯で最高の喜びであった」
ドラゴンはその生涯で一度だけ、その背にまたがることを許す竜騎士を選ぶ。
それは契約でしかないと思っていた。
しかし、契約ではなく愛なのだ。
そしてドラゴンの竜騎士への愛とは、こんなにも深いものであったのだ。
「そなたの選択は正しかった。
この者にニーズヘッグの名をつけたことも。
妻の死をきっかけに、この者を竜騎士として育てるために、竜騎士であることを辞めたことも。
このうだつの上がらない男がようやく重い腰を上げ竜騎士となってから、アルマとの結婚を認めたことも。
我輩はこれよりアルマのドラゴンとなるが、良いか?」
父は泣いていた。
「あぁ、構わない……アルマとニーズヘッグのことを頼む……」
「すべてが終われば、我輩はドラゴンの姿を捨て、シャルロットとしてそなたと共に生きる覚悟だ」
父は、ありがとうありがとうと何度も繰り返した。
その後、ニーズヘッグは戦乙女の力に目覚めたアルマの治癒魔法により怪我を治してもらった。
戦乙女は魔法も使えるのだ。
そして、彼はその晩、アルマを抱いた。
翌朝、ファフニール家のニーズヘッグの部屋の窓から、ゲルマーニの城や学術都市がある方角に、エウロペで見たものと同じ、巨大な結界が張られるのを、彼はアルマと共に見た。
          
その瞬間、アルマのアザは消え、彼女の身体からは凄まじい闘気が放たれた。
その闘気は、かつてケツァルコアトルに知恵を示す際に彼から感じたものや、ステラやピノア、アンフィスが魔法を放つときのものと変わらない、いやそれ以上のものだった。
ニーズヘッグがこれほどまでに強い闘気を感じたのはレンジだけだ。
彼はまだ実力不足であり、経験も不足しているが、エウロペの城下町で魔法剣を編み出したときに感じた闘気は、いつか自分を超えるだろうと焦りすら感じた。
しかし、ニーズヘッグは自分の力ですら、まだ理解しているようで完全には理解できてはいなかった。
だが、それでもわかった。
アルマが秘めていた力は、おそらくは自分やレンジと同等かそれ以上のものだった。
アルマが発していた闘気は、それ自体が鎧となり兜となり盾となり、そして槍となった。
「これが戦乙女の姿……」
なんて美しい姿だろうと、ニーズヘッグは思った。
「ニーズヘッグ、お願いがあるのだけどいいかしら?」
アルマは言った。
「わたしがあなたにかなうとはとても思えないのだけれど、一度あなたにわたしの力を見定めてほしいの」
「だけど君は槍の扱い方も知らないんじゃ……」
しかしアルマは、自分の身に流れる血に歴代の戦乙女の記憶が刻まれているのだと言った。
だから槍の扱い方や、戦乙女としての戦い方がわかるのだと。
「わかった。でもここは狭い。庭に出よう」
ふたりが地下室を出て一階に上がると、ニーズヘッグの父は、
「君は本当にアルマなのか……?」
アルマの変化に驚いていた。
父は聖竜騎士にはなれなかったが、かつては四人の兄たちと同じように竜騎士として部隊長を務め、竜騎士団の副団長まで上りつめた人だった。
ニーズヘッグを産んだ際に、母は死んだ。
それを機に父は竜騎士団を辞めていた。
そんな父は、母を失うだけでなくドラゴンにも見限られた。
愛する妻に先立たれ、ドラゴンにも見限られた父を愛してくれる女性がいたことは、父だけでなくニーズヘッグや四人の兄たちにとっても幸いだった。
今の母親と父は、数年前に再婚したばかりだった。
ニーズヘッグや四人の兄たちとは血の繋がりのない後妻であった。
優しい女性であったし、ニーズヘッグとは一回りしか年が違わず(一番上の兄と同い年だった)、父とは二回り以上も年が離れていたが、ファフニール家の財産が目的ではないことはすぐにわかったから、彼も兄たちもアルマも皆、その人が好きだった。
子宝に恵まれなかったことだけは不幸だったかもしれない。
しかし、毎日眉間にシワを寄せていた父を笑顔にしてくれるような、いつも笑顔で明るい人だった。
父はかつて竜騎士であったからこそ、今でもなお騎士ではあり続けているからこそ、つい先ほどまで「芯は強いが、か弱い女性」でしかなかった彼女が、その見た目が変わっただけでなく、凄まじい闘気を凝縮した鎧を身にまとっていることがわかったのだろう。
「お義父様、アルマ・ステュム・パーリデはいくら見た目が変わろうとも、ニーズヘッグ・ファフニールを愛するひとりの女であることに変わりはありません」
彼女はそう言った。
「彼にニーズヘッグという名をつけてくださったこと、そして、彼を産んでくださったことをお義父様と亡くなられたお義母様に、そしてお義父様に笑顔を取り戻させてくださった今のお義母様に、心より感謝しています」
彼女は深々と頭を下げた。
「父さんも庭に来てくれないか。
アルマの希望で、これからふたりで模擬戦をするんだ」
父はうなづいた。だが父は言った。
「兄たちのときのように手を抜いていては勝てんぞ」
「わかってる。ぼくは昨日、生まれてはじめて本気で繰り出した槍を、2000年前の時代から来た男に弾き返されたばかりだ。
異世界からの来訪者も、剣を持ってたった数日で人型のカオスを倒すほど、信じられない勢いで成長してる。
世界にはぼくより強い者や才能を持つ者がいるということを知った。
アルマもたぶんそのひとりだ」
庭に出たふたりは、互いに槍を構えた。
木の槍での模擬戦ではなく、実戦形式の模擬戦だった。
「改めて名乗るのも恥ずかしいけど……
ぼくは竜騎士ニーズヘッグ・ファフニール。
アルマ、君はペインの戦乙女である前に、ぼくの最愛の人だけど、悪いけど最初から全力でいかせてもらうよ」
「望むところです。
戦乙女アルマ・ステュム・パーリデ、参ります」
先に動いたのはアルマだった。
その動きをニーズヘッグは目で追うのがやっとだった。
アルマは一瞬でニーズヘッグの懐に入り、闘気の槍による三段突きを放った。
彼はそれをまともに受け、その衝撃は彼を屋敷の外壁にまで吹き飛ばした。
三段突きだけでなく、外壁に叩きつけられた衝撃のダメージは、ニーズヘッグがこれまでに感じたこともない痛みだった。
彼は生まれてはじめて口から血を吐いた。
ケツァルコアトルの鎧がなければ、三段突きの段階で確実に死んでいただろう。
だが、ニーズヘッグは一度見ればその技を覚えられる。
それだけではなく、技の弱点さえもわかる。
再び間合いを詰められ、もう一度三段突きが放たれた瞬間、彼は瞬時に身体を落とした。
そして、間合いを詰めながら突きが放たれる瞬間わずかに浮かび上がるアルマの身体の下に自らの身体をくぐらせると、彼女の背後にまわった。
しかし、それをアルマは読んでいた。
背後にまわられると悟った瞬間に、アルマは三段突きで外壁を破壊する直前に外壁を利用するだけでなく、三段突きが発する衝撃波のようなものを利用し空高く舞い上がっていた。
逆光を利用し落下しながら放たれた技は、
「無限無槍(むげんむそう)」
闘気から産み出した槍だからこそ出来る、無数の見えない槍の雨だった。
さすがにこれは覚えられないな、とニーズヘッグは思った。
そして、生まれてはじめて、敗北を悟った。
しかし、
「戦乙女よ、やりすぎだ。そなたの愛する男を殺す気か?」
見知らぬドラゴンが、ニーズヘッグを守るように、無限無槍をすべて受け止めていた。
「ヨルムンガルド……」
父はそのドラゴンを知っているようだった。
「久しいな、ラードーン・ファフニール」
「なぜ、お前がここに……?」
そのやりとりだけで、ニーズヘッグにはそのドラゴンこそが父を見限ったドラゴンだとわかった。
「ラードーンよ、我輩はそなたを見限ったわけではない。常に見守っていた。人の女の姿でな」
「まさか、お前が……シャルロットだったのか?」
その名は、父の後妻の名前であった。
「騙していてすまない。
しかし、我輩はどうしてもそなたのそばにいたかったのだ。
妻を失ったそなたは、とても見ていられなかったからな。
だから、どうすれば愛するそなたのそばにいられるかを模索した。
本来なら人の姿を持たぬ我輩が、人の姿を持つしかないと考えた。
10年以上もかかってしまったが、それをかなえるためのすべを見つけた。
そなたとの間に子を遺すことはできない身体であったが、そなたに再び笑顔を取り戻せたことは、我輩の生涯で最高の喜びであった」
ドラゴンはその生涯で一度だけ、その背にまたがることを許す竜騎士を選ぶ。
それは契約でしかないと思っていた。
しかし、契約ではなく愛なのだ。
そしてドラゴンの竜騎士への愛とは、こんなにも深いものであったのだ。
「そなたの選択は正しかった。
この者にニーズヘッグの名をつけたことも。
妻の死をきっかけに、この者を竜騎士として育てるために、竜騎士であることを辞めたことも。
このうだつの上がらない男がようやく重い腰を上げ竜騎士となってから、アルマとの結婚を認めたことも。
我輩はこれよりアルマのドラゴンとなるが、良いか?」
父は泣いていた。
「あぁ、構わない……アルマとニーズヘッグのことを頼む……」
「すべてが終われば、我輩はドラゴンの姿を捨て、シャルロットとしてそなたと共に生きる覚悟だ」
父は、ありがとうありがとうと何度も繰り返した。
その後、ニーズヘッグは戦乙女の力に目覚めたアルマの治癒魔法により怪我を治してもらった。
戦乙女は魔法も使えるのだ。
そして、彼はその晩、アルマを抱いた。
翌朝、ファフニール家のニーズヘッグの部屋の窓から、ゲルマーニの城や学術都市がある方角に、エウロペで見たものと同じ、巨大な結界が張られるのを、彼はアルマと共に見た。
          
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